エピローグ みんな生きて行く 後編
「そんな運命が...旦那、無理なら...」
「いいや作らせてくれ」
クロードの言いたい事は分かる。
しかし俺はケリを着けなくてはいけない。
もう交わる事の無い運命だから、これが最後だと思うからだ。
「...旦那」
「親らしい事は何にも出来なかったんだ。
せめて料理くらい、頼む」
「そんな事は無えと思うぜ、旦那は命を掛けて救ったんだ」
クロードにはそう見えるだろう。
見方を変えれば俺は家族から見捨てられた憐れな男だ。
『待ってるわ』
そう女房は言ったが、弟子と一緒になった。
息子も奴に奪われた。
あの夜、ようやく捜しあてた俺が見たのは閉店した店の中で仲睦まじく食卓を囲む親子の姿だった。
女房だった女の隣に弟子だった亭主、そして息子の隣に小さい子供が二人。
『お父さん』
息子が奴をそう呼ぶ声に俺は店の外で崩れ落ちたんだ。
「[新郎は行方不明になった本当の父親を今も探している]か」
新郎の詳細が書かれた紙に再び目を落とす。
そんな事をしてるのは知らなかった。
「旦那の死亡届けは出てねえんだろ?」
「ああ、アリーが調べてくれたんだ。
結婚の際、俺の戸籍がどうなっているか詳しくな」
「それじゃ向こうの家族だって旦那が生きてる事を...」
「どうだろう?
アリーと結婚する時、俺は新しい戸籍を作って貰ったんだ」
「そんな事出来るのか?」
「まあな、傭兵時代に教わったんだ。
裏道はいくらでもあるんだよ」
「そうか」
クロードには分からないだろうが、戦争の後は色々な人間が生まれた。
俺の様に帰るに帰れない人間がな。
アリーと結婚する時、俺は新しく生まれ変わったんだ。
あの時、料理人のアレックスは死んだ。
アリーと結ばれたのは傭兵崩れのアレックス、妻を愛する男としてだ。
「さあ仕込みを始めるか」
「そうだな」
俺達は今までの人生を語り明かしながら料理の準備を夜通し進めた。
「それでは本日の結婚パーティーを...」
翌朝、準備をした料理をキッチンに運び込む。
天幕の向こうで司会の声がする。
料理は全て式場関係者が運び出してくれるので顔を見られる心配は無いが、念の為大きなマスクを着け、調理帽を目深に被り人相を隠した。
「やるかクロード」
「ああアレックス」
気合を入れ料理に取り掛かった。
「美味しい!」
「こりゃ大したもんだ」
時折聞こえる料理を称賛する声。
満足しているみたいだ、クロードも笑顔を見せていた。
料理も大体終わり、後はデザートを残すのみとなった頃、1人のスタッフが天幕の中に入って来た。
「クロードさん良いですか?」
「はい」
「新郎のお父さんがクロードさんにお願いがあるとおみえです」
「何だと?」
思わぬ展開に顔を見合わせる。
どうしたら良い?
断る事は料理人として作法に反する。
クロードの今後を考えたらするべきでは無い。
「どうする?」
クロードも狼狽えてるな。
あの野郎何を考えてるんだ?
「少し待たせてくれ」
スタッフを天幕の外に出し、隠れる場所を探す。
キッチンを逃げ出す事も考えたが、天幕の外から感じる複数の人の気配、会場の外に出る時、姿を見られる危険があった。
調理台下の僅かなスペースに身体を押し込める。
デカイ身体が恨めしかった。
「入って貰って下さい」
クロードに合図を送り、中に入って貰う。
奴の姿は見えないのが丁度いい。
「突然すみません、私は新郎の父ジャックと申します。
今回はご無理を言いました」
聞こえて来たのは紛れもない奴の、弟子の声だった。
「いいえ、料理はどうでしたか?」
「素晴らしいです!
私も料理人ですがクロードさんの様には、とてもとても」
そりゃそうだ、今の奴がどんな腕前か知らねえが、クロードはかなりの腕だったからな。
「ありがとうございます」
「あれだけの料理をクロードさんお一人で?」
「いやまあ...」
余計な事を聞くな!
クロードが困ってるじやねえか。
「ところで何か御用ですか?」
クロードは話を変えた。
そうだよ、一体何の用なんだ早く言え!
「そうでした、実はお聞きしたい事がありまして」
「何でしょう?」
「クロードさんは以前、違う町でお店をされていたと聞きました」
「ええ15年以上前ですけど、それが?」
何を聞くつもりだ?
「その...そこである人と知り合いませんでしたか?」
「ある人?」
「はい名前はアレックス...私の師匠です」
『な...何だと?』
思わず声が出そうになるのを懸命に堪えた。
「さ、さあ覚えてませんね」
「そうですか...すみません。
今日の料理で親方の味を妻と思い出してしまいまして」
なんて勘の鋭い奴等だ。
「前の店は戦争で焼けてしまいましたので資料は残っていません。
記憶にあればよかったんですが」
クロードは明確な否定は避けた。
まあ本人が足元に隠れてるから仕方ない。
「いいえ、こちらこそすみませんでした。
最後にこのスープの味をみて貰えませんか?」
「スープの味?」
調理台に何かを置いた音が響いた。
おそらく少し小さめの寸胴だろう。
「このスープは親方が得意にしてた物を真似たんです。
女房と息子はこれで良いって言うんですが私には納得出来なくて」
「なぜ私が味見を?」
「今日の料理を作られたクロードさんなら親方のスープの味を知っているかと...分からないならそのまま出して下さい」
「そうでしたか、分かりました」
「お願いいたします、私は会場に戻りますんで」
足音が遠ざかる。
どうやら出ていった様だ。
「旦那どうするよ」
下を覗き込むクロード。
俺はゆっくり立ち上がった。
「...どれ」
寸胴にお玉を入れ小皿に取り、口を着けた。
「どうだい?」
「少し違うな」
首を振り、クロードに小皿を差し出した。
「こりゃ、旦那あの時の...」
クロードは気が着いたみたいだ。
奴が作ろうとしたのは10年前、クロードとアリーに振る舞ったあのスープだった。
「材料は合ってるが手を入れ過ぎだ。
あのスープはこんな凝った料理じゃねえ、手早く作れる簡単な物だ」
「そうなのかい?」
「つわりで苦しむ女房の為に俺が考えたんだからな」
「...旦那」
絶句するクロード、しかし時間が無い。
「作り直すぜ、協力してくれ」
「もちろんだ、レシピを書いても良いか?」
クロードは紙とペンを調理服のポケットから取り出した。
「構わねえよ」
調理台に料理で使った余り物の材料を並べる。
賄い料理だからこれで充分だ。
『美味しい!』
『旨いよ父ちゃん!』
懐かしい昔の光景が一瞬頭に浮かぶ、しかし次の瞬間、
『美味しいわ』
『ありがとうパパ!』
アリーとサリーの笑顔に摺り変わる。
それが無性に嬉しかった。
「どうだ?」
「こりゃ違うな、優しい味だぜ」
出来上がったスープを味見したクロードが微笑んだ。
しかしこれでは俺が作ったとバレちまうな。
「安心しな旦那」
「え?」
「このスープを教えてくれた人はずっと昔にフラッと現れて消えて行った、そう言う事だろ?」
クロードはレシピを書いたノートを見せた。
「そうだな、そうしてくれ」
調理帽を脱ぐ。
天幕の外に人の気配は無い、行くなら今がチャンスだ。
「またなクロード、女房に飲ませてやんな」
「ああ、旦那も元気で。次来るときは親子三人で待ってるぜ」
「楽しみだ」
クロードと握手を交わす、長い言葉は要らない。
調理服を脱ぎ普段着に着替え、急いで会場を出た。
このまま馬車の待ち合い場まで直行する。
「この味は!!」
会場から聞き覚えのある声が聞こえる。
もう俺は振り向かない、早く最愛の家族の元へと行かなくては。
「あなた!」
「パパ!」
俺の姿を見つけたアリーとサリーが笑顔で手を振る。
絶対に失くすもんか!手離すもんか!!
「おう待たせたな!!」
満面の笑顔で大きく手を振り返した。
ありがとうございました。