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第1話 ある港町にて

宜しくお願いします。

「変わらねえな」


 2ヵ月の船旅が終わり、たどり着いたのは港町アンテス。

 桟橋に横付けされた船から荷物を担いで降りる。

 5年振りだが、今回は目的があって来た訳じゃない。

 ただ遠くに、アイツ等から離れたかったんだ。


「あの...」


 不意に呼び止められ、振り返ると1人の女が鞄を手に俺を見ていた。

 同じ船に乗っていたのは知っていた。

 歳の頃は30前後か。

 化粧気の無い顔は少し草臥(くたび)れているが、若い頃はさぞ綺麗だったろう。


 それよりも女の顔に何故かアイツの面影を見てしまう。

 だから船では意識的に避けていたんだ。


「なんだ」


 出来るだけぶっきらぼうにする。

 これで大抵の奴は逃げて行くんだが。


「アクシスの町に行きたいのですが...」


「アクシス?」


 意外にも女は逃げず尚も話し掛けてきた。


 アクシスは聞いた事が無い地名だ。

 この港には以前来た事があるので周辺の町は大体知っている筈だが。


「すまない、アクシスは知らないな」


「そうですか」


 残念そうに女は俺を見る。

 1人旅だろうか、不安そうに辺りを窺っている。

 もう夕方だ、女が港街で1人、気持ちは分かった。


「来い」


「え?」


「聞いてやるから」


「そんな...」


 そう言いながら安堵する女。

 俺が危険とは思わないのか?

 変な気は起こさないがな、自分でもどうかしてる。

 ずっと避けてきたはずなのに。


「良いか?」


「はい」


 港から程近い建物に俺達は入った。

 ここは港の案内所、旅行や商売をする人間なら最初に立ち寄る場所。


「アクシスに行きたい」


「アクシス?」


 案内所の職員は不審そうな目で俺を見る。

 一体なんだと言うんだ?


「アクシスの町はこの港から遠いぜ、隣のサントス港なら近いがな」


「そうなのか?」


「ああ、山脈の向こうにある」


 職員は顎をしゃくり地図を指す。

 古ぼけた地図を見る。

 サントスの港から程近い場所にアクシスと書かれていた。

 サントス港は行った事が無い、だから知らなかったのか。


「降りる港を間違ったみたいだな」


「...はい」


 職員の言葉に消え入りそうな声で女は俯く。

 その態度に違和感を感じた。


「サントス行きの船は?」


「小さい港だから定期便は滅多に来ねえ。

 殆どの船は素通りしちまうんだ。

 港で船でも雇うんだな、暇してる漁師なら連れて行ってくれるぜ」


「漁師を紹介してくれるか?」


「構わねえが、今日はダメだ。

 こんな時間に漁師は居ねえ、明日の朝にでも来な」


「そうか」


「後は船を使わず迂回してもアクシスに行ける。

 険しい山道で2日は掛かけどな。

 朝と晩に乗り合い馬車が出てるから、そっちの方が安いぜ」


 職員は乗り合い馬車が集まる地図を差し出した。

 意外に親切な男だ。


「分かった、ありがとよ」


 職員にチップを渡して案内所を出る。

 これで女とオサラバだ。


「どっちにするか自分で決めな、それじゃあな」


 宿屋街まで女を送る。

 夜の乗り合い馬車は危険だ。

 どちらにしても翌朝の事になるだろう。


「あ、あの!」


 女がまた俺を呼び止める。

 今度は何だ?


「...すみません宿を一緒に取りませんか?」


「は?」


 女の言葉が理解出来ない程、俺は世間知らずじゃない。

 つまり、そう言う事か。


「生憎だが間に合ってる、他を当たりな」


「...すみませんでした」


 項垂れる女。

 残念だが女に宿を恵んでやる気にはなれない。

 例え身体を差し出されたとしてもだ。


 女と別れ一軒の酒屋に入る。

 ここは立ち飲み屋も兼ねている店。

 傭兵時代、仲間と一緒に以前来た事があった。

 早く酔って女の面影を忘れたかった。


「ふう」


 ほろ酔いで止めて店を出る。

 腰を据えて飲むつもりじゃなかったからちょうど良い。

 夜風に当たりながら宿屋街に向かった。


「約束が違います!」


「ん?」


 路地裏から聞こえる声。

 間違いない、さっきの女の声だ。


「うるさい騙しやがって!」


 続いて聞こえたのは男の声。

 声色からかなり怒っているようだ。


「騙してなんか!」


「黙れ!(ウブ)な面しやがって、とんでもねえアバズレが!」


 暗闇に浮かぶ二人の影。

 普通の人間には見えないかもしれないが、俺の目には充分だ。

 男が女の胸ぐらを掴み、締め上げているのが見えた。


「その辺にしておけ」


「何だ手前は?」


「ただの通りすがりだ、女に手を上げるのは感心しねえな」


 男を静かに観察する。

 筋肉質で図体は大きいが、特に強そうでは無い。

 服装から察するに港の沖仲仕(港湾労働者)だろう。


「関係ねえ奴はすっこんでろ!」


 男はかなり酒臭い、大分酔ってる。


「そうはいかん、見た以上はな」


「...の野郎!」


 男は女を投げ捨て向かって来る。

 緩慢な動き、剣を抜くまでもない。


「ギエ!」


 鳩尾に一発喰らわせる。

 男は派手にゲロをぶちまけ動かなくなった。


「大丈夫か?」


「は、はい」


 差し出した手を見つめる女。

 服は破れ、胸元が露になっていた。


「着ろ」


 鞄から服を取り出し女に渡す。

 少し大きいが一応新品の女物だ。

 アイツへの土産に用意した物。

 捨てようかと思ったが、勿体ないのでこの町で売ろうと持っていたのが幸いした。


「そんな汚れます」


「いいから、そんな姿では歩けねえだろ」


「...はい」


 女は自分の服に気がついたのか慌てて着替える。

 俺は女から目を背けた。


「行くぞ」


「行くって?」


「ここから離れるんだ。

 コイツの仲間が来たら面倒な事になる」


 この手の奴等は直ぐに徒党を組む。

 仲間意識が強いというより余所者に舐められたく無いのだ。


 女の鞄を掴み、急いで路地を抜ける。

 幸いにも気がついた人間はいないようだ、しかし油断は出来ない。

 となれば、


「来い」


「え?」


「いいから、早くこの町を離れるんだ。

 今なら夜の馬車に間に合う」


「馬車?」


「アクシスに行きたいんだろ?

 迂回して行くんだ、港はもう使えんからな」


「わ、分かりました」


 頷く女を連れ、馬車の待合場まで急ぐ。

 もし出た後なら厄介だ。


「間に合ったな」


 馬車はまだ停まっていた。

 急いで乗り込み、馭者を呼ぶ。



「すまん、アクシスまで二人だ」


「座れねえが構わねえか?」


 馬車には既に数名の客が乗っていた。

 椅子には沢山の荷物が置かれ、殆どは床に腰を降ろしていた。


「構わん、いくらだ?」


「二人で2500ボリバルだ」


「ほらよ、釣りは要らねえ」


 巾着から3枚の1000ボリバル紙幣を馭者に渡す。

 ニヤリと笑った馭者は後ろの席にあった荷物を退けた。


「そこに座りな」


「ありがとよ、ついでに椅子に引く物も頼む」


 もう一枚ボリバル紙幣を馭者のポケットに押し込んだ。


「ほらよ」


 馭者は足元に用意していたクッションを椅子に置く。

 客の男達は何も言わない。

 みんなルールを知っているのだ。


「座れ」


「あの、私そんな....」


 椅子の前で尻込みする女の腕を取り、無理矢理座らせた。


「金なら心配するな、宿賃どころかサントスの船賃すら持ってねえお前から取ろうなんて思わねえよ」


 耳元でソッと囁いた。


「...ありがとうございます」


 女は大人しく座り、俺も隣に腰を降ろす。


 しばらく警戒していた女だが、やがて小さな寝息を吐き始めた。

 疲れが限界を迎えたのだろう。

 馬車の中に居る客も全て寝ていた。


「旦那、その女は訳ありかい?」


 馭者が振り返らず呟く。


「さあな」


 馭者には俺達が普通の関係じゃ無いのが分かるのだろう。


「気をつけな、お人好しも大概にだぜ」


「ありがとよ」


 馭者の言葉を聞きながら女を見る。

 俺の肩に頭を傾け眠る女。

 その姿に別れた女房の面影を重ねるのだった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 案内人も馭者もいい奴ですなあ。 [一言] 小説情報からの基本知識含めて、初めからビター風味。
[一言] すでに2人共どんよりしてるねぇ笑 向かう街には何があるのか。 どんなビターなのか…読後感が後味悪い物でない事を祈る笑
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