表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/34

高天原の神

月も逃げた闇夜の空が大量の雨を落とす。




ぬかるんだ地面がすずの足を捕えた。


ズルリと滑る足元。すずは、精一杯踏ん張り堪える。


「くっ……」




「すず、交代しようか」


背後からすずの様子を心配そうに見つめるトビの女が口を開く。




「だいじょうぶです」


すずは、ずれ落ちそうになっているオオナムヂの焼けた遺体を


体を弾ませ背中に戻す。




「ずっと背負ってる、もう限界だろ?」


女は、雨に打たれるすずを見た。


慣れない藪の中を速足で超えてきたすずの足元はもうボロボロに汚れている。




「いいえ。私逞しいですから」


すずは顔をあげずに答える。背中には、冷たく炭のように堅いオオナムヂ。




「もうすぐ、中つ国ですし。ね?オオナムヂ」




オオナムヂは死んでいない。すずはそう信じた。


単純に実感がわかなかっただけともいえる。


トビの女は、足を進めるすずにそれ以上は何も言わなかった。









「ナガトとウサギは必ず見つけ出す」


すずを中つ国まで送ったトビの女は、そう言うとすぐに北の山に戻った。


愕然とするナガトの同僚。




彼を気遣う余裕の無いすずは、すぐに八神姫の社へと急ぐ。












八神姫の質素な社の中ではすすり泣く声が絶え間なく響いていた。




叫ぶ事もなく、横たわったオオナムヂの側で泣き続ける八神姫。




背後に控えるすずは、しとしとと時に嗚咽しながら泣く彼女を見て、始めて涙が流れるのを感じた。







どのくらいの時が経っただろうか、落ち着き始めた八神姫が何とか口を開く。


「すずだけでも、無事でよかった」




はらはらと両の目から雨のような涙がこぼれる。




「ごめん……なさい……」


嗚咽する間を縫って声を出す、すず。




オオナムヂが死に向かう時、傍にいたのはすずだった。


違和感を感じながらも彼を止めなかった。


彼に撫でられ、それに満足してしまった自分が憎く、恥ずかしい。




八神姫は、すずが謝る理由を問う事はせずに、再びオオナムヂの冷たい胸に顔をうずめた。








空が不自然に輝きだしたころ、八神姫の社には人の足音が届く。




「いますか?」




雅な女性の声が戸の向こうから聞こえた。




顔をあげない八神姫の代わりに、すずが戸を開く。




「いたのね」




目の前にはオオナムヂの母サシクニワカ姫が立っている。


そして、彼女の背後には二人の美しい女性が大きな貝を手に持ち佇んでいた。


彼女達は中つ国では見ない七色に輝く着物を着ている。




同じく輝く夜明けの空。


すずは、オオナムヂを迎えに来た天の神に違いないと感じたのだった。





サシクニワカ姫は、返事くらいしたらどうですかと八神姫の側に腰を降ろす。


反対側には、七色の衣を身にまとう二人の美女。




「申しわけありません」と八神姫が小さく答える。




二人の美女は、オオナムヂの横で大きな貝の口をグイっと開かせた。




見つめるサシクニワカ姫。


一度オオナムヂを見やると「やり残したことがあるでしょう」と呟いた。




二人の美女が、服の中に手を入れて指先に何かを取った。母乳だ。




わずかな母乳を貝の口に落すと「始めますね」と静かに言った。




「お願いいたします」


サシクニワカ姫が恭しく礼をした後、社を出た。




八神姫がサシクニワカ姫にならったのを見て、


すずも急いで頭を下げ社から出る。






「高天原の大神に頼み込み、彼女たちを降ろして頂きました」


八神姫の社の外、サシクニワカ姫が静かに呟いた。




八神姫は驚いた様子で義母サシクニワカ姫を見つめている。




「私は高天原からわざわざこの地に嫁いできました。


こんなところでオオナムヂに死なれては困ります」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ