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第7話 君のやりたいこと 05




「――好きだからじゃないのかな」


 さんざんもったいぶった挙げ句、牧野が口にしたのは、いつものたらない言葉だった。


「……なにがだよ」

「冬がだよ」

「やっぱり好きなんじゃねーか」


 そうかも、なんて言って笑いながら、牧野がほんの少しだけ、歩く速度を緩めた気がした。それは『気がしただけ』の些細な変化だったから、単に歩き疲れただけかもしれないけど。


「真辺は?」


 そんな些細なことに気を取られていた私に、牧野は尋ねてくる。

 相変わらず言葉たらずだったけど今回はなにを尋ねたいかもわかった。


「んー、冬は好きだけど苦手」

「好きなのに苦手とかあるの?」

「あるだろ。運動は得意じゃないけど、体を動かすのは好きってやつもいるし、泳げないけど水遊びは好きってやつもいるだろ。ジェットコースターとかオバケ屋敷も『怖さ』を楽しむものなら、それら本来は『苦手』なはずだ。そういうのと一緒。苦手だけど、嫌いじゃない」


 むしろ好き寄りではある。


 と講釈を垂れていた私に牧野は「ほへー」とマヌケな相づちを打っていた。


「季節は全部そうだな。好きだけど苦手。暑さにしろ寒さにしろ、極端な温度が苦手だし、薄着も厚着も苦手だから夏も冬も苦手。だけど温度の変化も苦手だから、春と秋も苦手だ。それでも季節にはそれぞれの綺麗さがあるから嫌いじゃない。そういうのを感じるのは好きだ」

「わかるような、わからないような」


 私の講釈に対する牧野の反応は、そんなふわふわとしたものだった。


 ……まあ、私だってべつに理解を求めてたわけじゃないし。


 そう言い訳をしてみても、ほんの少し心に悲しみが浸水して、気持ちが沈むのがわかる。


「でも真辺っぽい」


 だけど牧野がそう言って笑ってくれたからすべてがチャラになった。

 自分の情緒が牧野に支配されているようで釈然とはしなかったけど。

 自分では制御不能の感情に文句を言ってみても、虚しくなるだけだ。



       ○



 それから私たちはだらだらとした足取りで歩きながら駄弁り続けた。

 前に何度かバスの時間の都合で、歩いて登下校を行ったことがある。


 そのときは片道三〇分ぐらいだったはずなのに、今日はなぜか、その倍の一時間もかかってしまった。体はとっくのとうに冷え切ってしまっていたけど、それでも心は温かかった。


 この不可思議な感覚にもう少し浸っていたい。


 そんな想いをぶらさげながら、しかし私の家はほとんど目の前にある。

 おもむろに足をとめた私に倣うように、牧野もゆっくりと足をとめた。


「そしたら私の家、そこだから」

「あ、うん」


 牧野の返答はどこか気もそぞろといった調子で、牧野は足元をもじもじと見つめている。左右のローファーを擦り合わせている様子を見ていると、なんだか私まで落ち着かなくなる。


「……絶対、この世で一番綺麗に描いてやるからな」


 その空気感から逃れたかったから――というわけではないが、私は牧野にそう告げる。

 最後にそう宣言しないことには、お互い、別れるに別れられなさそうだったから。


「うん!」


 私の宣言に牧野は表情を華やがせ、力強く頷いてみせる。

 しかしそれから数秒待ってみても、牧野は一向に動きだす気配を見せない。それからさらに数十秒ほど待ってみたところで、牧野が「あっ」となにかに気づいたような声をあげた。


「これ、私が行く感じ?」

「そのつもりだったけど」


 だって私の家は本当に目の前なのだ。これ以上歩けば、もう家に入るのを見届けられるような位置にある。ただそれだけの理由だったのに、それを聞いた牧野はなぜか嬉しそうだった。


 こいつはもうだれがなにを言っても嬉しそうな顔をするのかもしれない。


「それじゃあまた明日」


 と、どちらともなく言い合って、手を振り合って、私は牧野の背中を見送る。


 しかし牧野は数歩進むごとに振り返って確認してくるものだから、一向に前に進まない。


「いいから早く帰れ!」


 五回ほど振り返ったところで痺れを切らしてそう告げる。それを聞いた牧野は満足したように笑ってから自転車に跨がって、笑い声を残すようにしながら、ゆっくりと帰っていった。


 カランカランカランカラン。


 車輪が擦れる甲高い音が、まるで私たちの心を代弁しているようだった。

 それを聞いた私は近所迷惑だから騒ぐのをやめろと言ってやりたい気持ちになっていた。




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