嫉妬
時は深夜0時。
田舎の静かな道路沿い。
林の中にその姿を隠すようにして古びた神社が呼吸をしている。
訪れる人は皆無。おそらくは時間帯だけの問題ではないだろう。
ツタの絡む鳥居と参道にはびこる腰の高さ程の雑草たちが参拝者を精選している。
道端で寝ころんでいるウサギ人間や大きな荷物を背負いまだ見ぬ妻を求めて山を越える王子など、万が一にも存在しない。
そんな静まり返った社の縁側にちょこんと座り、
缶ビールを高らかに持ち上げ、最後の一口を豪快に流し込む女性、すずがいた。
幼い印象を払拭するようなポケットの無いグレーカラーのスーツに身を包み、足を放り投げるその目は虚ろだ。
「ああもうっ!!」
そう言って、飲み干した缶ビールを投げるすず。
放物線を描くように飛んだ空き缶は、草むらの中に着地するとカンッと軽快な音を立てた後に再び体を弾ませ、カサカサカサッと暗い林の中まで転がっていった。
「はぁ……。ポイ捨てを人生で初めてしてしまった」
半身を捻り、社を見上げるすず。
「神隠しとか、しないんですか?」
もちろん返事などはもらえない。
沈黙を貫く社の戸は格子状に木が組まれているのみで、さび付いた南京錠が片腕でぶら下がっている。
閉じ込められているわけでもないのに神様はすずを叱りには出てこなかった。
すずが、ため息をつく。
「これからどうしよう」
溜め息をつくのも仕方がない。とある理由で家を飛び出していたのだ。
同棲中の彼氏と別れて。
ここまで頑張って来たのは何のためだったのだろうか。
後ろ手をついて足を振る。
アルコールで頬が赤みがかっていることもあり、その姿はまるで子供の様だった。
すずの同棲相手は、その姿が好きだと言った。
「守りたいって気持ちになる」
学生当時、気が強く男子学生に人気の無かったすずは、アルバイト先の先輩にエスコートされるように口説かれ、すぐに落ちた。
大人の魅力とやらを感じたのだ。
彼はアルバイト先で正社員になり、
学生だったすずは大手企業に就職し毎日必死に働いた。
「すずは逞しい」彼の口癖だった。
それがすずの向上心をさらに掻き立てる。
次第にすずは仕事にのめり込むようになり、帰宅時間もどんどん遅くなった。
気が付けば、すずにもたくさんの後輩ができた。
見た目に反し、大きな会社でも埋もれることなく頭角を現し始めたすずは、日々の残業に少しだけ疲れが出始める。
オフィスカジュアルに身を包み、ランチを求めて街を彷徨う。
目に入ったのは、幼稚園児と楽しく会話をしながら優雅に歩く年の近い母親の姿。
――彼と結婚をするなら、そろそろだろうか。
すずは夢を見る。自宅で趣味や料理の事を考えながら子供や夫の帰りを待つ自分。
ただただ、妻であり女であるだけで守られる。
――女にとってこれほどの幸せは他には無いだろう。
そんな事を考えながら、家路につく。
すずは、彼と話をするために仕事を早く切り上げた。
いつもより少しだけ早い時間。
玄関のドアを開けようと取っ手を掴む。
――鍵?
すずは彼氏と同棲していた。
深夜に帰宅するすずの為に彼はいつも鍵をかけないで待っていた。
しかし、今日はカギがかかっている。
そうか、私の為にわざわざ鍵を開けているんだ。
すずは普段の彼の行動が嬉しく感じられた。
――彼ならきっと幸せにしてくれる。
すずは持っていた鍵でドアを開け、暗い廊下に明かりを灯した。
「あっ」
「すず!?」
「……え?」
すずは荷物を落とす。
目の前には、半裸の彼氏と、おそらくは今から出る予定だった女の子が片足をヒールに突っ込んでいる。
「お邪魔しました」
そう言って、入ったばかりの玄関を出る、すず。
「すず!待って!」
「やだ」
そして、今に至る。
「あいつに私は勿体なさすぎる……」
所詮アイツは飲食店の店長で私は大企業の正社員だ。
だから引け目を感じて、それを満たすために自分よりも格下の女と浮気をしたに違いない。
すずはひがんでいた。
「もっとすごい奴と付き合ってやる」
私よりも立場が上ならきっと大切にしてくれるに違いない。
まあ、探すのが大変そうではあるけれど。
「そのためには、しばらくは泊めてもらわないと」
すずは腰を上げて、放り投げた缶を拾いに林の中へと足を踏み入れた。
カサカサと草を踏み鳴らし、缶が転がって行った方へと進んで行く――。
バキッ。
「なんか、踏んだ?」
足元を確認する。わずかに青い光を放つ小さなガラスのようなものが見える。
暗い雑草の中で、わずかな呼吸をする蛍の様に光っている。
「なにこれ……?」
幻想的なそれを拾い上たすず。
一瞬視界が歪んだ気がしたが、すずは酒に酔ったのだと思っていた。
妻になるまでが長い……。
古事記を追っているため、すみません。
後程参考文献を付けます。