八神姫
「これ、お願いします」
すずは、男らしく凛とした態度でオオナムヂに背中を指し示す。
「えっ?ああ!ちょっと待って」
オオナムヂは、先にその場に中袋を降ろすと、すずの背中に回り、荷下ろしを手伝った。
「ありがとう。とても助かったよ。体、痛くない?」
「いえ」
大丈夫です。とオオナムヂに微笑むと、今度は表情を引き締め正面を向いた。
「じゃあ、ちょっと行ってきますよ」
「えっ?どこに!?」
「八神姫が怖がっていると思うので、助けてきます」
「は!?やめときなよ!!」
すずもそうする方が賢明だと理解していたが、恐らく八神姫は誰かの助けを待っている。
男に騒がれ部屋に立てこもる同性に同情したすずは、オオナムヂの助言を無視して進む。
オオナムヂの兄たちは、背後にいるすずには気づかずに各々が声を張り上げていた。
どの顔も、やはりどこかオオナムヂに似ているところがあり、決してブサイクでは無かった。
(きっと、一度にどっと押し寄せさえしなければ、相手にされたんだろうな。馬鹿なのかな、この人達)
兄たちが群がる先の建物の戸は、堅く閉ざされていて、人がいる気配が感じられない。
(もしかして、実はそんなお姫様なんていなかったとかいうオチだったりして)
とりあえず、前の方に行ってみよう。すずは、どこか混雑する初詣の参拝をしに行くような気分がした。
(もっと端まで広がってくださいって警備員さんが言ってたりするもんね)
(ならばガンガン進んじゃえ!)
青年たちの隙間を縫った先、最前列では、それ以上前に行けないくらいに兄たちが肩を寄せ合うように騒いで守りを固めていた。言っている事は、変わらない。
沈黙を貫くお姫様の姿が見たいだけらしい。
「すみません、通してください!」
男性陣の中に紛れ、押されつつも負けじと叫ぶ。
「この声、女?」
一人の兄がそう呟くと、最前列の兄たちが一斉にこちらを見る。
「いつの間に」
「見ない衣だな。この国の女か?」
なんだなんだと、後ろにいた兄たちも加わり、すずはすぐに取り囲まれる。
「八神姫の侍女か?姫からの言伝だろうか?」
「い、いえ!違います」
「では?」
「あ~っと、ただの一般人です!」
へへへとごまかすすずを訝しげに見る兄たち。
「えっとぉ、あの!私が八神姫様と話してきますから!だから!騒がないでください」
「何だと?」
「みんなうるさくて、迷惑してるっているかー……」
「ほう、中つ国の王子がわざわざ娶りに来てやったと言うのに迷惑とな」
「なんて生意気な女なんだ!?」
そう言って、一人の男がすずの腕を掴み上げる。
一瞬びくりとしたすずだが、苛立ちが勝った。
「これじゃあ、怖くて出てこれませんよ!八神姫様!こんなプロポ……、求婚されたって嬉しくない!」
「それは、出てこない女の方が悪いであろう。すぐに姿を見せれば我らもここまで騒がなかったというのに」
「……結婚する前から相手のせいですか!私だったら絶対にあなたとは結婚しない!」
「生意気な女だ!」
一人の男がそう言うと、すずが後ろから羽交い絞めにされる。
「ちょ、ちょっと!!」
「ほら、言わんこっちゃない」
一連の騒動を傍観していたオオナムヂが、呆れたように言った。
ウサギはあわわ……と言ったように、前脚を口に当てている。
羽交い絞めにされたすずは、そのままずるずると集団の外へと引きずられる。
「ふぬぬぬ……!!!」すずも、ヒールを地面に突き刺すように抵抗する。
「この怪力女!脚やめろ!はしたない!」
さすがの力自慢のすずも大の男には勝らなかった。抵抗むなしく、地面を耕すばかりだった。
「我らは中つ国の王子ぞ!ちょうどいい!手向かったらどうなるか!八神姫よ!しっかりと見ておけ!!」
「いいぞ!外に転がしてやれ!」
「朝まで堪えたら、我が迎えてやろう!」
「酷いぞ!耐えられるわけがなかろう!」
「土蜘蛛に可愛がってもらえよ!」
『『あははははは!』』
無駄だと認識したすずは、抵抗を止め、次の手について思考を巡らす。
まず、考えたのは外に放り出された事をきっかけに元の世界に帰る方法を探して一人で生きていくこと。
却下。つちぐも?とかいういかにも恐ろしいワードが登場したので。
妖怪なのか!?蜘蛛というから蜘蛛関連なんだろうけど、もしかして、ウサギもその類!?
そして、戻ってから会社にはどう説明する!?これが一番怖かった!!
次。外に放り出されたのち、すぐに戻ってオオナムヂの影に潜み続ける。
これが一番の得策かな。彼の事を良く知っているわけじゃないけど、守ってくれそうだし。
門番さんがあんなに尊重してたくらいだから、見た目に反して意外と強かったりして。
そんなわけないか。
黙って引きずられながらそんな事を考えていると、
「すみません、いいですか?」と、ひょいっと兄弟の間からオオナムヂが姿を見せた。
「オオナムヂ!!」すずはキラキラとした視線をオオナムヂに向ける。
オオナムヂも応じて「もう大丈夫だよ」と口角をあげた。
「あっ!オオナムヂ!てめーもう着いたのかよ!!」すずを羽交い絞めにする男が怒鳴る。
「ええ、遅くなってすみません」オオナムヂはにこにこと返事をする。
「ちゃんと荷物は持ってきたんだろうな?」
「もちろんです!」
「ちっ!」
「あの~、その女の子なんですけど」
「ああ!?この女!?今から国の外に放り出すんだよ!」
「何かしでかしたんですかね?」
「あーな!!俺たちを侮辱しやがった!!」
「侮辱ですか……」
「そうだよ!お前は慣れてるかもしんねえけど!!」
周囲の兄たちが、違いない!と口々に笑い出した。
オオナムヂは、憤慨することなくえへへと頬を掻いている。
(なっ、情けない……)オオナムヂに代わってブちぎれそうなすずだったが、目の前のなよッとした態度を見て意気消沈。
「それで、その子、私の侍女なんですよ。放してもらってもいいですか?」
「はあ!?お前の?侍女なんていたのか!?」
「ええ。大荷物を見て志願してくれて……」オオナムヂは困ったような笑顔を作り答えた。
(いや、してないよ!?ウサギに持たされたんだよ!!)
「兄さんたちの紹介も遅れちゃって。何やら勘違いしたみたいなんですよ」
「ふん!顔がいい男は侍女も自からやってくる、か。羨ましいことだ!ならば、仕方がない」すずを掴んでいた男、オオナムヂの兄はそう言うとすっとすずから離れた。
「大丈夫?」オオナムヂがまだ赤みが残るすずの腕に触れて聞く。
「ええ、何とか……。ありがとうございます」
「オイ女!」
「はいっ!」
「俺たちはこいつの兄だ!いいか!この顔だけが取り柄の色男よりもずぅぅぅっと各上なんだ!!覚えておけよ!!」
「は、はい!!すみませんでした!」すずがバッと頭を下げる。
すずを掴んでいた兄は、いいだろうと言った様子で頷く。
「まあ、よくやったと褒めてやってもいいくらいだ。度胸があるよな」
突然、褒められて呆けるすず。
(あれ?意外といい人?やっぱりオオナムヂと似ている……?けど)
ニヤニヤと笑う兄にすずは違和感を覚える。
「全く、無鉄砲だなあ」オオナムヂが呆れたようにすずに言ったところで、兄がオオナムヂの胸ぐらをグイっと掴み上げた。
「そんで、落とし前は?ちゃんとつける気あるんだろうな?」
「あはは……、もちろんですよ。兄さん、そんなに怒らないで?」
オオナムヂは、微笑んで答える。見方によっては余裕がありそうな笑顔なのだが。
「その顔がムカつくんだよ!」
ガっ!!
「クッ……」
オオナムヂのキレイな顔面に兄の一撃がぶち込まれる。
勢いでその場に倒れ込むオオナムヂ。
周囲からはどっと歓声が上がった。
「あははは!麗しの王子のお顔が台無しじゃねーか!」
「全く、なんて乱暴な」と、静かな口調の兄でさえ口元は歪んでいた。
「はあ、オオナムヂが着いちゃった時は焦りました……」
「やりすぎじゃないか?八神姫だって顔で決めるような女だとは限らないじゃないか。でも、その顔!ぷっ……」
「君も笑っているではないか」
「しかし、見事な無様さだったな。人となりは顔に出ると言うが、オオナムヂは本当に女の様にか弱いな。妹であったならば可愛がってやったというのに、不運な子だ」
オオナムヂの兄たちは、鼻を抑えるオオナムヂを見降ろして満足そうに会話をする。
「仕方ないよな!お前が悪いんだから!本当はこんな事したくなかったのに!従者の責任を取るなんて男前だったぞ!少しは見直したぜ!オオナムヂ!」先ほどまですずを羽交い絞めにしていた兄は、そう言うとスカッとした表情でオオナムヂの肩をポンと叩いた。
「これでいいですかね」オオナムヂは、鼻から口にかけてを真っ赤に染めて返事をする。
「その女連れて、さっさと退いてろ」兄が冷たい視線をオオナムヂに下す。
「すず、いこう」心配するすずをよそに、オオナムヂはゆっくりと立ち上がりすずの腕を掴んで集団から離脱する。
盛大な笑い声が二人の背中に浴びせられた。
オオナムヂたちは、兄たちに見つからないように社の裏手に身をひそめていた。
「ったく、オマエも情けねえなあ」
ウサギが袖でオオナムヂの鼻血をぬぐい言う。
「君たちが勝手な事を企むからだろう?」オオナムヂは少しむくれていた。
「ご、ごめんなさい」
自分が生きていた世界とは違う事を身をもって痛感したすずは、酷くシュンとした。
「でも……」あんな男どもに迫られ続けている八神姫は。
「八神姫は、どうなっちゃうんだろう……」
「まあ、あの中の誰かと結婚するしかないよね」オオナムヂは冷たく言い放つ。
「そんな!」
「仕方ないだろう?弱い国が生き残るには強い国に従うしかないんだから」
「で、でも女の私にも平気でつっかかって来たし、ひどすぎる……」
「それでも結婚するのがどおりだ」
すずは、止まらない鼻血をぬぐい、冷たく現実を突きつけるオオナムヂにそれ以上、何も返せなかった。
「誰が野放しの野鳥などと結婚するか。この戯け」
ウサギ、オオナムヂ、すずが、突然聴こえてきた声に振り返る。
目の前には、長い艶のある豊かな黒髪を垂らした美女が佇んでいた。
「ほれ」美女はオオナムヂに布を手渡す。
「……ん」オオナムヂがそれを受け取り、口元の血をぬぐった。
その視線は、まるで初めて女を見たかのように釘付けだった。
「今朝から鳥どもが騒いでいると思っておったがどの鳥も好かなんだ」
「はあ?」ウサギは意味わからんと言った様子だ。
「だが、今決めたぞ。お前なら屋敷に入れてやろう」
美女がそう言ってすずを指さす。
「え?わ、わたし!?」
美女は満足そうにこくりと頷いた。
「うむ。お前が仕える王子なら、心配なかろう!父上もそう言っておる!」
「では!あなたは!」
「八神じゃ。さあ、屋敷へ参れ。正面の鳥どもは父上がお帰り申し差し上げておるわ」
言い終わると、花の香りをわずかに残して社裏の隠し戸へと姿を隠した。
「えっと、つまり……」オオナムヂの鼻からは、興奮したのか再度、新たに鼻血がたれた。
「八神姫はオオナムヂを選んだんだよ!!!」すずも興奮した様子で答える。
「はあ?そういう意味なの?ほんと?」ウサギはまだ分かっていない様子だった。
「なんだ、こんな簡単に決まっちゃうの?女の子って分からないね。それじゃあ行こうか」
オオナムヂは、軽口をたたきながらも嬉しそうに彼女の残り香を辿って行った。