結婚とは
すずとウサギは八神姫の父親、つまり因幡国の王に丁重にもてなされ八神姫の屋敷にほど近い竪穴式の建物へといざなわれた。
宴の準備までゆっくり休んで欲しいとの事だ。何ともフランクな王だった。
土がむき出しと思っていた室内には一面に毛皮が敷かれて、意外とくつろげる空間だった。
「な!言ったろ?」ウサギは寝っ転がりながら得意げに口を開く。
「何が?」すずもうつぶせに寝ていた。
「オオナムヂは八神姫と結婚するって!」
「そう言えば、そうだね」
すずは、ほとんど自分が頑張った気がしたが、言わないでおいた。
「何だよ、暗いな!嬉しくないのかよ」
「え?そんな事ないよ!」
そんなやり取りを続けていると、入口を誰かが立ち塞ぎ室内に影を落とす。
「お、オオナムヂ!?」
ウサギの隣で寝っ転がっていたすずは、八神姫の部屋にいたはずの彼が突然姿を現したので、すぐに座りなおした。
「寛げたみたいだね」そう言いながらオオナムヂが入ってくる。
「や、八神姫は?」
「宴の為におめかしするんだって。追い出されちゃった。残念」
そう言いながら隣に腰かけるオオナムヂ。すずは居心地が悪く感じられた。
「そ、そう……」
「あ」オオナムヂがそう言うと、すずの腕を優しくなでる。
「傷……、兄さんに捕まれた時に爪でも当たった?」
「ええと……、覚えてません」すずはかしこまっていった。
「跡が残らないといいけど」オオナムヂは、すずの傷を一度さすった。
「っ!」すずが、すぐに腕を引っ込める。
「?」どうしたの?という風に呆けた顔をするオオナムヂ。
「けっ……、結婚するんだから、あんまり……、その、他の女には触らないで」
すずは、そもそも自分が女としてカウントされているのか疑問に思いながらも言葉にした。
「そうだね」そう言うと、オオナムヂはその場に寝転がる。
「あ~!疲れた。まさか私が結婚するなんて……。実感がないなぁ」
「実感がないって……。まあ、確かにあっさりと決まっちゃったから」
「あんなもんでしょ」
「あんなものって!私の国では結婚は大ごとで、結婚するまでに何年も相手の人とお付き合いして、相手がどういう人か……」
そう言ったところでオオナムヂが、笑い声をあげる。
興味なさそうに足を揺らしていたウサギも、突然の笑い声にびくりとした。
「結婚なんて二人できめるモノじゃないんだよ」
「……」
ウサギがガバっと起き上がり口を開く。
「すずは結婚してねーの?」
「え?しっ、してないけど!」
「へえ。そんな豪華な服着てるから、いいとこの出だと思ったんだけど違うのか?普通、豪族の娘なんて年頃になりゃすぐに結婚させられるぜ?」
「わ、私はただの一般人だよ!」
「すずのいた国は豊かな国なんだね」
「ええ、まあ」
「じゃあ思い人はいるのかい?」オオナムヂが暇つぶしの様に聴いてくる。
「……まだ」
「へぇ~。年頃なのに、なんだか大変なんだね。貰い手がいなけりゃ食うに困らないのかい?まあ、私に仕えるんだから、これからは私が養ってあげるけど」
「私の国は豊かだから女一人でも平気なんです!」すずは、そう言って寝転がるオオナムヂの背中を叩いた。
「わあ!すごい力!」
「うるさいっ!」
その晩、八神姫とオオナムヂの結婚の宴は国を挙げて盛大に行われ、国民たちは夜通し踊った。
祭りの間も八神姫は姿を社に隠したままだった。そういう風習の様だ。
すずの国では新婚初夜などという言葉が存在するが、この国ではそれはご法度らしく、オオナムヂは習わし通りにすずやウサギと明日の帰国に備えて休んだのだった。