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妻八神姫

夜明け前、中つ国の入口、大鳥居の前では門番ナガトが長く大きなあくびをした。

「暇だなあ」

たくさんの民を抱える大きな国ではあるが、国の中に複数の村が存在するために門をくぐる者が少ない事に加えて、大国ゆえに敵襲も殆どなかった。

ナガトは眠気覚ましに門をくぐった者らの顔を思い出す。



一昨日、八十神様は、オオナムヂ様が娶られた因幡の姫の代わりに山間の村の女どもを幾人か連れて帰られた。なんとも生意気な女どもだった。

田舎女どもが神に奉仕をする事になったものだから、天狗にでもなっていたのだろう。

八十神様の仰られる人数と合うかどうか女を数えていたところ、このナガトに対して、汗臭いから少し離れて欲しいと言ってきた。はあ。暇も嫌だが、こういう仕事も辛いものだな、とナガトはため息をつく。



そして、昨日はオオナムヂ様がお連れになられた女が通ったな。

名はまだ知らない。オオナムヂ様にお仕えするそうだ。

彼女の身なりは、すでにどこかでお仕えしていたのかと思われるような鮮やかなものだった。

因幡の姫様がオオナムヂ様にご献上された女なのであろうか。従者すら与えられることの無かったオオナムヂ様をずっと心配していたが、やっとツキが回ってきたようで安心する。

それにしても初々しい女であった。私の横を通り過ぎる時、彼女はやや俯きがちに礼をし、小走りに通り抜けた。頬を赤らめていたのは緊張していたからだろうか。中つ国は、外身こそ安定した国家を形成してはいるが、中は派閥争いで乱れている。

オオナムヂ様のお側であの初々しい姿が穢れていくのが惜しくは感じる。


あとは、ウサギだ。

随分と裕福なものを着ていたが、恐らくはオオナムヂ様に与えられたのだろう。

獣がオオナムヂ様に仕えるのは良く思わなかったが、オオナムヂ様がお認めになられたので仕方がない。


そうこうしているうちに、東の空が青みがかる。

「もう、朝か」

山の上、空を眺めて呟くと、木々の切れ目から何やら黒い塊が見える。

「人か?」

ナガトは目を凝らした。久々の緊張感が体をめぐる。

見えたのは、大きな神輿を担ぐ男達の姿、その周りにオオナムヂ様が連れられた女と似た衣の女たちがぞろぞろと歩いている。

「あれは因幡の姫……」

ナガトは、その場に膝を着き、2礼2拍手1礼を終えた後、やってきた交代の門番と代わった。



「八神と申します。末永くお世話になります」

美しい黒髪をふわりと揺らして、八神姫が三つ指をつく。

後ろでは、彼女の共をした従者も同じように頭を下げている。

向かいには、満足そうにうなずくオオナムヂ、そして、彼の母サシクニワカ姫、壁際にすずとウサギが待機する。

八神姫が顔をあげると、視線だけですずを捕えた。

「ごめんね。子ができれば、私も、もっといい部屋に移動するから」

八神姫の視線が気になったのか、オオナムヂが困ったように笑った。


「心配しないで頂戴。あなたの社は別に用意させてあるわ。もともとは誰が娶るか分からなかったものですから。さあ、あなたたちも動きなさい」

八神姫の従者たちが、それぞれ輿入れ道具を携え立ち上がる。

「着いて来なさい」

サシクニワカ姫が、八神姫の従者たちに部屋を出る様に促す。

八神姫は、ぞろぞろと部屋を後にする従者たちを振り返って見つめていた。

その手元はわずかに震えている様にも見えた。


サシクニワカ姫の姿も見えなくなったところで、オオナムヂがため息をついた。

「緊張した?」そう言うと、オオナムヂが八神姫の頬に手を添えて微笑んだ。

八神姫はうつむいたまま、返事はしなかった。


すずは、ウサギを小突いて、音をたてないように立ち上がり、オマエも来いと、親指でウサギに合図する。

要領の得ないウサギに苦戦していると、八神姫が、少し顔をあげて口を開く。

「すず……」

少し遅れてオオナムヂが振り返る。


「………な、なんでしょう!?」

ウサギの耳を掴んでいたすずは、とりあえず笑顔を作って返事をする。

八神姫は、黙ってオオナムヂから離れ、すずの元へと歩み寄る。

「故郷の従者達は、荷をほどいたら因幡に帰る。わらわは一人じゃ」

すずの前で再び正座をして語りだす。言葉遣いは、気品があるが、その姿は因幡の国にいた時よりもずっと小さく見えた。

「私がいるじゃないか!」

オオナムヂも壁際へと歩み来て、しゃがんで八神姫の肩を抱いた。

八神姫のキレイな顔は、暗く陰ったままだった。



八神姫がこれから生活する社へと連れ出され、再び三人となった時にすずが口を開く。

「あの!オオナムヂ!」

「ん?なんだい?」

「私、八神姫にお仕えしたいです!」

「えっ、なんで?」

「力になりたいから」

「もしかして、八神が浮かないから心配してるの?」

「まあ」

「大丈夫だって!しばらく過せば彼女だって楽しくなるさ!初めての異国で陰っているだけだよ!キミが気にすることじゃない」

ヘラヘラというオオナムヂ、話は終わりだと言わんばかりに部屋を出ようとするのをすずが通せんぼする。

「まだなにか?」

「八神姫に仕えてもいいですか?」

「……私の従者がいなくなる。妻よりも夫の従者が少ないのはおかしくないかい?」

「ウサギがいます」

「なんか言った?」ウサギが、うたたねから目覚めて言った。

オオナムヂがウサギを一睨みしたが、ウサギは気づいていなかった。

「だめでしょ」ウサギの方を向いたままオオナムヂが答える。

「じゃ、じゃあ!八神姫が慣れるまでってのはどうですか!?」

「……」オオナムヂは、大きなため息とともにすずを見下ろす。

腰に両腕をついて、あきらめの悪いすずに呆れている。

「じゃあ行けば?」

「えっ?いいんですか!!」

「自分で行きたいって言ったんだろ?」

「ありがとうございます!」

「いーえ」オオナムヂは、呆れたようにそう言って部屋を後にした。

オオナムヂの了承を得たすずは、すぐに荷物をまとめ始めた。


因幡の国で結婚の宴を終えたと言う理由から、中つ国では宴が開かれなかった。大々的に歓迎されない八神姫を不憫に思ったすずは、荷支度ついでに炊事場へと立ち、八神姫のささやかなお祝いを準備した。


慣れない調理器具や初めて見る木の実に、八十神の侍女の助言を経ながら悪戦苦闘していると、いつの間にか日が暮れていた。

出来上がったのは米を潰して作ったお団子に果実を煮詰めて作った餡を詰めたお団子だった。

「まあ!すずさんすごい!」

「みなさんのおかげです」

「これなら、お姫様も喜ばれるわ!」

「ええ!……それにしてもお祝いもしないなんて」

「まだ、お子がいらっしゃらないからね。中つ国としては、まだ妻だと認めないって事でしょうね」

「えぇ?そんな。八神姫は実際に嫁いできたのに」

「仕方ないわ。まだ王と決まったわけじゃないのに大々的に宴を開いて、八十神様のご機嫌を損ねるわけにもいかないし……。今はオオナムヂ様がどれだけいたわれるかよね」

「なるほど……」いたわれるか、か。

すずは少しだけ不安に思った。

(まあ、私が元気づけてあげればいいんだ!)


月明かりが照らす中、すずは大きな社の近くにある、小さめの社の戸の前にいた。

その両手には、わずかな荷物とお団子がのった皿がある。

静まり返った雰囲気に、八神姫は既に寝ているかもしれないという不安がよぎる。

(入り辛い……。もっと、早くに来ればよかった)そう今さら後悔した。

せめて、足音でも聴こえないかと耳をそばだてていると、

「……うっ、うっ」とすすりなく声が聴こえてくる。


「八神姫?」言葉がすずの口をつく。

「すず?」

しばらくすると、小さな足音と共に戸がわずかに開かれた。

「来てくれたのかの?」

そういう彼女の目は月の青い光で照らされていても赤くなっているのが分かった。

大きな目が、はれてよりいっそう大きく、艶めかしく見えた。

「ええ!」

笑顔で答えたすずが八神姫にお団子を見せる。

「作ってきました!お祝いです!」


八神姫の社は、とてもこじんまりとしていた。

社の両側面は引き戸になっていて、引き戸からは、社をぐるりと囲むように小さな廊下が巡っていた。

すずと八神姫は、二人並んで廊下に腰かけ、脚を放り出して、お団子をほおばりながら月を見ている。

「月が綺麗ですねぇ」

「そうじゃの」

やっと元気が出たみたいで、嬉しそうに空を見上げる横顔にすずも微笑んでしまう。

「すず。みっともない所を見せた」

「そんな事ないです」

「……わらわは、きちんとオオナムヂ様に添えるのであろうか」

八神姫が再び顔に影を落とした。

「そこは心配ない!……と、思います!」言い切れはしなかったが、目の前の彼女を勇気づけたくて、すずが何とか繕った。

「そうか?」

「ええ!えっと、……実は私も、中つ国は初めてなんですよ!」

「なんと」

「中つ国はって言うか、この世界が初めてって感じで……」

「それはどういう意味じゃ?」

「私も良く分からないんですけど……、神隠しにあったっていうか、本当は違う所で暮らしてたんです」

自分で説明していくうちに、すず自身も不安に駆られていく。

「そうだったのか……。それは心細かったであろ。ずっと我慢しておったのか?」

「いいえ!オオナムヂ、様やウサギに良くしてもらって、それで」

「……なんと。我が夫はそんなに親切なのか」

八神姫が顔をあげる。安心したように微笑む彼女を見ると、すずも穏やかな気持ちになった。

「ええ、とてもいい方です。だから心配しないでください」

すずは、にっこりと八神姫に笑いかける。

「そうだよ!もっと頼りにしてほしいな」

突然、頭の上から低い声が落とされ、心臓を掴まれた思いで二人して振り返と、そこには逆に驚いた様子のオオナムヂが立っていた。


オオナムヂが勝手に八神姫の隣に腰かけると、八神姫は急に黙ってしまった。

(いきなりすぎるでしょう……)

「すず、その食べ物、私にも欲しいな」

「あっ、はい!」そう言われ、すずはオオナムヂにお皿を差し出す。

「八神姫は食べますか?」

「もらっておこうかの」

二人に差し出した後、最後にすずも一つを口に入れる。


静かな夜に、三人の咀嚼音だけが聴こえてきて、きまずさが増す。

「月が本当に綺麗ですよねぇ」その妙に緊張した空気に耐えかねたすずが口を開く。

「そうだよね、さすがはツクヨミ様だ」

オオナムヂはそう言うと、隣でただ黙っている八神姫の手にそっと自身の手をかぶせた。

八神姫が一瞬だけ、びくりと体を震わせる。

優しく指を絡めていくオオナムヂ、八神姫はうつむきながら、様子を見守る。

「すずもいいけど、私の事も頼ってほしい。すずは女で、私は男だから。……あの時はカッコ悪い所見られてしまったけどね」クールに決めた後に、苦笑いしながら付け足す。

八神姫も抑えられていない方の手で口元を抑えて笑った。


側で見ていたすずは、気まずいと言うよりも八神姫が笑ってくれている方が嬉しかった。

ここで子供ができれば八神姫は正式な妻として迎えられる。

それは、八神姫と話すうちに、すずの目標の一つになっていた。

「お茶淹れてきます」

そのまま、すずは空いた皿を持って社を静かに後にした。


とりあえず、外に出たすず。

社の外は、寝静まっているようで侍女の姿は見られない。

しばらく周囲を散策した後、どこで一晩明かそうか悩み辺りを見渡したところで、ちょうどいい建物を見つけた。

八神姫やオオナムヂの住む社よりも高い柱で作られた米の貯蔵庫だ。

(一晩だけだから、仕方ないか)

そう考え、貯蔵庫の入口へ続く梯子に足をかける。

「そこにお茶は無いよ」

「えっ!あっ!?」突然のオオナムヂの声に驚いたすずが足を滑らせる。

「ああ!大丈夫?」滑り落ちるすずの腰をオオナムヂが抑えて止めた。

「えっ、すみません……、ってなんで?」

「え?」

「せっかく二人にしたのに!!」

「それで、こんなところにいたの?気なんて使わなくていいのに」

「使うでしょう!普通!」すずは少し大きな声をあげてしまった。

「……八神が心配している。早く帰ってあげて」

「大丈夫だったって言ってあげてよ」

「君の事だろう?自分で言いなさい」

オオナムヂはそう言うと、スタスタと大きな社へと戻っていく。


「えー……」その背中にむかってすずが声を漏らした。


何があったのかは分からないが、オオナムヂが去った社へと戻るすず。

八神姫の姿を探すと、変わらず廊下にあった。


ぼ~っと、天を仰ぐ八神姫に声をかける。

「あ、あの~」

「……っ!!ど、どこに行ってたのじゃ!!心配させおって!!」

八神姫は顔を真っ赤にして、後ろのすずに振り返り、そう怒鳴ったのだった。

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