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第7話 君のやりたいこと 04




「手、繋ぐのとかもイヤなのかなって」

「いや……繋いだことなんてないからわかんねーな」


 そんなこと聞かなくてもわかるだろという意志を篭めて言い返す。

 私に手を繋ぐ相手なんているわけがないのだから。

 そんなことを尋ねるために、あんな大声をだしたのか? と不信感が募ったけど。


「繋いでみる?」


 しかし牧野は私の抱いていた不信感をさらなる不信感で上書きしてみせた。

 それはあくまでそっけなさを装った問いかけだったけど。。

 その調子とは裏腹に私の反応が気になって仕方がないのか、ちらちらと私を盗み見てくる。牧野が挙動不審なのはいつものことだけど、この一連の流れはだいぶ極まっている気がした。


 ……手、冷たくて仕方ないのか?


 だから私の指でもなんでもいいから、カイロ代わりにしたいのかもしれない。


「まあ、試してみるぐらいなら」


 ちょっとした温もりを欲していたのは私も一緒だから「ん」と牧野に手を差しだす。

 伸ばされた私の手を見て、牧野がメチャクチャ笑った。

 それは『メチャクチャ笑った』としか表現できないような子どもじみた満面の笑みだった。牧野自身、すぐに自分のマヌケ面に気づいたのか「んっ……んっ……」と咳払いをしてたほどだったし。最後にもう一度、気合いの入った「んっ」と共に、牧野は私の手を掴み取った。それはガバッと私の手のひらを包みこむような大きな手だ。牧野の肌は冷え切っていたけど、もともと体温が高いのか、肌が触れ合っている部分から徐々に熱を帯びていくのがわかる。


 ――あったかいな。


 じわっ……と染みこんでくるような牧野の体温に、私は自然と安堵感を覚える。

 私の手から、牧野もまた同じような安堵感を覚えてくれているのだろうか。

 しばらく手を繋いでみて『だけど』と、とある事実に気づいてしまう。


「いや、指がどうこう言ってたんだから、こうじゃなくてこうだろ」


 私は繋がっていた手のひらを解いてから、互いの指を絡めるようにして繋ぎ直す。ほとんど牧野の手のひらの中にあった指が外気に触れて一気に冷えこむのがわかる。だけど牧野のほうは、先ほどよりも私から熱を得られているのか、先ほどの比じゃない勢いで熱を帯びていく。


 ……どうなんだろうな。


 手袋をつけているときのような気持ち悪さは感じない。それどころか心地好さが上回っていて、この手を放さなければどこまでも歩いていけるような気さえするから不思議だった。


 ……と言うかこれ、恋人繋ぎとか、そういうやつなんじゃないか?


 はたとそんなことに気づき、途端に牧野の手を握っている事実を意識してしまう。しかもこちらから指を絡めるような形になってしまっていたから、気持ち悪がられないか心配だった。


 ……いやでも女子同士なんだから手ぐらい繋ぐ……よな?


 私にはそんな友だちなんていないけど牧野なら自然と友だちと手を繋いだりしそうだ。だったらこんなふうにあれこれ意識するほうがキモいだろうと、なるだけ考えないよう意識する。しかしそれが完全に裏目となって、私の頭は牧野の手の柔らかさと温もりに支配されていて。


 そのせいで自らの手に全意識が集中して、手汗が一気に分泌されるのがわかる。

 牧野と繋がっている手の内側やら指の隙間が、手でも洗ったあとのように濡れていた。


 ……いや、これは気持ち悪がられても仕方ないだろ。


 これ以上牧野を不快にさせる前にこちらから手を離してしまおうかと考え始めた瞬間、


 どんがらがっしゃーん!


 と、牧野が再び自転車を転倒させていた。


「あっ、えっ、あっ!?」


 牧野が慌てたように私と自転車を交互に見て、最後にその視線は繋がれた手へと注がれた。


「……危ないからもう終わりな」


 私はこれさいわいとパッと牧野の手を離す。

 これ以上繋いでいたら手がふやけてしまいそうだったし。


 なにより、よく考えたら牧野が片手で自転車を押せるほど器用にも思えない。このまま繋いでいたら牧野は何度でも自転車を倒してしまいそうだったから、これがただしい選択だろう。


 牧野は非難がましい声で「えー!」なんて叫んでいたけど、こちらからは、


「そんなに寒いなら明日から手袋忘れんなよ」


 という常識的な忠告をするに留めておいた。


「んー……はあ。早く雪、積もって欲しいな」


 二度も転倒させられた可哀想な自転車を起こしてから牧野はそんなことを呟く。

 今の流れ的に、さっさと冬が終わってくれることを願う流れだと思うんだけど。


 それとこれとは話が別ということか。


「その前にマラソン大会だろ」


 ほんの軽口のつもりでそう告げると牧野は「うへー」と本気でイヤそうな声をあげていた。


「なんだよその反応。マラソン、頑張るんじゃなかったのか?」

「マラソンを頑張るのはもうやめにしたの」

「なんだよ、それ」


 この前の謎すぎる意気ごみと、今の反応のギャップに苦笑が漏れる。

 ああいう気まぐれに日々振り回されているらしい金剛寺たちに軽く同情した。


「冬、好きなのか?」

「えっ、なんで?」

「雪、積もって欲しいって」

「ああ、それは――」


 牧野はそこで言葉を区切る。

 だけどそれは今までのような不自然に言葉を詰まらせるような感じではなくて。


 恐らく、私の反応を覗うための間だった。

 彼女はちらりと私を見やり、私もまた彼女に視線を返す。


 そうやって私たちは数秒だけ見つめ合う。

 気持ちを汲み取るには短すぎて。


 なのに、そこに意味があることだけはわかる、そんな時間。


「――好きだからじゃないのかな」


 さんざんもったいぶった挙げ句、牧野が口にしたのは、いつものたらない言葉だった。




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