気に入られた王子
すず達は、スサノオの間にいた。
スサノオは、広々とした部屋の真ん中に建つ大柱の前に椅子を用意させ、そこに座っている。右手には、オオナムヂが持ち帰った鏑矢が握られていて、スサノオは時々、むしり取られた羽を見ては視線を戻した。
そして、スサノオの足元、彼のすぐ目の前で正座をするすずとオオナムヂ。
スサノオは、最奥では無く部屋の中央に鎮座している。
この方が良く話ができると考えていた。
「私が、勝手にオオナムヂ様を追いかけて……」
すずが俯きがちに話す間、隣に座るオオナムヂはうん、と頷いている。
満足そうに首を動かす彼の顔を、穴が開くほどに凝視するスサノオ。
「それで、やっとオオナムヂ様にお会いできたんですが、火の手が襲い掛かり困っていたところ。言葉を話すネズミに助けられて、最後は」
そこまで言ったところで、顔を上げるすず。
チラリとオオナムヂを横目で見つめると彼もうっすらと目を開けて口角を上げた。
次に視線でスサノオを見上げる。
大きく鼻を鳴らしたスサノオが瞳を動かすと目が合った。
咄嗟に、視線を下げるすず。
「最後は、オオナムヂ様が足をくじいた私を心配されてあんなことに……」
すずの語尾はだんだんと小さく、か細くなっていき、同時に顔を両手で覆う。
大袈裟にため息をつくスサノオ。
「お前の尻が見えたときは、死んだものを連れてこられたのかと肝を冷やしたぞ」
「し、尻って……」
すずが両手から漏れている耳を真っ赤に染め上げる。
ここまでの経緯を説明し終えたすず。
口裏を合わせてはいたが、嘘はついていなかった。
オオナムヂの魂胆が明るみになると、八神姫を人質にされたすずはオオナムヂの求婚を断ることができなくなった。
断るどころか、積極的にオオナムヂをたてなければならない。
すずは覚悟を決めて、根堅州国にいる間だけ、という条件でオオナムヂに協力することにしたのだった。
それを伝えたとたんに、にんまりと笑ったオオナムヂ。
すずの足元を見つめ、「捻ったようだから担いでいってあげる。優しい男でしょ?」とすずを腹ばいに肩に担ぎあげると、ズンズンとスサノオ様たちが捜索網を広げる屋敷前へと勇んだのだった。
「嘘ではない……、だが匂うな」
スサノオが腰をかがめてオオナムヂに顔を近づける。
「っ……」
スサノオ様の威厳ある顔が近づき、微動だにできないオオナムヂ。
それでもスサノオ様にバレてしまわない程度にできるだけ、自分の放つ空気を吸い込んでみた。
「よしっ!」
パンっと手を叩いて立ち上がるスサノオ。
オオナムヂがびくりと震え、同時にすずも肩を揺らした。
背を向けたスサノオがんー!っと背筋を伸ばすと、緩んだ雰囲気に唖然とするオオナムヂ。
同じく見つめるすずと目が合うと、にこっと笑った。
「すず。大躍進かもしれないよ」
小声で言うオオナムヂに、すずも大きく頷いた。
「ああ、かゆい」
長い伸びを終えたスサノオはワイルドに降ろされる長い黒髪をかき上げるようにわしゃわしゃとその頭を掻いた。
オオナムヂの前で威厳を保っていたスサノオだったが、いつもの調子に戻った様子をみてくすっと安堵の笑みを漏らす、すず。
スサノオが頭を掻きながら振りむく。
「おい、小僧」
「は、はい!」
ビシッと背筋を伸ばすオオナムヂ。
スサノオがぐるりとオオナムヂの正座するあたりを歩き、最後にドカッと椅子に腰かける。
オオナムヂの視線は、その間もずっと椅子に向けられていた。
「頭がかゆい」
「は、はぁ……」
「シラミがいるかもしれん」
「そ、そうですか……」
「取ってくれんか?」
「えっ?あっ……」
呆気にとられるオオナムヂ。
「出来んのか?」
「いっ、いえ!」
低く唸ったスサノオの機嫌を損ねないように、足早に彼の椅子の背に回った。
突然の婿と父のコミュニケーションに唖然とするすず。
燃え盛る大火の中、見事鏑矢を見つけ、娘を救い出したのだから当然なのかも……。
急な進展、スサノオの頭を覗き込むオオナムヂを見つめ、その奇妙な光景にクスッと笑いをこぼしたところで、
「スッ、スサノオ様!?これ!ムカデですっ!!頭にムカデがたくさんいます!!」
ひきつったオオナムヂの声が広間に響く。
「ああ。そうか。困った。どおりでかゆいわけだ。取ってくれ」
呆気にとられるすず、スサノオを顔を見つめると、さて。コイツはどう出る?そう分かりやすくにやりと笑ったのだった。




