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63.私のお父様も見習って欲しいのだわ

「緊張したのだわ……」


 はじめての授業を終えて、私はアピタさんのお家のソファーでぐったりとしていた。私の視界に、逆さになって覗き込むルレの姿があった。


「人様のお家でだらけ過ぎよ。私なんか、貴族のお屋敷に居るってだけで緊張しているんだから。余裕そうに先生をしてたように見えたけど?」

「装ってただけよ。演技する1人遊びをしていたから、そのおかげかしら」

「あ……ごめんなさい」

「謝らないで。別に今は貴方達もいるんだもの。毎日が充実しているわ」

「面と向かって言われると照れるわね」


 アピタさんの部屋に備え付けられたドアから、ノックする音が複数回聞こえて来た。


「宰相のイーエン•テタックです。クーナさん、時間を貸してもらってもよろしいですか?」

「少しお待ちください」


 服装に乱れがないかを確認する。宰相は厳しそうな人だから、身だしなみには気をつけないと。


「ルレ、変な所はないわよね?」

「え、ええ大丈夫よ。びっくりするくらいの切り替えの早さね。私は大丈夫かしら」

「問題ないわ。……どうぞ」


 ドアが開く。以前見た時の何本かはねたオールバックはちゃんと寝ているのを見ると、身嗜みを整える時間の余裕が出来たのだろう。

 こころなしか、肌艶が良くなっているような気がする。


「貴重なお時間を、私達のために用意していただいてありがとうございます。」

「こちらこそ、ありがとうございます。ここでは何ですから、応接間でお茶でもいかがですか?」

「ご馳走になります」

「では、こちらへどうぞ」


 流石は一国の宰相が住む屋敷だ。王都の一等地に広い面積を有している。

 広さだけは、リェースの屋敷も負けてはいない。……維持する予算が無いのか、ほとんどの部屋は使わずに物置になっているけど。メイドや召使いの雇用も雲泥の差ね。

 リェースが貧乏なのは、すべて戦争が悪いのだわ!


「どうぞお座りください」


 宰相が私の為に椅子をひいてくれる。それに座ると、ルレにも同じように振る舞う。宰相も同じテーブルに座る。

 久々の休日のおかげか、以前の会議の硬い表情は王様と良く似た、穏やかな表情になっている。


「ルレさんの母上と父上には、戦時中に何度も助けられた。君が騎士の称号を継げなかったと聞いた時には、とても惜しいと思ったが……試験のあの様子を見る限り、これからも研鑽を怠らなければ、母上の名を継ぐ事も出来ると思う。卒業後を楽しみにしているよ」


 宰相は私の事をリンドル伯爵家の姪として扱っているから、とても丁寧な言葉遣いをしてくれている。ルレに対する言葉遣いは、平民と貴族の境界線を引いているようだ。それでも柔らかい物腰だ。


「はい、ありがとうございます!」


 嬉しそうなルレの顔を見た宰相は、黙って頷くと、私と面を合わせた。しかし、口は開かず。私は目上の彼からの言葉を待つが、しばらく沈黙していた。


「…………申し訳ありません。アピタと同じくらいの子と何を話せば良いのやら。不甲斐ない話ですが、娘ともあまり喋る機会もなく」


 私達につまらない話をしないようにと、彼は気を遣ってくれているようだ。


「何か好きな事はないでしょうか。貴族の男性に良い娯楽はないか、参考にさせていただければ助かります」

「仕事人間なもので、私で参考になるかどうか。……昔、兄上と子供の頃に王宮から抜け出してやった釣りは楽しかったですね」

「釣り、いいですね。王都は海も近いから、いつかやってみたいと思っていたんです」


 フィールドワーク用に船を買うのもいいかもしれないわね。いっそ、錬金術を応用して魔導エンジンを作ってみようかしら。日異は近くないけれど、エンジン船なら早く着くでしょう。


「クーナさんは活発な方ですから、アピタが釣りに興味があるかどうか。出来れば一緒に楽しめる物がいいですね」


 確かに……私は面白そうだとは思うけど。私含め、ルレやハイラさんは楽しめるだろうけれど。アピタさんのような、普通の令嬢が釣りに興味があるとは思えない。それに外聞が悪い。

 船を使って釣りをするのであれば、海の真ん中なので人目に付かないからいいかもしれない。


「そうですか? 意外とやってみれば……」


 ルレさん、アピタさんはあなたのような、素焼きの肉にかぶりつくワイルドっ子じゃ無いのよ?


「他にはありますか?」

「……そうだ、音楽が好きです。ピアノの美しい音色を聴くと落ち着きます。中々、演奏会に行く時間が合わなくて」

「それでしたら、丁度いいものがありますよ。執務をしながら、音楽を聞ける道具があります」

「不思議な魔導具を買う事ができる、というスキルですか。興味深い商品ですね。見せていただいても?」

「はい。準備するので少々お待ちください」


 電源を用意できないから、それを使わないアナログな機械で音楽を再生する物がいい。そうなると、レコードしかないだろう。

 しかし、エルピーだの、エスピーだの。回転数とか分からない用語があれこれ出てきた。こういった事は、お店で留守番しているマルに聞くのが早い。


「少し遠くにいる人と会話するので、失礼します」

「はい、どうぞ。お気遣いなく」


 宰相の許可を得てから、インカムのPTTスイッチを押して、マルのチャンネルに通信を送る。


「マル、電気が無くても聞けるレコードってどれを買えばいいのかしら。あの丸い板を買えば聞けるの?」

『どれでも良いわけではなく、レコード盤には三種類あります。電源式なら回転数を変更できるのですが、簡単に……昔のゼンマイ式を安く買うのなら、SP盤になると思います』

「エスピーね。ありがとう、助かるわ」


 お金を受け取る前に品物を出すと、お金を受け取ったら消えてしまうので、先にお金をもらわないと。普通の取引は、まずは相手に商品を見せるべきなんだけど。

 クォーター銀貨一枚で買える物だから、プレゼントとして献上してもいいのだけど。宰相は理由なしにプレゼントを受け取らないと、アスティルから言われた。それに一国の宰相が、私ぐらいの少女から物をタダで貰うわけがない。


「商品を出現させる為にお金が必要なのですが。スキルの機能が理由で、先にお金を用意していただいても良いですか?」

「スキルの性質は兄と甥から聞いています。リーネル、彼女にクォーター銀貨を一枚用意してください」


 メイドさんがクォーター銀貨を一枚、シルクのスカーフの上に乗せ、私の前に差し出した。


「どうぞ、お受け取りください」


 メイドさんの一声に応じて、大銀貨を4分の1の価値を持つクォーター銀貨を受け取る。それをウォレットに投入して、蓄音機を購入した。

 いつもCDで音楽を聴いている私は、レコードを見るのははじめてだ。見た目は四角い箱で、蓋を開けると丸い物を乗せるところがある。


『SP盤のレコードですからね。クラッシック音楽を試してみてください。この国にもピアノがあるので受け入れられるかと思います』

「く、クラッシック?」

『バッハ、モーツァルト、サティ、チャイコフスキーという人のレコードを買えばいいです。今のクーナからすれば安い買物なので、片っ端に試してみてください』


 マルのアドバイスを基に、宰相から預かった予算を全て使い、レコード盤を購入する。仕組みは把握しているので、使い方は何と無くわかる。

 レコード盤を台に乗せて、針を溝の上に置く。ハンドルを回すと、カチカチとゼンマイが巻かれる感触を感じると、金属の菅から音が流れ始めた。

 雑音混じりで、CDよりも音質が悪い。でも、これはこれでいいかもしれない。


「ラッパの様な所からピアノの音が……これは素晴らしい!」

「ゼンマイという、薄い鉄板をカラクリで動いています。魔力は一切使っていません」

「カラクリ……子供の頃に水車や風車がありましたが。魔導具が普及してからは、王都では見かけなくなりましたね。それにしても、情景が浮かぶようないい曲です。……本当にこれが大銀貨の4分の1でいいのですか?」

「はい。予算内で買えるだけのレコードを買ったので。他にも試してみたい物があれば、もう少し頂きます」


 昭和の頃に売られている物なので、数十円で買う事ができた。レコードは一枚一円だ。数十センという知らない通貨だけど、消費するのは一円だった。

 マルの時代からすれば、昔に作られた物らしいけど、十分にすごい技術ね。溝の凹凸を音に変換するなんて、誰が考えたのかしら?

 やっぱり、エジソンさんなの?


「まずはこれを試してからにします。早速、城の執務室に置かせてもらいましょう。本当にいい物をありがとう。これは仕事が捗りそうです」


 宰相は部屋に篭りきりで仕事をしている事はアスティル達から聞いていた。音楽が好きなら、レコードはとても合う道具だろう。


「他の方に金銭のやり取りをして売ると、物自体が無くなってしまうのでお気をつけください」

「こんなに素晴らしい物を、他の人に売ることなんてあり得ません」

「バーーーンッ!」

「「!?」」


 突然ドアが開いたかと思うと、ニコニコと笑ったアピタさんが奇声を上げて入ってきた。一体、どうしたのかしら?


「アピタ……?」

「おとーさま、私、お食事作ったの! ぉおう……その……お父様、お食事の準備が出来ました」


 ニコニコと入室してきたアピタさんは、冷静になったのか、顔を真っ赤にしながら落ち着きを取り戻した。


「そ、そうなのか。それじゃあ食卓に行こうか」

「アピタさん、ここに居たんだ。行くなら酒気を覚ましてから……あー、遅かった……」

「ハイラ、一体どうしたの?」

「スープの味見で、少し酒気が残っていたみたいで。アピタさんが加護酔いしちゃって」


 なるほど、加護酔いでテンションが上がってしまったのね。それで宰相と対面した瞬間に素面に戻ったと。


「今のは忘れてください! 準備ができたら、ダイニングに来てください!」


 アピタさんはそそくさと、ハイラさんと一緒に応接間から出ていってしまった。よほど恥ずかしかったのだろう。


「しっかりとしていると思っていたが。アピタもまだ子供らしいところがあるものだ。ルレさん、先にダイニングへ行ってもらえるかな?」

「分かりました、お先に失礼します」


 ルレを名指で、先に行かせる。という事は、聞かせられない話をしたいという事だろう。

 メイドさんと一緒に、ルレが部屋から出たのを確認すると、宰相は私へ向き直した。


「私の立場を気遣って、誰かと深く親しい友人を作る事を避けているのでしょう。本当によく出来た娘です」

「私達と交流を持つのは、立場上、良くないのでしょうか?」

「ハイラさんと一緒に料理をして楽しかったのでしょう。あんなに嬉しそうにしている娘の姿を久しぶりに見ました。……娘の友人関係にとやかく言う無粋な大人は私が黙らせます。あれこれ考えず、仲良くしてあげてください」


 本当、リェースがゼゼンダルの領地ではなく。デセンドの領地だったら良かったのに。


「私の実家がこの国にあれば良かったと思います」

「そう言われると嬉しいです。この国の宰相として最高の褒め言葉だ。クーナさん、貴女は……」


 宰相は何かを言おうとするが、急に口籠った。


「……何か提案があれば私にも声をかけてくだい。力になりますよ。それとリンドル女史が、テェト伯爵と密書でやり取りをしているそうです。貴女宛に手紙が届いているかもしれません。クーナさんなら日帰りで会いに行けるでしょう。護衛に不安があるなら、騎士団か衛兵隊から護衛を出します」


 デセンド王家の人達は優しいと思っている。でも、大陸で覇権を取れるような、私のスキルを目当てに優しくしているのか。それとも叔母さまの姪だからか。単純に大陸の安寧を案じて、私の力を保全しているのか。全ての可能性に確信はない。

 

「心遣い、ありがとうございます。折を見て、叔母さまに会いに行かせてもらいます」

「リンドル女史も喜ぶでしょう」


 叔母さまは領地のあちこちに点在する街や村に屋敷を移動して回っている。車は王都にあるから、コストルにも一台用意しよう。リンドル領内を移動するならコストル側から、車で移動した方が早いものね。

 叔母さまにも会いたいし、近いうちに訪問しようかしら。

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