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81. 黒猫の家出、再び(ファズside)⑤

 僕はスフィア商会に急ぐと、餌をねだりにくる猫達に話しかけて、力を貸してもらえるように頼んだ。


「ああ……俺たちは良いけど、夜の王がなんていうか……」

「君から美味しいもの食べさせて貰ってるからね。でも、夜の王がいいって言わないと怖いから」


 野良猫達に餌を振る舞っておいて良かった。猫の道草堂には、猫向けの食品やおもちゃが大量に置いてある。売り物では無いけど、クーナお姉ちゃんに、後でお金を渡せば自由に使っていいそうだ。


「私のナワバリにいる子達を、使いたいって言う人間はあなたのこと?」


 何処かのお姉ちゃんと同じ毛の色と似ている白黒の猫が、気品さを感じさせるキャットウォークを見せつけるようにして、僕の前にやってきた。


「君が猫の間で言われている。夜の王だね……力を貸してほしい」


 夜の王はクンクンと僕の匂いを嗅いだ。メスのようだけど、匂いでしか判別できない。


「お尻の匂いを嗅がれると恥ずかしいんだけど……」

「お尻を嗅がない方がおかしいでしょ。ふふ、あなたはあの女に飼われている子ね。分かったわ……でも、条件があるの。安く無いわよ?」

「僕に出来る事なら約束するよ」

「あなたと、ぽわぽわ女が焼いているお肉を食べたいわ」


 ぽわぽわ女って、ハイラお姉ちゃんの事なのかな?

 

「それなら、いくらでも食べさせてげるよ」

「ミケ、ラン、ジェロ……この子に付いて、探し人の匂いがする物を持ってきて」

「ファズお兄ちゃん……帰ってこない……あ、クーニャだ!」


 お店から出てきたマニルが、夜の王を抱き抱える。撫で回し始め、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。

 

「や、やめるのだわ……。あなた達、見てないでさっさと行きなさい!」


 夜の王に言われた通り、フィアお姉ちゃんの匂いが残っている場所に向かう。それは、歌を練習していた廃墟の中だ。

 彼女が毎日座っていた椅子にミケとランとジェロの3匹が飛び乗り、クンクンと嗅いでいる。


「どうかな……?」

「ああ、この匂いなら知ってる」

「私も知ってる」

「吾輩は知らん。猫の手を増やす為にこの椅子を持っていこう」

「こんな重いもん運べるわけないだろ」

「引きずっても、階段で上に運ぶのは無理だと思う」


 あ、そうか猫だもんね。完全獣化すると、普通の猫とここまで意思の疎通がとれるとは思ってもなかった。

 二足歩行ぐらいして、椅子でもなんでも運べる物だと思ってしまった。今のステータスなら大人を背中に乗せても走れるし、二足歩行ぐらい簡単にできる。


「僕が運ぶよ」

「すげぇ……人間みたいに歩いてる!」

「うん。獣化してるだけの人間だからね。歩けるよ」

「でも、二本足で歩いているのを見ると……不気味ね」

「吾輩、怖いのである……」

「僕も普通の猫が歩いて、椅子を運んでたら怖いよ」


 スフィア商会に戻って、椅子をクーニャの所に持って行った。マニルにひたすら撫でられて、ボサボサに乱された毛を整えていた。


「お帰りなさい……。って、気持ち悪っ!」


 クーニャにも二足歩行で椅子を運んでいる僕の姿を気持ち悪がられた。他の人達には評判が良かったのになぁ。


「クーニャさん、凄いんですよ。こいつを見た道行く人間が、餌をくれるんですよ!」


 僕が椅子を運んでいる後ろで、後ろに続く三匹が餌を食べていくという珍妙な行進をして、ここまで戻ってきた。


「あなた、次……その名前で私を呼んだら、水に沈めるわよ」

「ひっ……それだけは……」

「はぁ……ファズお兄ちゃん……」


 今度は僕がマニルに捕獲されてしまった。ちなみに僕は餌をあげても、軽く猫社会の挨拶をするだけで、必要以上に撫でたりはしない。やってはいけない一線を知っているからだ。

 そして、人から猫のように、遠慮なく撫でられるのは初めてだ。


「ま、マニル、そんなところ触っちゃ駄目だよ!」


 しかし、この子には僕がニャーニャー鳴いているようにしか聴こえていない。尻尾の付け根なんて、はしたないところや、とても人には言えないところまで撫でられてしまった。


「マニル、ファズくんが心配なのは分かるけど、もう暗いから、お家の中で待ちましょ?」

「うん……」


 ようやく、マニルから解放された。恥ずかしくて死ぬかと思った。


「はしたない……はしたないよ……」

「人間に撫でられただけじゃない……。みんな、椅子の匂いを嗅いで調査を始めて。有力な情報を持ってきた子には、ご褒美をあげるわ」


 クーニャが一声かけると、猫達は順番に椅子の匂いを嗅いで、スフィア商会から離れて行った。王都に住む猫達の手伝いもあり、人探しはすぐに終わった。


「お、俺、この人間の家、知ってるっす」

「そうなのね。それじゃ、今日はその子は見かけた?」

「わかんねぇっす。見に行ってくるっす」

「僕もいくよ」


 家にあの男がいれば、何か情報を得られるかもしれない。猫達は人間の言葉を理解できないから、僕も行った方がいいだろう。


 猫に案内されて着いた先は、廃墟街のアパートだ。階段を上がって、ドアの前で猫が止まった。


「ここっす」

「ありがとう……」

「あの人間はメシにあり付けなかった俺にメシを分けてくれたっす。酷い目に遭ってるなら助けて欲しいっす!」

「うん、絶対に助け出すよ」


 アパートの隙間に潜り込んで、中を観察する。ゴミで散乱した汚い部屋だ。フィアお姉ちゃんの姿はない。


「ふざけんな、金が全然残ってねぇじゃねぇか!」


 何かを蹴り上げる音と、男の叫び声が聞こえてきた。昨日のアイツと同じ声だ。僕は出来るだけ近くに忍び寄って、見ることにした。


「くそ借金のせいでロクに金が入って来なかった。何が利子だ! シャディヤに乞食をさせられなくなったし働くか。欲張るからダメなんだ……少しずつ賭ければ……」


 働くって、賭け事のことか……。


「ダメなのはお前だっ!」


 金貨を握り、外に出ようとする男の後頭部に渾身の猫パンチをお見舞いする。完全獣化で威力が上がっているので、昨日のとは比較にならないダメージを与えられる。

 借金の証書を奪って、スフィア商会に戻る事にした。


「で、その子は居なかったと……」

「うん。でも、これを奪ってきた」


 誰と誰がお金の貸し借りをしたか記載している証書だ。貸した側にはヒュップ•エラレリンテとサインが書かれている。

 家名があると言うことは、準貴族、騎士以上の人が貸し付けたと言うことだ。


「何かしら、人間から奪ってくるほど美味しいの?」

「貴族だよ。人間の中で偉い人たちのこと。毎日美味しいものを食べてるんだよ」


 猫には食べ物で説明した方が分かりやすい。


「美味しそうな物を食べていそうな人の家を、集中して探せばいいのかしら?」

「うん。お願い」


 王都には港があり、ネズミ被害の対策として猫が沢山いる。クーニャが一つ命令を出せば、猫の情報網が、王都を駆け巡る。

 その間、僕は衛兵詰所に忍び込んで、自分の服と靴を取り返しておいた。ポケットにしまっておいた、僕の三万カクルは取られてしまったようだ。隠しポケットに一万カクルが入ってるけど、猫の姿では使えない。

 人間の姿に戻れるのは、大体四日後だ。コンサートが始まる日には戻れたら良いけど。その時に全裸になるのは良くない。


「見つけたわ。大きな人間の巣に閉じ込められているみたい。地面の下に続く穴に通れば会えるわ」

「ありがとう!」

「約束、楽しみに待っているわ。一番いいお肉を用意して頂戴」


 フィアお姉ちゃんが閉じ込められている地下室に続くという穴まで、猫達に案内してもらった。

 どうやら、空気穴として開けられているようで、猫がようやく出入り出来る程度の大きさしかない。フィアお姉ちゃんがここから出るのは無理だ。


「お待たせ……助けに来たよ」

「ファズ?」


 真っ暗な部屋に、薄っぺらい敷物を敷いた寝具しか無い。罪人を閉じ込める様な部屋だ。


「住み心地は悪そうだね。エレルさんのお家とは比較にならないよ。こんな所からさっさと出ようね」

「助けに来てくれたの?」

「そうだよ」


 当然、僕が何を言っているのか理解できていない様だが、目の前にいる黒猫が僕だと言うことは分かってくれている様だ。

 フィアお姉ちゃんが閉じ込められている檻には隙間があり、僕の体ならすり抜けられる。幸い、見張りは居ない。


「毎日、何回も何回も来て、本当に不愉快な奴

らだ。年齢相応に学園で遊んでいればいいものを。王族が無駄に働くから、我々貴族がしなくてもいい仕事をする羽目に……」


 魔導ランタンの光が地下に広がってきた。どうやら、誰かが近寄ってくる様だ。


「ぐひっ、本当にあのいけ好かない王女に似てるな。身体は貧相だが……泣かせたらさぞかし気持ちがいいだろうな」

「ひっ……」


 太った醜い男が不穏な事を言っている。何かをする前に猫パンチで倒すか?

 でも、相手は貴族だ。出来るだけ気付かれない様にして、フィアお姉ちゃんを連れ出したい。


「遊んであげたいが、これから来客がある。あのくだらないコンテストが終わるまで、そこで

何をされるかも分からないまま怯えていろ」


 フィアお姉ちゃんに指一歩でも触れたら殺す。悪人を殺すのは、魔物を殺す事よりも簡単だ。罪悪感のかけらも生まれない。


「助けて、ファズ……」

「お前の名前はなんだ?」

「……」

「気が変わった、今すぐにでも虐めてやってもいいんだぞ」


 男が鍵束を取り出して、牢屋を開けようとする。中に入った瞬間に不意をついて、爪で両目を潰して、その隙に二人で外に脱出しようか。


「フィア……」

「そうか、フィアというのか。残念だけど、ファズくんは衛兵に捕まっている。大人しく君がいう事を聞いてくれたら、俺が口添えしてやってもいい」


 そう言い残すと、男は魔導ランタンを置いたまま、牢屋から離れていった。


「ファズ……本当に捕まったの?」

「そんなわけないでしょ」


 僕は首を左右に大きく振りながら否定した。


「良かった……本当にファズなのね」


 灯りを置いて行ったようだ。これで周りの状況を調べられる。光が全くない所だと、僕の猫目でも何も見えない。

 牢屋の鍵はピッキングで開けられそうだ。スフィア商会のダンジョン探索雑貨にピッキングセットがあった筈だ。

 この時間にスフィア商会に忍び込むのは無理だ。あの建物には猫すら入り込む隙間がない。回収したお金を使って、二足歩行で商品を買う……エレルさんなら大丈夫な気がする。

 



 翌日、二足歩行でお店に入るとエレルさんとマンマルがお店の在庫管理をしていた。


「いらっしゃいませ……」

『いらっしゃいませ』


 ひょこひょこと歩きながら、ピッキングセットを両手で持ってレジのテーブルまで運ぶ。咥えている銀貨三枚も置いた。

 商品は二千五百万カクルなので、三千カクルあれば買える。


「エレルさんお願い」

「え……これが欲しいのかしら?」

「そうだよ!」

『お釣りはクウォーター銀貨二枚だよ』

「商品と一緒に紙袋に入れておきましょうね。それと……」

『まいどありー』


 エレルさんが商品を入れた紙袋を渡してくれた。咥えて運ぶが、それにしても重たい。ピッキングセットの他にも何か入ってる?


「おかえりなさい」


 お姉ちゃんは僕の渡したアイシーレコーダーで曲を聴いていた様だ。取り上げられないように、隠し持っていた様だ。


「ただいま」


 袋を地面に置いて、商品を確認する。ピッキングセットの他に何が入っているのだろう?


「人間用の携帯食と猫の餌か……エレルさん、ありがとう」


 人間に戻る五日間、ここで過ごすには丁度いい。完全獣化が解けるまで、フィアお姉ちゃんから離れるわけにはいかない。ネズミでも捕って食べようかと思っていたところだ。

 エレルさんが何を思って、人間用の食事を用意してくれたのか、僕には分からないし、この場所から感謝するしか出来ない。

 後は念のため、役に立つかわからないけどアレを使っておこう。五日間もあるんだ。お喋りな奴はすぐにボロを出す。

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