第10話 私は君を描きたい 13
「私、これからもお前のこと描き続けたい」
そう思った私は途切れそうになる言葉を無理やり継いで、牧野に思いの丈をぶつける。
「来年も再来年も。高校を卒業したあとも――その先も」
つい数十分前に『来年のことなんてだれにもわからないから約束なんて取りつけないほうがいい』と考えていたはずなのに私はそれよりもさらに先の約束を牧野に告げてしまっていた。
いや、それは約束というか、単なる願望だったんだけど。
それでも牧野と一緒なら私はワガママになってしまうから。
どんな小さな約束でも、たくさん、交わしてしまいたいと思ってしまうから。
しかし牧野がどう答えてくれるかによって、その言葉の意味合いは大きく変わる。だから私は牧野の一挙一動――吐息の一粒さえ見逃さないように、ジッと彼女の言動を観察していた。
「うん。いいよ」
そんな私の緊張具合とは裏腹に、牧野はなんとも軽い調子で、そう答えてみせたのだった。
――来年も、再来年も、卒業したその先も。
だから少なくとも今この瞬間は、一緒にいてもいいと、そう思ってくれているのだ。
だけどその了承が思いのほか軽いものだったから。
――私の心は欲張りになってしまう。
もっとわかりやすい『将来の保証』を欲してしまう。
友だちという関係性は今の私にとって軽すぎるから。
「だから牧野、私と――」
――恋人になって欲しかった。
そうすれば友だちでいるよりも、少しだけ、将来に対して楽観的にいられる気がしたから。
「――それは、まだ早いんじゃないかな」
だけど牧野が先程と同じ軽い口調で言い放ったのは、私の想いを撥ね除ける言葉だった。
ぐらりと足元が大きく傾いだ気がした。
それは気のせいではなく、事実、私たちの乗っていたゴンドラは、わずかに揺れていた。たぶん、精神的な衝撃が大きすぎて、私の体が実際に揺れ動いてしまったのが原因だと思う。
その心と体が揺れ動く感覚で、私は急激に我へと返っていた。
――なに勢いに任せて告白なんてしてるんだ!?
牧野は『来年も再来年もその先も、私のことを描いてもいい』と、そう言ってくれたのだ。だったら欲なんてかかないで、今の関係性に甘んじていれば、それでよかったはずなのに。
しかし私が牧野に告白してしまうのは時間の問題でもあったような気がする。
だって今までだって勢いに任せて告白しそうになったことは何度かあったのだ。それは私の中に確固とした理由があったからではなく、話の流れや空気が私にそうさせただけだった。だから私は遅かれ早かれ牧野に告白してしまう運命だったのだろう。それを後出しで『告白しなければよかった』と後悔してしまうのは非常に狡いと思う。だけど、それでも、今の関係性を壊してまで告白する意味があったのかと聞かれると、甚だ疑問だったと感じざるを得ない。
「真辺」
完全にパニックに陥っていた私の名前を、牧野の静かな声が呼んだ。
つられて牧野の顔を見やると、その顔が滲んで見えて、情けなさで笑いそうになる。どうやら私は『牧野なら私の告白を受け入れてくれる』とそう信じ切ってしまっていたらしかった。
「な、なに……?」
「私の顔、ちゃんと見て」
恐る恐る訪ねた私に牧野は相変わらず静かな声で告げた。
それから牧野の手が私の目元に伸ばされて、まぶたの上からそっと涙を拭ってくれる。涙が拭われ牧野の表情は太陽みたいに晴れやかで、この夜景みたいに煌びやかで、それ以上に――
――恋人みたいに優しかった。
恋人なんていたことがない私がこんな表現を使うのは滑稽だと思うけど。
それはそうとしか表現ができないような表情だったのだから仕方がない。
「私は『今はまだ』って、言っただけだよ」
心がほんの少しだけ緩んだところ。
心の間隙に牧野が言葉を染みこませる。
「今はまだ、このままがいい」
牧野にしては丁寧な言葉に、私はようやく、彼女の言いたいことを察した。
牧野はべつに私の告白を断ろうとしたわけではなかった。
だからと言って、返事を保留にしているわけでもなく。
今のこの状況をあえて表現するのであら『延期』とでも呼べばいいだろうか。
――恋人にはいつでもなれるから。
牧野はたぶん、今はまだ『友だち』としての関係性を楽しんでいたいのだと思う。私たちが出会った期間を考えれば、確かにもう少し今のままの状態で牧野と触れ合っていたいという気持ちも理解できる。ここまで互いの気持ちを理解してなお『友だち』を続ける意味があるのかは疑問を挟む余地があると思うけれど。それが牧野の望みならば従わないわけにはいかない。
「子どもの話もまだ早いと思うし」
黙々と考えごとに耽っていた私に、牧野がよくわからないことを告げる。
「子ども……?」
と、思い当たる節がまったくなかった私は、牧野の言葉を復唱してしまう。
「マッサージされながら、子ども……どっちが生むのかって言ってたじゃん」
「…………………………………………」
マッサージされながら。
子ども。
どっちが生むのかって言ってたじゃん。
私は心の中で牧野の言葉をひとつひとつ復唱して、ようやくなんのことを言っているのか理解してしまう。それはすなわち、ヨドバシカメラで私が考えていた妄想の内容だった。
「お前、聞いてたのか!?」
――と言うか私、口にだしてたのか!?
どこからツッコんでいいのかわからず、私はただ声を荒げてしまう。
自分が唯一口にしたその言葉がただしかったのかもわからなかったし。
……と言うか、早いって、お前。
将来的にそういうことも考えてくれるってことなのか? と、脈打つ頭がアホなことを考える。同時に、今すぐその点を、どうにかハッキリさせたいという想いが湧いてきてしまう。
しかしその点について話し始めたら、いよいよ意味がわからなくなる。
そもそも『延期』を希望した牧野が、その点について語りたがるとも思えなかったし。
だから今はまだ、この宙ぶらりんの甘酸っぱさを感じているしかないのだろう。
牧野の表情もまた、そう言っているように感じられた。
――に、逃げてるわけじゃないからな!
ただ、もしかしたら『牧野を描く』という観点から言っても、そちらのほうが幾分か都合がいいのかもしれなかった。だって私の描く牧野は『想いの質と量』で、変化していくはずだ。
だったら『今の関係性』でしか描けないものがある。
少しずつ少しずつ関係性を育んでいくことでしか描けないものがあるはずなのだ。
今はまだ、それを、描いていたい。
蓋を開けて見るまではわからない恋心。
その期待と不安を、描いていたい。
――すでに期待が九ぐらいになってる気がするけど。
だから私はこれから牧野とたくさんの約束をする。
絶対に叶えられるものも、叶えられるかわからないものも、小さい約束も、大きい約束も、少しずつ積みあげていって、それと同時に、ひとつずつ交わした約束を叶えていって。
そうやって少しずつ変化していく私たちの関係を。
この心境と、彼女の姿を。
私は一枚一枚丁寧に、描いていきたいと思ったから。
「私は牧野を描きたい」
だから私はこの観覧車で、最初の約束を取りつけることにした。
だってその約束がすべての根幹で、私たちがもっとも叶えたいと願う約束のはずだから。
笑って。
そしてそこに涙を滲ませて頷く彼女のことを。
やっぱり私は描きたいと思ってしまっていた。
綾加奈です。
このたびは『私は君を描きたい』を読んでいただき誠にありがとうございます。
この小説はこのお話を持ちまして一段落という形になります。
この小説を読んで少しでも思うところがありましたら、ブックマーク、評価、感想、レビュー等々なんでもお待ちしております。少しでもお気持ちを伝えてくれたら嬉しいです。
今作はもともとライトノベルの賞用に書き下ろしたもので、ここまでが応募原稿用の部分です。
私は現金な人間なので『続けたら続けた分だけ読者様が読んでくれるし、新しい読者様も増えてくれそうだな……』と判断したら、もりもり続きを書き続けると思います。そういう意味でも評価や、感想、レビューと言ったわかりやすい反応があると嬉しいです。
お話の中がちょうど冬なのでクリスマスの話や、年末年始、スキー合宿やバレンタインの話などを考えています。どうなるかはわかりませんが、応援(?)してくださると嬉しいです。
ただ、ここまで続けてこられたのも、ひとえに読者様の応援のおかげです。
ここまでお付き合いくださった上に、こんな場所まで目を通していただき、本当にありがとうございます。この作品の続きか別の作品か、どちらになるかはわかりませんが、また私の小説を読んでくださると嬉しいです。
それでは、綾加奈でした。