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冥界の花。姫君スセリの御生誕

天の輝きが、うっすらとあたりを照らすのみ、暗く湿った台地。


周囲の木々は枯れ果て、じめじめと重苦しい雰囲気を漂わせる。




そんな中、豪快に川で水浴びをする中年男性。




年を取ってはいるが、その顔、長くしなやかな髪は未だ美しさを保っている。


また、その体は若いころに相当な苦労をしてきたであろう、おびただしいほどの傷が残る。




「かぁぁぁぁ!さっぱりした!」




中年男性は、水面から勢いよく顔を出すと、威勢よく水をぬぐった。




「さて、そろそろ出るか」




しかし、男性の太く逞しい腰のあたりには何か重たいものが引っ掛かる。




また、動物の死骸が流れ着いてきたな。男性はそう思う。




「ったく。運のいい奴め。このスサノオが直々に葬ってくれよう」




男性はそう言うと、それを水面へと一気に引き上げた。




「なっ!……手弱女たおやめ!?」










「と、いうわけだ」


「いや、全然分からないわ。どうして、そこから、この子があなたの娘になるのよ」





根之堅洲國ねのかたすくに、スサノオの住まう大神殿のとある一室では、とある女を挟んである夫婦が言い争いをしている。




間に挟まれたすずは、ただ黙ってその様子を見守る。




すずは先刻――、川に足を取られた時に死を覚悟した。


しかし、あろうことか、とある男性に救われ、今に至る。




目覚めたばかりで、まだその事しか聴いていないすずは、目の前の夫婦が誰なのかもわからなかった。




ただ一つだけ気になるのは、中年の男性の首に下げられる目玉のようなものを16個つづった首飾り。


そして、その装いも中つ国とは違っていた。


蛇の皮で作られた羽織を身に着けているのだ。





「俺の親父は、川で鼻を洗った時にオレが生まれたと言ったんだ。まさに同じことが起こったようなもんじゃないか!」


中年男性が妻を諭す。




「……まぁ、それもそうですけど」


意味の分からない説明に、妻である女性は少し納得の色を見せる。




――なんで!?


すずは心の中でそう突っ込んだ。




「お前だって娘が欲しいと言っておったではないか!クシナダ。これからは、この子を末の娘として大切に育てよう!」




すずは話の流れが分からない。分かるはずもなかった。


すずは川で溺れていただけなのに、目の前の男性は自分がすずを生んだのだと主張している。




「あのー……」




「ん?どうした?」男性が父のように振る舞う。




「生まれたばかりで、右も左も分からないのに、強引なお父さんねぇ。そう思わない?いつもお母さんをこうやって困らせるのよ?」


その妻であろう美麗な中年女性も母の優しい眼差しですずに問う。




「あっ、えっと……、はい?」




「くはははは!良いではないか。これからゆっくりと互いの事を知ってゆけばよい。そうだろう我が可愛い末娘、スセリ姫よ!」




「!?!?!?」すずは大変に混乱し、状況がつかめない。




「あら!なんであなたが名前を決めるの!?スセリなんて言いづらいわ!」


妻の女性が嬉しそうに怒るという茶番を繰り広げる。




「次に娘が生まれたときは、そう名付けると決めていたんだ。いいだろう?そろそろ俺にも名前を付けさせてくれ」




「もう!あなたったら」




さすがに参ったすず。


額を押さえつけると、スセリ姫のご両親が大変それを心配したのだった。

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