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第3話 強かな女

 長い夜が明け、馬車は停まった。

 小さな山間の村にある停車場。

 ここで数名の客が降りる、アクシスまで後1日で着く。


「朝飯を食うなら今の内にしな」


 馭者が馬の手綱を(ほど)きながら言った。

 馬に水浴びでもさせるのだろう。


「さて」


 女はまだ夢の中。

 肩から離し、そっと寝かせた。

 鞄から俺のマントを出し、女の身体に掛ける。

 洗ってからまだ一度も着てないので臭くは無いだろう。


 自分の荷物を手に馬車を降りる。

 大きく背伸びをすると、身体中の血が一気に巡り気持ちが良い。

 一晩中女に肩を貸していたので全身が凝っていた。


「ここらで良いか」


 馬車から程近い空き地に腰を下ろす。

 鞄から食料と調理器具を並べた。

 村の食堂で食べるつもりだったが、女の顔を見ている内に、そんな気分じゃなくなってしまった。


「こんなもんで良いか」


 周囲から薪を集め、井戸から水を汲む。

 空き地には何ヵ所かの焚き火の後があった。

 金が無いので宿に泊まれなかった奴や、宿が満室で諦めた奴等が残した物。


「手慣れてるな」


「ありがとよ」


 食材を切り分け、焚き火に鍋を掛けていると馭者の男が声を掛けてきた。


「食べるか?」


「良いのか?」


「構わねえよ、まだ沢山あるからな」


「それじゃ遠慮無く」


 出来上がったスープを馭者に渡す。

 意外そうな顔で受け取る。

 こんな親切は滅多に無いだろう、俺自身も驚いているくらいだ。


「うめえな!」


「そうか」


 誉められて嫌な気持ちはしない。

 馭者の表情は世辞を言ってる風には感じなかった。


「旦那、本職だね」


「分かるか?」


「そりゃ分かるさ、俺も8年前までそうだった」


 馭者の言葉は意外だった。


「戦争で店は丸焼けになっちまった、嫁もガキも、みんな死んじまった」


「そうなのか」


 悲惨な過去、戦争は色々な所に傷を残している。

 俺が男の店を燃やしたのかもしれない。


「旦那はなんで料理人を辞めたんだ?」


「それは...」


「すまねえ、言いたくない過去は誰にだってあるからな...忘れてくれ」


 馭者は慌てて手を振る。

 しかし俺の頭に浮かぶ過去の光景は悪夢だけでは無かった。


「俺が料理人をやっていたのは12年前だ」


「...旦那」


「13歳で料理の道に入って、25の時に独立して店を持った。

 5歳年下の女房と二人で」


「そうかい」


「これでも繁盛してたんだぜ」


「分かるさ」


 空の器を見せ、ニヤっと馭者が笑った。


「3年後にガキも生まれて...幸せの絶頂だった」


 そう、あの頃が幸せの絶頂だった。


「それがどうして?」


「ガキが5歳の時に病気になっちまってな。

 何とか命は助かったが、医者や薬代で...気がついたら借金で首が回らなくなっていたのさ」


「それで兵隊に?」


「ああ、4年の契約で士官付きの炊事兵にな。

 手当ても先払いで条件も良かったんだ。

 店を若いの(弟子)に任せてな」


「女房は反対しなかったのか?」


「そりゃしたさ、

『なんで?私はどうなるの』って、

 大反対さ」


 そうだ、アイツは反対したんだ。

 だが背に腹は変えられなかったんだ。


「それが12年前か」


「ああ、まさか途中で戦争が起きるなんてな」


 突如始まった戦争。

 契約の4年が終わっても俺は帰れ無かった。

 激戦区に回された俺は炊事兵の仕事だけで無く、剣を取って戦う嵌めになったんだ。

 人を笑顔にしていた刃物で俺は...糞!


「結局部隊は全滅、俺はそのまま傭兵になった。

 何しろ、遠く離れた土地に捨て置かれたからな」


(つれ)えな」


「ああ」


 だが本当に辛かったのはその後、命からがら帰ってからだった。


「ありがとよ、旨かったぜ。

 女にも食わせてやんな」


 馭者は器を置いて立ち上がる。

 振り返ると女が俺の方に歩いて来るのが見えた。


「起きたか?」


「はい」


 すっかり血色が良くなった女の笑顔。

 やっぱり似てやがる。


「朝飯が出来てる。

 顔を洗って来い、井戸は向こうだ」


 綺麗な手拭いを差し出し、女に渡した。


「あ、ありがとうございます」


 女は俺の顔を見ながら固まっている。

 何だというんだ?


「心配するな、まだ使ってないぞ」


「いえ、そんな意味じゃなく...雰囲気が」


 雰囲気?何の事だ、意味が分からん。


「ほら」


「ありがとうございます」


 手拭いを受け取った女は井戸に向かう。

 俺は手早く朝飯を器によそった。


「まあ食え」


「いただきます」


 女は器を受け取り、一口啜った。

 その美しい所作に、女がただの庶民では無いと感じた。


「...美味しい」


 女の顔が綻ぶ。

 そうだ、このスープはアイツの、女房の好物だったんだ。

 だから俺は作ってやろうとあの時も...


「どうしました?」


「なんでもない」


 俺は一体どうしたんだ?

 もう忘れないとダメだ。

 女房は俺の弟子と一緒になったんだ。

 ガキも、アイツ(弟子)

『お父さん』って...


「旦那」


 戻って来た馭者が俺に耳打ちをした。


「分かった、ありがとう」


 聞き終えた俺は剣を握り、荷物を手に立ち上がる。

 ふざけた真似をしやがって。


「ゆっくり食べてろ」


 驚いた様子の女に声を掛ける。

 余り見せたい物じゃない。


「どこに?」


「直ぐ戻る」


 理由を言わず、馬車へと戻った。


「何をしている?」


 馬車の中で荷物を漁る1人の男。

 昨日から馬車で一緒だった奴だ。


「あ~...その」


 男は荷物を下ろし誤魔化そうとするが、現場を押さえたんだ。

 言い逃れは出来まい。


「それ私の鞄!」


 使い終わった食器を手にした女が叫んだ。

 やはり来たのか。


「無い!」


 鞄の中を見た女が再び叫んだ。

 もう盗んだ後って事か。


「し、知らねえ!」


 男はしらばっくれる。


「服を脱げ」


 俺は男の服を剥ぎ取る。

 抵抗しても無駄だ。


「何しやがる!」


 男の服から包みや瓶が床に落ちた。


「それ私の薬!!」


「これは俺の薬だ!常備薬なんだ、嘘じゃねえ!!」


 男は尚も叫ぶ。

 その瓶に書かれた文字は見覚えがあるぞ。

 傭兵時代、もし敵に捕まった時の為にいつも携帯していたからな。


「飲んでみろ」


 瓶を開け、中の錠剤を男に突き出した。


「な、何を...」


「飲めよ」


「そうよ、飲めるもんなら飲んでご覧なさい。

 即効性の毒薬だから」


 やはり女の物だったのか。

 しかし意外とこの女、言う事は言うな。


「ま..まさか」


 真っ青な男。

 俺達が嘘を言ってない事に気づいたか。


「早く飲め、常備薬なんだろ?」


「ち、畜生!」


 男が殴り掛かる。

 その拳を受け止め、上から全力で握りしめた。


「悪い指だ」


「ギャアアア!」


 鈍い音が馬車に響く。

 やり過ぎは無い、どうせ盗みを繰り返していたのだろう。


「コイツは此処に置いても良いか?」


 踞る男を馬車から蹴り落としながら馭者に尋ねた。


「構わねえよ旦那、飯のお礼だ」


「すまんな」


「あ、ありがとうございます」


 女も頭を下げた。


「良いって事よ、あとアンタ」


 馭者は女に向き直った。


「は...はい」


「大事な物は肌身離さず持ってな、捨てて良いなら話は別だが」


「分かりました」


「さあ行くぞ!早く乗った乗った!」


 馭者の声に乗客達が戻って来た。

 あの騒ぎには興味無さげだ、日常茶飯事なのか。


「すみませんでした」


 女は改めて頭を下げる。


「気にするな」


 軽く首を振る。

 人助けもたまには悪くない。


「...不思議ね」


 女は窺う様に俺を見る。

 さっきから何だ?


「何が不思議なんだ?」


「何でもありません」


 フッと笑いながら女は前を見る。

 間違いない、俺は完全に女を意識し始めてる事を自覚した。


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― 新着の感想 ―
[一言] 読んでみると、今のところ二人の関係者が全員ドクズだな。
[良い点] 毒か。 …問題は、それを口にするのは誰かだな。
[一言] 男・女・男・女と言う視点ですかね。 次は女か。 男の過去・・・ こりゃあ仕方ないわな。 奥さんも弟子も悪くないでしょうしね。 待ち人来たらずで、子供いたら。
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