表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/34

大イノシシと偉大な王子

では早速。と言ってオオナムヂの兄たちは部屋を出ていった。




ふう。と一息つくとオオナムヂがゆっくりと立ち上がる。




すずは、すっきりしなかった。八十神たちの話が本当なのかどうか分からない。


芝居の様にも感じられた少し大袈裟な話し方がわだかまりを残す。




だが、ここはすずの知らない文化圏。そういう話し方が通常なのかもしれない。


オオナムヂの言っていることも冗談なのか本気なのか分からないし。




「私も行く」去ろうとする背中にすずが言った。


「だめ」オオナムヂがにこっと笑う。


「なんで?」


「イノシシが驚いてしまうだろ?」


そう言うと、ゆっくりとした動作で壁際に正座をするすずの正面に膝をつく。


そして、すずの頭を優しく撫でた。


「なっ……!?」


「いい子に待っていなさい」


すずもそれ以上は何も言わずに、頬を赤らめただ俯いていた。






すずは自分が使った寝具を部屋の隅へと片付けている。


「はー。今日はなんにしよっかな」


人の姿をしたウサギが頭の後ろに両腕を回して部屋をうろうろと歩いて回る。


「私は八神姫の社に戻るよ?」


「あー?……なんだよ。もう帰るのかよ。……暇だな」




片付けついでに少し掃除を終えたところで、すずは再び戸に手をかける。




「お目覚めでしょうか、オオナムヂ様!」


野太い声が向こうから聞こえてきた。




開いてみると、ナガトが頭を垂れている。


「すっすず殿!?……おっ、オオナムヂ様は!?」




ナガトが出てきたすずを見て少し驚いた。緊張しているのか言葉が早い。


「もう、いっちゃったよ」


「いった!?どちらへ!?」


「北の山?って言ってたかな」


「北の!?トビの元へか?なぜ!?」


「えっ?」





すずは、先ほどまでの出来事を説明した。


「……そんな事が。ハルガは何も言っていなかったのだが」


「もしかしたら、気づいてないのかもしれない」


「山で生き抜く彼女たちが知らないとは考えづらいのだが……」


すずもう~ん。と唸ってみたものの何も浮かばない。




「心配なら、行ってみるか?」ナガトがすずに提案する。


「いいの!?」


ナガトがああ。と返事をすると、すずはウサギを誘った。


暇の潰し方に頭を悩ませていたウサギは、再び山に行けると大喜びで誘いに乗った。




初めての道中は長く感じた道のりだったが、意外とすぐ近くにその場所があったのかと実感するすず。


目の前には全く同じ小規模キャンプがあったが、子供たちが外で遊んでいて、また違った光景に見受けられる。






「大イノシシ……?知らないな」


大きなテントの中でハルガが首をひねる。


「ハルガさんも知らないの?」


「ああ。見たことある奴は?」


テントの中や入口から顔をのぞかせている女たちが、さぁ。と顔を見合わせている。


「あたしたちが知らないのなら、この山じゃないんじゃないのかい?」


ナガトがすずの顔を見る。


「たしかに北の山って言ってたんだけど……」


「オレもそう聞いたぜ」ウサギがすずを庇う。


「けど……」それでもハルガが首を傾ける。




「お頭!」入口から顔をのぞかせている女が口を開く。


「なんだ」


「その大イノシシ、もし本当にいるとしたら大ごとだ」


「そりゃそうだけど」


「あたいらも探して、退治しといたほうがいいんじゃないのかい?」


他の女も口々にそうだ。と訴える。


「見つからなけりゃ、それだけだ。近くにはいないって事が分かる。あたいらも安心だろ?」




すず、ウサギ、ナガトが黙って女たちの話合を見守った。




しばらく考えた後ハルガが決心する。


「分かった。では、この後」




「まて」


ナガトが突然声を張る。


女どもが口々にざわめいていたが、ナガトの太い声が響くと一斉に静まり返った。




「女たちを危険にさらすわけにはいかない。代わりに男のオレとウサギが行こう」


一瞬、しんと静まり返った次の瞬間には、女たちが高い歓声を上げたのだった。




すずも例外ではなく、ナガトのかっこよすぎる発言、頼もしい横顔にきゅんとしている。




ただ一匹、ウサギだけは抗議の声を上げナガトにすがりつくが、その声は女たちの歓声にかき消され、猛々しく腕を組みながら頬を赤らめるナガトには届かなかった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





既に日は西の方角へと傾いていた。


ナガトとウサギは、大イノシシもオオナムヂも見つけることができずに森の中を彷徨っている。


「はあ、やっぱりそんなもんいねーんじゃねーの?もう帰ろうぜ」


ウサギがそう言ったところで、ナガトがウサギの頭を掴んで身をかがませた。


「何だよ!!急に!」


「しずかに!」


深い森の中、草影に身を隠し、ウサギとナガトが息をひそめる。


草陰の向こうからは、地面を這うような音が遠くの方に聴こえている。


「ああ?なんだ?」


「…………大イノシシかもしれん」


ウサギとナガトは、草の影から近づいてきた音の正体を見極める。


「っ!」




視線の先では、八十神たちが、大きな岩を転がし、ぞろぞろと歩いている。


「八十神様?」





「ああ!今日からあの醜男の顔を見なくて済むと思うと、せいせいするな!!」


「まだ、終わってないぞ。ほら!ちゃんと動かすんだ」


「可愛い可愛い弟が大イノシシの到着を待ちわびている、早く崖まで行こうではないか」


「火はちゃんと持ってきたんだろうな!」


「は、はいっ!ここに!」兄の一人が懐から火打ち石を取り出して、それを見せる。


「おいっ!手を止めるな!!」




その後ろに大きな壺を担いだ兄が着いていく。壺が重いのか、石に躓き揺らめいた。


「油を零したら、ここで火あぶりだからな!」岩を転がす兄が怒鳴る。


「ひいっ、ぜ、絶対にしません!!火あぶりになるのはオオナムヂだけで結構です!」


「面白い事言うじゃねーか!早くそれを拝みてぇ!!」








垣根の役割を果たす草の向こうでゴロゴロ……、ゴロゴロ……と大きな岩が少しづつ転がされる音が次第に遠ざかる。


その音に兄たちの声もかき消されていった。





「……行ったか?」


長い耳を両手で押さえるウサギが、出来る限りに身を丸めるナガトに聞く。


ナガトは草の隙間から向こう側のけもの道を確認してうん。と頷く。




「なんだよ、あの岩……」


「おそらくは大イノシシの正体だ」


「はぁ!?オオナムヂはアイツらに騙されたって事なのか!?」




「このままではオオナムヂ様が殺されてしまう!八十神様を御止めしなければ!!」


そう息巻いてナガトが獣道に飛び出した。




「ほう。それは大変だな」


背後から聞こえる冷淡な声。


ナガトがとっさに振り返る。




「オムナ様っ!……っ!?」


次の瞬間にはナガトの片足は、膝下だけがボトリと地面に落ちた。


その場に崩れ落ちるナガト。





「お前に名を呼ばれるのは久しぶりだ。これが最期になるのは残念だが」


オムナと呼ばれた青年はオオナムヂと同じ爽やかな笑みを浮かべて、顔についた返り血を満足げに拭き取り味をみる。




「さて、……可愛いらしい耳が丸見えだぞ。我が弟のウサギよ」




草陰に残ったウサギがびくりと目を見開く。


足元には赤色の液体が流れ着く。出元はナガトのモモからだ。


「こっ、この野郎!」


ウサギは草陰からオムナめがけて勢いよく飛び出した。




オムナは、同時に剣を振るうが、ウサギがとっさに姿を小さくしてかわし、彼の腕に思いっきりかみついた。




「神か」


「そうだよっ!!」




そのまま、オムナの右手の皮を食いちぎる。




「くっ!この畜生!」


オムナが痛みに耐えながら腕を思いっきり振るうと、ウサギは勢いよく木に叩きつけられた。


「ぐあっ!」


根元へと落ちるウサギ。


「あのまま死んでいればよかったものを」


オムナが剣を拾うとウサギに歩み寄り、再び剣を振り下ろす。


「っ!」


すんでのところでウサギが飛びのき、そのまま、逃げていった。


「ははは!野へと戻れ!意気地なしの嘘つきウサギめ!」




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「ここに向かってくるはずだ」


「ここに?あの……」




目の前は崖。


大イノシシを追いまわしているという兄たちの姿も、その声も感じることは出来ないただの静かな場所だ。




「今、兄さんたちはどこにいるのでしょう?」


「あ?ああ。崖の上あたりにいるはずだ。見てくるから待っていてくれないか?」


オオナムヂを除く八十神たちの姿が茂みの中へと消えていく。




少し時間ができたオオナムヂは、大イノシシの暴れる理由を考えていた。




他の山から住処を追われ逃げてきたのだろうか?


たしかに中つ国は、一部を海に面するが、大部分は山に囲われている。


また、一部の山は、土壌が良く積極的に畑を作ってきた歴史があった。


それが彼を怒らせる原因となったのかもしれない。




また、大イノシシの暴れるこの山は、私が王になったとき――八神姫が私の子を産んだ時に中つ国の傘下に収め、開拓する予定の山だ。


もしかしたら、それを知った山の神が使いを出したことも考えられる。




ともすれば大ごとだ。


できる限りは他の神と喧嘩はしたくない。


神が喧嘩をすれば必ず犠牲が出るからだ。


その犠牲の中にはすずも含まれる。




――私は甘いのだろうか。






「う~ん」


オオナムヂは、その場で腕を組んだ。




山に住むトビたちは、自由に森をかける狩人だから、きっと今の中つ国の暮らしは肌に合わない。


彼女たちを中つ国に引き入れるとすれば、この山を中つ国の一部として管理していくしか方法は無いだろう。




「でも、大イノシシに今持ってる山を返すなんて言ったら、支配地が減る兄さんたちが許さないだろうなぁ。……次はどんなことをされるんだろうか」





オオナムヂは、過去の出来事を思い出す。


全ての始まりは、初めて父上にお会いした日だった。




「皆、猛々しく育っておるな。感心だ」


私の父、フユキノカミは大社に子供たちを呼びつけた。




父や他の兄弟に会わぬまま、大きく育った子供たちが一堂に会する。


私は沢山いるフユキノカミの子供の内、最後に生まれた子供だった。




事の発端は、その場で父が私に目を付け、一番美しいとほめたたえた事だった。




正直、自分の女のような顔立ちが私は好きになれないでいたが、父から言われた一言はとても嬉しかった。




「お前はいい嫁を貰えるであろう。国作りには妻の力添えが不可欠。決して忘れるな」


「は、はい!!」




そして、その言葉は、私よりも先に生まれ、母親から将来を期待された兄弟たちの胸をひどく傷つけた事だろう。




あの時は、ただ褒められたことが嬉しかったが、今となっては意味が分かる。


次の王はオオナムヂになる。


父は、兄弟の前でそう告げたも同然だったからだ。




それからずっと、私たちは父の社で暮らすことになった。




そして、あの日。


私たちは、まだ開拓したばかりの山で遊んでいた。


「オオナムヂ!」


「なんでしょう?」


「ここにデッカイ虫がいるんだ。珍しいぞ!」


兄の一人がえぐられた地面を指さしながら言った。


「そんなに珍しいんですか?」


「ああ!日に当たっていろんな色に輝くぞ。お前なんかよりよっぽどきれいだ!見てみろよ!」


そう言われ、兄が退いた場所に屈みこむ。




背後で木が倒される音が耳に入るが、それは当時、国が広く作られている最中、あちこちで行われている事だったので気にも留めなかった。





「無様に潰れて死ね。オオナムヂ」


私から離れる時に兄が残した言葉だ。


背中に痛みが走る中でも、それほどまでに悔しい思いをして生きていたのかと、冷静に考えた。


私はいつも油断が多い。そして甘い。




目が覚めた時には、トビ一族と名乗る妖艶な女たちに囲まれていた。




私は無事だった。兄に殺されかけた事は明白だったが。


死んではいない。本当は怒るべきなのだろうが、私は許すことにした。




それで、神同士の争いが避けられるのならば。


民が平和に暮らしてゆけるのなら。




それから兄たちは、陰湿ないじめは続けてきたが、命を狙う事は無くなった。


兄たちも、何をされようと根を上げない私を、少しは見直してくれたのだろうか。




オオナムヂは、フッと笑った。


そして思う。


私はいつも油断が多い。そして甘い。甘すぎる。と。




微笑みながら見つめる先には、ゴロゴロと轟き音を響かせながら巨体を転がす燃え盛る大岩。




オオナムヂは逃げなかった。


「これが大イノシシの正体ですか!!」


返事は無い。どこに潜み見ているのかも分からなかったがオオナムヂは続ける。




「受けて立つ!この命、ここで尽きれば王には向かん!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ