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22.コストル異変

賑やかな市場は今日も騒がしく、周りからは商人が自慢の商品を宣伝する声や、値引き交渉をする客の声、往来の通行人の声が混ざり合っている。

 目の前を左右に流れる人達に、ピタリと足を止めた人がいた。つま先を私の出店している店に向ける人が一人、歩みを進めた。


「クーナ、露店出したんだね」

「セロマさん?久しぶりね。コストルに戻ってきたのね」


 今は夏の終わり頃、セロマさんが戻ってくるにはだいぶ早い。


「うん、元気そうでよかった」

「まだそんなに経っていないわよ。そちらも元気そうね」


 再開できるのは季節の変わり目、秋の終わり頃だと思っていたけれど。だいぶ先だと思っていたのに、直ぐに再開できて拍子抜けだ。


「ねぇクーナ……」

「何かしら?」

「私と行商しない?一緒に……コストルから出て……」


 セロマさんの提案は魅力的だ。色々な場所に足を運んで、この目で見てみたい。でも、私はこの街が気に入っている。

 そのうちお金が貯めて、性能の高い乗り物を購入すれば数日で大陸を横断出来る。それに、私には一番叶えたい目標がある。


「ごめんなさい。私はしばらく、この街にいる事にしたの」

「クーナ、一緒にこの街から出て……時間が無いの」


 セロマさんは必死そうな表情をしている。断れば手を無理矢理引っ張ってでも連れて行かれそうな勢いだ。


「何故急に?そんなに急がなくても……」

「セロマ、時間だ」


 何処から現れたのか、いつの間にかセロマさんの後ろにフードを被った若い男性が立っていた。


「お願い……もう少しだけ」

「この少しの時間だけでもリスクを負って、お前の頼みを聞いたんだ。分かってくれ」

「タミサ!この子は私に初めて出来た友達なの!」

「行くぞ……おい、そこのガキ。死にたく無かったらとっととこの街から出ろ。この事は誰にも言うな。言えば殺す。セロマを悲しませたく無い」


 冷やかな目を向けられる。比喩でもなく本当に殺意の様な物を感じる。つい、拳銃のグリップを握ろうとしてしまった。


「クーナ……元気でね……」

「ええ、また何処かで」


 二人は喧騒に紛れ、姿が消えていく。セロマさんはもう二度とコストルに戻ってくる事は無い様な気がした。


『なんだったのでしょう?』

「分からない……でもセロマさん、焦っているみたいだったわ」

『私は何故か睨まれました……。クーナの友人を悪く言いたくは無いのですが、彼女は私へ良くない感情があるようです』

「ピニアとたまに喧嘩しているじゃない。あれとは違うの?」

『駄目イドはライバルみたいなものです。クーナとルレも喧嘩するけど仲は良いじゃないですか。セロマが向けたのは憎しみです』


 セロマさんとは長い時間は過ごしていない。でも、初めて友達と一緒に遊ぶ楽しさや、仕事を教えてくれた。

 彼女が何か悪いことに加担していたりする可能性を考えたくは無い。


「クーナ様、儲かりまっか?」


 商業ギルドの代表である、ギルドマスターのエメリッカさんが奇妙な挨拶を仕掛けてきた。

 大人向けのデザインの服装に身を包んでいるが、見た目はセロマさんよりも幼さが残っている。しかし、相変わらずのしかめっ面。


「まっか……?」

「とある商業都市の挨拶です。コミカルさを出してみました」


 一応本人も、愛想が悪い事を気にしている様だ。


「そ、そう。どうしたの?」

「王都から兵士装備の監査立会を依頼されました。もうすぐ到着する様です。2時間、3時間以内にギルドへ来てください」

「マル、ピニアを呼び出してもらっても良い?」

『もうしていますよ』


 ピニアに店番をお願いして、私は王都から来た役人と顔を合わせる事になった。その方は王都でも権力者の一人ではあるが、余程無礼な事をしなければ畏まる必要は無いと、エメリッカさんが言っていた。


「クーナ様、お待たせしました」


 エメリッカさんの呼び出しに応じると、商談室に呼び出される。ただ、普通の商談室では無い。匠のレリーフが施された扉。立場の高い人物の為に用意された部屋だろう。

 もしもリェースの肩書きを利用すれば、私はいつもの商談室ではなく、ここへ案内されていただろう。


「あなたがクーナさんですか?ってなんだ……子供じゃ無いか……深窓の令嬢クーナじゃないのか……」


 

 突然子供だと言われるが、そう言う感想を待つのは当然だ。当然ではあるが、大人に言われるのはまだわかる。だが、そう発言したのは私とそう変わらない、少年だった。

 しかし、深窓の令嬢はどんな姿で想像されているのか。

 

「なんだその呆れた目は、僕はちゃんと仕事をしている。子供じゃ無いからな!」


 どうやら本人が言うには大人だそうだ。なら、私も仕事をする大人に対しての対応をしよう。

 察するに貴族の子供といったところか。王都で仕事を任されるぐらいだ。爵位は高いはず。

 私から挨拶するべきでは無いわね。


「……」

「おい何か言え」

「何か」

「そうじゃ無いだろ!」


 まったく……感情的ね。貴族が身分を明かす前に平民から口を開く訳にもいかないのよ。


「お兄様、まずは自己紹介をしないといけませんよ。クーナさんはお兄様の言う通り、何かとおっしゃられたのよ?申し遅れました。わたくしは、デセンド王国第六王女ミェル•デセンドです」


 私と同じぐらいの少女。立ち上がって、丁寧な挨拶の立ち振る舞い。どう見ても、誰がみても高貴なお方だと理解できる。

 王女……?ちょっと待って……。私、他の貴族に初めて会うから少しは緊張していたのだけれど。いきなり王族ってハードル上げすぎなのだわ!!!


「そ、そうだ。試したんだ!お前よく分かっているな。俺はアスティル・デセンドだ。第三王子だぞ!」


 えーと、こっちの方は別に緊張しないわね。トルカに肩書きを乗っけた様なものだから。


「お目にかかれて光栄です。わたくしはクーナと申します。この度、王都の方からわたくしの為に遠路遥々とご足労いただきまして、誠にありがとうございます」

「あらあら……そんなに畏まらなくてもよろしいのに。王族とはいえ末席の王女ですから、普段通りになさって下さい」

「そうだぞ。俺は器がでかいからな。楽にしろ」

「お気遣い、ありがとうございます」


 背伸びしているだけで悪い子では無いのよね。

 緊張で貴族教育の片鱗を出してしまったけれど、平民にしては不自然すぎるわね。向こうの護衛さんも、平民だと思っていた私の対応を見てギョッとしているし。


「クーナさんが卸していただけた望遠鏡は、こちらで監査をさせて頂きました。提出された物と同一の物である事を確認出来ました」

「四百本確認するのは大変だったぞ。僕が一本ずつ確認したんだ」

「一本、五千カクルという金額でしたが、こちらとしても、今後ともお世話になるかもしれません。今回は一本七千五百カクルで買い取らせて頂きます」

「私としては嬉しいお話ですが……よろしいのですか?」


 合計三百万カクル。円にすれば二百十万円。安い金額ではない。


「はい、ですが……代わりに、他の国に大量に販売する事だけはしないとお約束をいただきたいのです」


 デセンドは強力な軍備を備えてはいるが、軍事衝突を好まない国だ。この国の人たちからすれば侵略戦争大好き国家の装備が強化されるのは悩みの種だろう。

 軍事力の低いゼセンダルはともかく、帝国には売ってほしくないはずだ。言われずとも、獣人を悪く扱う国の国益になる様な事はしたくない。


「元から売るつもりはありませんから。安心してください」

「本当ですか!?ちなみに……王都の方へ流通する予定は?王都の方にいくつか流れてきてはいますが、数が少なくて……」

「生産するにも限界があるので、そんなに多くは用意出来ません。もうしばらく時間が必要ですね」


 材料費が入ったから、もっと作れる様になるけれど。準備が必要ね。需要はあるし、利益率も高いから急いで生産体制を整えないと。


「もし準備が出来ましたら、ソック兵士長かギルドにご連絡頂けたら幸いです。お品代はギルドの口座に振り込んでおきました」

「待っているぞ!」

「また、よろしくお願いします。あ、そうだ……お近づきの印にこちらをどうぞ。ギルドの外に出た時に、ここをこうやって回してみてください」

 

 竹とんぼを護衛の人に介してもらい、王子様に渡してもらう。


「ふむふむ……変わった質感の木材だな」


 目新しい物だし楽しんでくれるだろう。私は商談室を後にすると、扉を勢いよく、向こうからドタバタとアスティル王子が走って来た。

 

「おい、クーナ!なんだあれは!?と、飛んだぞ!どうなっているんだ!魔力を感じなかったぞ!」

「お兄様……落ち着いてください」

「それは竹とんぼという玩具でして。魔力を使わずに飛ぶのです」

「大きい物を用意すれば人も飛べるのか!?」

「飛べると思います」


 マルの故郷にはヘリコプターという乗り物が存在している。それを買うには数千万円というお金が必要になるので、私には手の届かない。

それに買えた所で、操縦には高度な技術が必要になるらしい。


 魔法で空を飛ぶには複数の魔法を無詠唱で同時に使用する必要がある。才能のある熟練の魔法使いなら出来る。魔導では非力すぎて鉄の塊を浮かせるだけの力は出す事ができない。


「誰でも自由に空を飛ぶ事が出来るのか!?」

「お兄様、やめてください」

「科学と魔導を駆使すれば可能です」


 この世界には科学は無い。銅線にエナメル加工を施す技術も無ければ、モーターも無い。魔法で雷をおこせても。電気を出し続ける事は出来ない。でも魔導を使えば近道はできる。


「カガク?カガクとは何だ?」


 もっと時間をかけるつもりだったけれど、上手く興味を引いてくれた様だ。


「魔力を使わず、魔法の様な恩恵を得られる学問です」

「魔力を使わない……?魔力が無い俺でも力を持つ事が出来るのか?」

「出来ます」

「たかだか末席の王女一人に、多くの民の血を流させるつもりですか……?私は既に覚悟が出来ています」

「嫌だ。お前は大事な妹だ、あんな奴の嫁に行く必要はない。父上もそう言ってくれている」

「それではお兄様が……」

「クーナ、頼む俺に力をくれ」


 この兄妹には色々複雑な事情があるらしい。本人達には申し訳ないが、私にとっては都合が良い。


「分かりました。アスティル王子の願いが叶った時、私のお願いを聞いて頂けますか?」

「俺の権力を全て使ってでも叶えてやる。なんでも言え」

「私を王立学園へ入学させてください」

「ん……?そんな事で良いのか……?」

「はい」

「アスティル殿下!緊急です!」


 騎士の制服を見に纏った男が走って来た。息を切らして、肩で息をしている。よほど急いで走って来たのだろう。


「コストルに大量の魔物が接近!現在、住人の避難が進んでいます」

「数は?」

「想定で三千以上……こちらの戦力は衛兵五百名、近衛騎士20です。冒険者ギルドの方で緊急召集を行っております」

「狙った様にスタンピードが来たな……兵舎に行くぞ。ミェルは先に王都に帰っていろ」

「お兄様と一緒に居ます!」


 戦力は足りない。コストルの人口の方が多いけれど、全員が戦える訳じゃ無い。

 いくら銃があるからって、相手にできる数じゃ無い。

 避難するべきだろうか?


「クーナすまない。話は今度だ。まずはここを守って生き残ってからだな」

「はい、ご健闘お祈りします」


 私はひとまずピニアと合流して宿屋に戻る事にした。これからどうするか相談しなくては。

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