妄想と現実
誰かにあとをつけられている。
そう思ったのはほんの数秒前。仕事の帰り道だった。
私は後ろを振り返らず同じペースで歩いていく。後ろの気配も私にぴったりとくっついてきていた。
いったいなにが目的なのだろう。私をつけたところで利益が生まれるとも思えない。
そういえば今日、会社の同僚にじっと見られていた気がする。あの人はいつも私に視線を送っていたが、今日は特にそれを感じた。私のことが気になっているのだろうか。
自分で言うのもなんだが、容姿は普通かそれ以上だし性格もいい方だ。そして恋人らしき人もいない。狙われるのは必然である。
なぜ直接話しかけてこないのだろう。私は性格がいいのだから、どんな人でも優しく対応するのに。中高生ではあるまいし、こそこそしていないで堂々と来てほしい。そういう性格の人間がストーカーとなるのだ。というかもうストーカーか。
「……なんてね」
私は小さくつぶやく。
ストーカーなんてものはたぶん存在しない。私の勝手な妄想だ。
誰も私を好きになることはないだろうし、それでストーキングをするような熱狂的な人はいないだろう。きっと気のせいだ。
さっさと自宅に帰るため、私はすたすたと住宅街を進んでいく。
いよいよ人通りのない道に入ったが、後ろの気配はなくならなかった。
まさか誘拐?
こんなに綺麗でカッコいい私を誘拐犯が放っておくわけがない。人身売買でもすればかなりの値が付くはずだ。いやその前に私の容姿を見て誘拐犯に気に入られるかもしれない。売られる前に襲われることは必須だ。
常日頃から思っていたのだ。周りに好かれて出世したりモテモテになったりしないのは私が輝きすぎているせいだ。そのせいで周囲の人は私に近づけない、近寄りがたくなってしまっているのだ。
夜であれば単純に辺りが暗く、仕事疲れも加わるので、私の輝きは減少する。そこにつけこんで会社の同僚や誘拐犯、その他もろもろの人たちが迫ってくるのは当然だ。
――ブロロロロロ。
ワゴン車が通り過ぎる。その車は私から百メートルほど先の家の前で止まった。
誘拐に使われる車だろうか。後ろの人との挟み撃ちで捕まってしまうのだろうか。
ただ私が捕まったところで、彼らは私に手出しはできない。なぜなら私が彼らを魅了してしまうからだ。私の言うことはなんでも聞くようになるだろう。
――スタスタスタ。
後ろの気配が距離を縮めてきた。段々と近づいてくるのが足音でわかる。
――スタスタスタ。
もう手の届くところまで来ている。
そう分かった途端、私の妄想論が途切れた。
怖い。
怖い怖い怖い。
怖いよ。
そして気配が私の背後まで来た瞬間、勇気を振り絞って後ろを振り向いた。
「――っ」
私の喉からかすれた音が漏れる。
そうして緊張で固まっている間に、人が私の真横を通り過ぎて行く。振り向いた数秒後には私の視界に人はいなかった。ただスーツを着た人が怪訝そうな顔をしながら通り過ぎただけであった。
「……ま、だよね」
肩を落として一気に脱力した。
私は物事を気にしすぎたり考えすぎるところがある。そんなところも魅力なのだが。
「……かえろ」
私は前に向き直る。
――と、目の前が真っ暗になった。