オオナムヂの求婚
「それを知っているんですか?」
青年が見つめる、不思議にうっすら光るガラスにすずも目を向ける。
同時に少し顔を近づけてみる。
光るガラスをすずにもよく見せてくれようとしているのか、青年はすずと彼との間にガラスを持っていき、更に自身の顔も近づける。
「これは私の勾玉だよ!」
「えっ?あなたの!?……勾玉だったんだ」
「うん!」
青年は、爽やかな笑顔でこちらに向き直る。
余りの顔の近さにすずはとっさに目を逸らしてしまう。
「そう言えば、まだ名乗ってすらいなかったね。私はオオナムヂ」
「おお?えっ?名前?」
余りにも変な名前に、逸らしていた目が彼を捕える。
「そう!オオナムヂ。中つ国の王子なんだ」
「はっ!?王子!?」
「そうなのか!どおりでくれた服も高そうなわけだ!」
ウサギがやっと反応した。
「気に入ってもらえたのならよかった。兄さんの服なんだ。立派だろ?」
「あの……」
どういう事!?
「ああ、ごめんね。君は中つ国も知らないから、分からないよね」
「……すいません」
こんな貧相な服の彼が王子様!?
「私の事はオオナムヂと呼んでくれたら、それでいいよ」
「オ、オオナムヂ……、はい」
間近で微笑むオオナムヂ。
その微笑みが改めてすずに男性であることを意識させる。
それも、お、王子!?……王子って何!?
「きみの名前も聞かせてくれないかな?知らないと不便だろ?」
「私は、すずって言います」
「すず!可愛らしい名前だ」
屈託なく笑うオオナムヂにどう返せばいいのか分からず、頬を染めて目を逸らす。
「オレはウサギ!名前は無いぜ!ウサギでいいよ!」
「う、ウサギ!?……は、はい!」
オオナムヂは、うん。これでよし!といったように嬉しそうに私たちを眺めた。
そして、再びガラスに視線を移す。
「よかった。これで私も八神姫に会える」
「やがみ……姫?」
姫?
先ほどまで少し浮かれていたすずのテンションが一気に下がる。
「今、私は八神姫に会うための旅の途中なんだ」
「ああ……、そうなんだ」
「へえ!じゃあ、その大荷物は、その姫さんへの貢物か?ずいぶんとわがままな姫だな!」
「あはは!これは私の兄さんの荷物だよ」
「は?男の山越えにはちょっと多すぎなんじゃねえの?」
「兄さん多いからね。私は末っ子なんだ」
「それじゃあ、王子っつったって、王様になれるわけじゃねえんだ」
ウサギとオオナムヂの会話が続くが、すずはあまり聞いていなかった。
「そんな事ないよ。兄弟の中で一番最初に子供を作るってのが王様になる条件なんだ」
「子供を作る?」
もしかして……、その八神姫と?へぇ~……。
さすがは王子様。お相手も既にいるのね。と、今度はすずがボケっと焚火を眺める。
まあ、さすがに王子様となんかあるとは思ってないけど!
大それた事は望まないけど!!
「うん。それも有力な豪族の娘との子だ!だから私たちは競い合うようにして八神姫の元へと急いでいるんだ。結婚を申し込むためにね」
「じゃあ、こんなところで油打ってちゃダメなんじゃねーの?」
「ははは!でも命には代えられないだろ!」
「お前……」
見開かれたウサギの瞳では、先ほどよりもキラキラ輝くように炎が揺れた。
「でも……、兄さんたちは、私を八神姫に会わせてくれるつもりがないみたいなんだ。この荷物は全部兄さんたちのだし、こんなの背負っていたら着くころには八神姫は結婚決めちゃってるよ」
ウサギは、黙ったまま強いまなざしを彼に向けている。
すずは、そうなれば面白いのになんて思いながら膝を抱える。
オオナムヂは、再びうっすらと光る勾玉のかけらに視線を落とした。
「この勾玉は、母様がそうならないようにまじないをしてくれたんだ。出発した時に兄さんに荷物持たされて、なくしちゃったんだけど、きみが見つけてくれたんだね。君を迷わせた神様に感謝しなくちゃ」
優しく微笑みかけられ、今のところはお相手がいる人なのに、すずはつい顔を赤らめてしまう。
ってか、王子様だしこんなに会話できるだけでもありがたい。
それにしても、なぜあんなところに落ちていたんだろう……。
まあ、聞いたところで彼らにも分からないか。
そう自問自答するすず。
「結婚しちゃってても、美人で有名な八神姫に一目会えるだけでも良しとするよ!どうせ、私なんて王には向いてないし」
オオナムヂは視線を落とした。
八神姫と結婚できないのが悲しいのか、王になれないのが悲しいのかは分からない。
八神姫には、会った事ないんだ……。そんな人と結婚するなんてさすが王子様。
イメージ通り。すずは急にオオナムヂが遠くに感じられる。
「あのさ!兄弟って、沢山いるんだろ?もしかして、この森を通ったのか?」
「そうだよ。男だけで、荷物も持たずにぞろぞろと歩いてたはずさ」
「そうか!やっぱり!オレに嘘の治療を教えたやつらだ!そいつらしか、通らなかった!」
「えっ?兄さんたちだったの?……酷い事するなぁ」
「オレは決めたぜ!」
「うわぁ、驚いた。急に立ち上がってどうしたんだい?」
「八神姫とお前を結婚させる!王にはお前みたいな優しい男がなるべきなんだ!」
「む、無理だよ!兄さんたちを見たならわかるだろう?人数も多いし、性格もあれだし」
「オレはもう嘘をつかないって決めたんだ!絶対に八神姫と結婚させてやる!」
「なんだか、ウサギさんかっこいいね」
「やめろよ!照れんだろ!」
ウサギが腕で宙を掻く。
「ははは、はぁ……。今日はもう遅いから、とりあえず休もうか」
オオナムヂが呆れたようにそう言ったが、燃え上がるウサギはしばらく、寝付くことは無かった。
翌朝になりオオナムヂは大荷物を背負って、出発の準備を始めている。
「よいしょっと」
決して小柄ではないオオナムヂだったが、その体の倍以上の荷物に足元が少しだけふらついた。
「重そうだな」
「もう、慣れたよ。それじゃあ、君たちも気を付けてね」
「いんや!俺はお前についていくぜ!八神姫と結婚してもらう!」
(私は……、どうしようかな。どうすればいいのかな……)
「ええ~、諦めてなかったのか」
「当たり前だろ!これから住む国の王様がこれで決まるんだからよ!」
「私の国に来る気か。悪くない判断だと思うよ」
「オイ、お前、それ半分よこせ!」
そう言うなり、ウサギはオオナムヂが背負っている大袋から次々と小袋を引っ張り出す。
「えっ?うわっ!危ないよ!」
オオナムヂは、荷物が取り出されるたびに上半身をグラつかせた。
「おっ、ちょうどいいのもあんじゃん」
ウサギは、大袋から、一枚の風呂敷をグイーっと引っ張り出すと、それを地面に広げて子袋を包みだした。
「ああ。これが破れた時用に、用意してたんだよ」
オオナムヂは、ウサギの作業を眺めながら呟く。
ウサギは、器用に袋をまとめ上げると、再びオオナムヂの大袋に手を突っ込んで何やら長細いものを取り出し、私に突き出す。
「おい!お前が持てよ!」
「ええっ……、私が!?」
ウサギは、特に返事には応じずに、すずの両肩に紐をかけていく。
「重っ!」
最後に背中にオオナムヂと同じ大きさになった大袋(中袋?)が巻き付けられ、すずはぐらりと後ろにふらついた。それをふんぬっと言って踏ん張り返す。
「えっ!?いいよ!?」
「ダメだ!ぜってーお前を八神姫と結婚させる!これなら、早く歩けるだろ!急ぐぞ!」
「なんで私なの……」
「オレはか弱いうさぎだからだ!そんな大荷物持ったら潰れちまうだろ!」
(私はか弱く……、無いですね!はい、すいません)
「すごいよ、すず!女の子なのに力持ちだね!逞しいよ!」
「うーん」
そんな爽やかに褒められたら、嬉しいけど……。
なんだか……と、すずは思った。