冥界の王への御挨拶
枯れ木が洞窟を作るように折り重なる黄泉平坂を下りきると、眼前に大神殿が見えてくる。
オオナムヂは、すずにスサノオの元に案内するようにと指示をだす。
その横柄な態度に侍女が一睨みすると、先に神殿に入っていく。
スサノオ様に伝えてから彼女が案内してくれるそうだ。
「何を話すつもりなの?」
「スサノオ様の持つ、大太刀と弓を譲ってもらうつもりだ」
「へぇ~。そう簡単にくれるのかな」
すずは意地悪を言った。
私の口添えが無ければ、お前は相手にされないだろう。と、満足そうに男を見上げる。
すずにはその自信があった。
「考えがないわけではないさ。もう死ぬのはごめんだしね」
フッと鼻で笑うオオナムヂ。
「そうですか」
あたかも八十神に命を狙われるオオナムヂを演じ続ける男。
白々しい奴。そう思ったすずは、適当に相槌を打つ。
「さあ、行こうか」
そう言うと、男が急に腕を差し出してくる。
「なに?」
「掴んで」
「え?なんで?」
さっきまでは、スタスタと先に行ってたくせに。何が目的なのか。
すずは訝し気な視線を送る。
どこかにほくろとかあったりしないだろうかと、その顔をまじまじと見つめる。
しかし、見つめれば見つめるほどに、感じてしまう。
やっぱりオオナムヂだ。その高い背も、金色に透き通る瞳も。
「いいから、ほら」
オオナムヂが、すずの手を引っ張り自身の腕に無理やり添わせる。
満足そうににっこりと微笑んでくるオオナムヂ。
目を逸らすすずだったが、服の上では分からない意外と逞しい二の腕に、その心臓は少しだけ波打った。
(う~ん……。これはこれでオオナムヂらしいし……。私の勘違いなのかな……)
先ほどまでは偽物だと確信していたすずの心が揺れ動く。
広い部屋には真ん中に大きな柱が立っている。
スサノオの間だ。
その最奥、中央の椅子にスサノオが鎮座する。
「なんの用だ?」
いつにもなく、低い声。
先ほどまで妻に責め立てられ、追いやられていた夫の面影は微塵も感じられない重圧感。
その声は、たった今すずと腕を絡めた状態でスサノオの間に侵入したオオナムヂに向けられている。
驚くすず。
スサノオと過した時間は長くはないが、その堅い口調や威厳のある態度を見たのは初めてだ。
「離れて」
オオナムヂがすずに促し、すずも腕を放して距離をとる。
そして、手のひらに掻いた汗をさり気なく服で拭った。
「スサノオ様!私は中つ国の」
「知っとるわ!この色許男め!何しに来た!?なぜ、あが娘といる!?」
椅子から腰を浮かせ、前のめりに怒鳴るスサノオに、オオナムヂがビクリと体を震わせる。
「あのっ……、す……」
どもるオオナムヂ。さすがに怖くなったのであろうか、いい気味だ。
「聴こえんわ!!」
そう怒鳴りつけ、情けない男だ。とため息をついて腰を降ろすスサノオ。
「……っ!」
オオナムヂが一つ大きく呼吸をした後、足早に彼に近づき、そこでひれ伏した。
「スサノオ様!」
ただ黙って見下ろすスサノオ。片腕で顔を支え、もう片方をひじ掛けに置いて、オオナムヂの次の言葉を待つ。
「す……、スセリ姫を私の妻に頂戴したい!!」
床に打ち付ける様に頭を降ろし大きな声ではっきりと言ったオオナムヂ。
「はっ!?」
バキッ!!
すずの声が神殿にこだますると同時に、スサノオがひじ掛けを握り潰したのだった。




