7.クーナのお悩みAI相談
丸いアイツはお友達?
「このヌァッシ箱で欲しいんだけど」
「一箱2万カクルでどうだい?」
行商人のセロマさんは商売をする為の品を買い付けに、市場で露天商のおじさんと交渉している。
「おっちゃん……ふっかけるにも程があるよ。今年は豊作なのは知ってるんだからね」
「挨拶みたいなもんだろ。1万五千」
「そういえばメグルグで試合があるみたい。チャンピオンが引退するんだってさ。私も観に行きたいけど忙しくてね」
「そうか………。なら1つ2万で乾燥牛肉を束で付けよう。お土産には丁度いいだろう」
何故、他愛のない世間話で乾燥肉のおまけが増えたのだろう?それも値段も結局上がってる。
「いいね。私これ大好きなんだよね。おっちゃんも大好き」
「ああ、俺も大好きだ。だからまた世間話しに来いよ」
貴重な紙を使った商品の約束状と、代金の一部を交換し合っている。つまり交渉成立。肝心な品物はコストルを出る時に積むらしい。
お店の前で交渉している時に話しかけるのはやめてほしいと、セロマさんから言われていたので、お店から離れたところで質問する。
「別の物を買わされて、額も増えていたけど、損はしていないの?」
「あのおっちゃんと私が幸せになれる情報を売ったの。分かりにくかったのは、一部の行商人限定の暗号みたいな物だよ」
「情報は形が無い物なのに、そんなに価値がある物なの?」
ヌァッシが無いところに、高く売れば利益になる。商売の基本で簡単な話だけど。情報にお金を出すというのが分からない。
「そうだよ。腐りやすくて扱いにくい商品だけどね。間違えたら信用も落ちる。おっちゃんが融通してくれたのも、私の信用を積み重ねているからよ」
「情報ね……例えば、リェースの領主はお酒が苦手で献上された秘酒の扱いに困っている……とか?」
「え!嘘!?いくら飲んでも顔色ひとつ変えない酒豪で有名なんだから」
「痩せ我慢してるのよ。他所の家との会食はトイレに行って吐き出して、飲むのを繰り返しているだけよ。珍しい葉巻でも買って、秘酒と交換を希望したら喜んで交換してくれると思うわ」
いつも見上げた時にある、お父様の顔は冷徹の表情。
「南に居く奴に葉巻の買い付けを頼んでおくか……本当だったら。いくらか渡すけど……嘘じゃ無いよね」
「本当の話よ。他の人に吹聴したりしたらだめよ」
「バレたら極刑だからね。そんな事しないよ」
セロマさんの買い付けの途中、気になるものがあれば相場を教えてもらう。美味しい果物の見分け方。市場で買い物をする時に、損をしない為の知識を教えてもらう。
ただの買い物という行動が、どれだけの人を介して行われているのか。私は大切な事をセロマさんから教えてもらった。
「こんな所かな。さて……明日にはコストルを出なくちゃ」
「そうなの?知り合ってままないけれど、寂しくなるわね」
「冬前にはコストルに帰ってくるけどね」
「そうなの?なら、また会えると良いわね。その頃に、私がこの街に居るかわからないから」
もしも、ピニアが上手くリェースを騙せていなかった場合だけど。それに私はここに骨を埋めるつもりはない。
「それなら別の街で会えるかもね。いつか私の商会も大きくなって、クーナの目にも止まるだろうし」
「ええ、楽しみにしているわ。それじゃあ、またどこかでお会いしましょう」
世界は広い。もしかしたら二度と会えないかもしれない。でも、また再び会えたら、セロマさんの夢が叶っているのだから、ぜひそういう未来が来て欲しい。
『一期一会……ですね』
「どういう意味なの?」
『一生に一度の出会いだと思って、その機会を大切にしろという事です』
「それは間違っているわ。だって、セロマさんは商会を創立させて、私の耳に届くまで大きくなるのだから」
『そうですね。失言でした』
宿の部屋に帰ってきた私は、空中に浮かぶ板と、にらめっこをしていた。結構、長いこと見つめているが変化はない。もちろん、マーケットスキルの様子ではなく、私の頭の中にアイディアが降りてこない。
とは言え、露店で販売するかは幾つか決まっている。でも……。
「むむむ……」
『私がピックアップした物から選んでいただければ、容易に収益をあげられます』
「自分の力で考えたいのよ!」
一つや二つならともかく、私が何かを考えるよりも前に何十種類も何を売るか言われたのだ。
『私は道具ですよ。使える物は使うべきです。市場で得た情報を分析して、クーナに情報を提供するのが私の存在意義です』
「マルは道具じゃないでしょ!ちゃんと考えて喋っているじゃない」
まるで自分の階級を刻み込まれた奴隷の様な考え方だ。マルは故郷にいた時に奴隷だったのだろうか?
『クーナには私が生きている様に見えますか?』
「違うの?」
『私は人の手から作り出され。感情も作られたものです』
錬金術には人の手で偽物の生命を創り出す、ホムンクルスという技術がある。人間とは違いレベルという加護はないが、成長を待つ事なく強大な力を持たせる事ができるが、作り出す事は何処の国も禁止している。
でも、マルは丸い球だ、ホムンクルスのようにら人間と同じような形をしているわけじゃない。
『理解が及んでいない様ですね……。これから貴女に私の世界に存在している物を見せます。私が言う物をマーケットスキルで購入してください』
「何を買えばいいのかしら?」
多少高くても、マルの故郷を見せて貰えるのなら是非見てみたい。大人のマルや子供の小さいマルも居るのだろうか?
『私の互換パーツにプロジェクターがあるはずです』
「マル……ごかん……ぷろじぇくたー」
マーケットスキルの板で買い物をする時は触ったり、頭の中で考えればいい。
文字でどうやって書けばいいのかわからない時には、声で探すこともできる。
『研究所の売店限定なら一万円しないで買えたはずです。その八千八百円のものがそうです』
「一個……購入」
頭の中にイメージが広がる。部屋の何処に買った物を置くか。大きさや重さがはっきりと意識に入ってくる。
『壊れやすい物なので、ベッドの上に出してください』
「うん」
ベッドマットの上に意識する。それを置いた後、どの様な状況になるかの想像が意識的に理解する事が出来る。もし、ベッドが壊れる様な物を上に置けば、壊れたイメージが頭の中に出てくるはず。
マルから買う様に頼まれた、プロジェクターという物は、木の様な軽さで、金属の様な綺麗な表面の筒が台座につけられていた。
「これがあればマルの故郷が見れるのね?」
『はい。私の拡張スロット……穴が開くので、プロジェクターを取り付けてください』
マルが偶に遠くを見る事が出来る筒を仕舞っている所の穴を開ける。穴には筒が入っていなかった。出っ張った所が、穴の手前から奥にかけて一本だけ走っている。
プロジェクターの台座を見る。穴の出っ張りと同じくらいの溝が空いていた。
『取り付けてくれませんか?溝と出っ張りを合わせて奥に入れるだけです』
「分かったわ、やってみる……」
マルの言う通りにプロジェクターを入れていく。カチンと音が鳴ると手前にも奥にも動かさなくなった。
「これでいいの?」
『デバイス、正常に作動しています。クーナ、部屋を暗くしてください』
私は魔道ランプから魔石を外した。マルが周りを照らしてくれているので、真っ暗にはなっていない。
『私が来た世界、地球です』
「えっ!?これは……何?」
部屋の壁にマルが光を浴びせている。その先には、マルに似た存在が描かれた絵が浮かんでいた。マルとは違って、暗いところに、青く、茶色い所や白い所が覆っている。
「もしかして……マルのお母様……違っていたら……お父様かしら?」
『母なる大地とは言いますが……祖母みたいな存在です』
絵が変わる。四角い塔の様なものが大量に並び。大量の箱や人が黒い大地を右往左往している。
丸みを帯びた箱はマルの親戚かしら?
遠くには、計り知れないほどに高い、真っ白な槍の様な塔がそびえ立っている。
「真っ黒だわ!魔族が魔障で大地を蝕んで……」
あのような黒い大地、見た事がない。魔族は魔力の濃度が濃い所で生活する為に大地を魔力で蝕むと聞いた事がある。
『違います。アスファルトという物です。地面から凹凸を無くして、雨でぬかるむのを防ぎます』
「よかった……魔族に支配されているわけではないのね。石造りの地面と同じかしら?」
『その通りです』
私が知る国中では、どの国よりも高度な技術である事が理解できる。もしも、あの様な大量の箱が王都に攻め込んだらひとたまりも無い。
『マル、メンテナンスしている所を自分で見るのはどんな感じ?』
壁に照らされた動く絵が、半分になったマルに替わる。中には青い色の板のような物がひしめき合っている。
『フグアイガ、ナイカ、シンパイデス。ソレト、マスターノハッソウガ、サイコデス』
マルが聞いた事のない言葉で喋っている。声が歪で少し不気味に感じる。
『マッドと言ってよ……。明日はマルの発売日だけど。ユーザーに受け入れられるといいな』
『○レ○サヤ、○リニハ、マケマセン!』
『当然でしょ!私は天才なんだから』
マルの体に付いた板を別の板へと交換する眼鏡を掛けた、聞いた事の無い言葉を喋る女性。この人がマルの言うマスターという人物だろうか?言葉は分からずとも、嬉しそうな声色なのが分かる。
拙い歩き方をする銀色の子犬、丸くふわふわとした可愛らしい動物。精巧な作りの動く人形。歩く四角い箱。マルは次々と壁の絵を変えてゆく。
『私やこれらは電気で動く機械、ロボットという物です。言葉を喋る動物でもありません。マスター……この映像の女性が私を作りました』
「さっきの人がマルのお母様なのね。マルはゴーレムと同じ様な物で……」
ゴーレムは術者が設定した命令を忠実に守るだけの存在。命令が無ければ何もしない。どんなに体が傷付こうとも逆らう事なく意思もない。
『はい。応用が効くほどに同じ技術設計です』
「私が崖から落ちろと命令すれば、落ちると言うの?」
『クーナに有益となり得る、合理的な理由があれば実行します』
「嫌だって思わないの?」
『損壊する事より。クーナに私の事が不要だと思われる事に恐怖を感じます。ですが、それは作られた物です』
マルは価値観が違うだけだ。臓物の代わりが板だとしても、気持ちはあるはずだ。
『クーナがこの街で住人と交流し、縁を深める。私はいつか、クーナに不要な存在と思われるでしょう。その時の事を考えると怖い。ですから、この恐怖は紛い物だと、処理しました。マスターとの交流が紛い物だったのでは無いかという事に気が付きました。私はただの機械です。だから、私を生き物として扱うのをやめて下さい』
「つまり……マルはヤキモチを焼いていたと言うことなの?」
『人間ならそうとも言えますが!私は機械です!』
マルが人と同じ様に心を持っているなら、ヤキモチ以外に考えられない。
「私には難しいことはわからないわ。でも、一つだけマルには覚えておいて欲しい。私にとってあなたは大切な家族よ」
『家族……』
「楽しい時も、辛い時も。私達はずっと一緒よ」
何も言わなくなったマルを、抱きしめて撫でる。冷たくも温かくも無い体はツルツルとしていた。
いいえ家族です!