第1話 私は君を描きたい 03
「真辺もサボり? あはは、マジメそうなのに意外だな。悪いやつめ」
牧野がそんなボケなのか、天然なのかわからないことを宣っていた。
……なんて言うのが正解なんだ。
と言うか今、牧野のやつ私のこと『マジメそう』って言ったな。あの陽キャが陰キャを遠回しに貶すときに使う言葉だと名高い『マジメそう』というワードをわざわざ使ってきたのだ。
まさか攻撃の意図があるのか……?
と、あれこれ馬鹿みたいなことを考えてしまう。
しばらくそうやって無言でいたせいで、今度の牧野は不審げな目で私を見ていた。
「……もう放課後だけどな」
とりあえず小粋なトークは諦めて、事実を突きつけることにする。私の言葉のいったいなにが面白かったのか、牧野は「あっはっはっは!」とフリー素材みたいな笑い声を披露してた。
「放課後ってなにそれ。真辺、冗談キツい……ってホントだ!? もう六時になる!?」
しかしスマホで時刻を確認した牧野は、そんなノリツッコミをしていた。
ほとんど私が関係ない部分で騒いでるから、たぶん日ごろからこの調子なのだろう。
「うっわー……! 昼休みからずっと寝てたんだ……何時間だ……? わかんないけど……」
――昼休みから寝てたなら普通に五時間ぐらいだろ。
べつに正確な時間を知りたいわけじゃないだろうから、私はその言葉を飲みこんだ。
「まあ、いっか」
最終的に、牧野自身もそう結論づけたみたいだったし。だけど、どうやらそれは『何時間寝たのか』ではなく『昼休みから寝通していたこと』に対するある種の開き直りのようだった。
「……まあ、いいんだ」
会話を続けるつもりもなかったのに、あまりにも隙だらけなせいでツッコんでしまう。
牧野は天然のツッコミ生成器なのかもしれなかった。
「うん。私、マジメだから」
なんて言ってるそばから、そんなよくわからないことを口にしてたし。
マジメな生徒は昼休みからぶっ続けてで五時間も寝通したりしないし。
今のもツッコミ待ちなのか……? と私が牧野の表情を探っていると、
「そう言えばここって美術準備室だよね。真辺って美術部なの?」
話題をコロコロされてしまう。
たぶんこれぐらいのライブ感とスピード感は、女子にとっては珍しくもなんともないんだろうけど。会話慣れしていない私からしてみれば、ついて行くので手一杯という感じだった。
「あ、えっと……そう、だね。美術部だよ」
私しかいないけど――とつけたさなかったのは、口を動かすのが面倒だったからだ。
牧野がそこまで私や美術部に興味を持ってくれているとは思えなかったし。
……と言うか牧野のほうこそ、なんで準備室にいたんだ。
と疑問に思うけど、私に口を挟める余地なんてなかった。
「えー! 美術部ー! 凄いじゃん。青春ってやつだねえ」
だって牧野はそんなことを言いながら、したり顔でうんうんと頷いていたから。
たぶん『青春ってやつだねえ』と言いたかっただけなんだろうけど。たとえ冗談であっても自分の活動を指して『凄い』なんて言って貰えることは稀だったから、悪い気はしなかった。
「それ、いま描いてた絵だよね? ねえねえ、どんな絵描いてたの?」
それに加えて、牧野は私の描いてた絵にまで興味を持ってくれる。
……軽いノリのギャルだと思っていたけど、意外と悪いやつじゃないのかもしれないな。
と、思ってしまう程度に、私は牧野に心を開いてしまっていた。
「ああ、これは……」
それに私は幼い頃から絵を描き続けてきていて、それなりに結果を残してきている人間だからか、他人に自分の絵を見せることにもあまり抵抗はなかった。だから『気になるなら』と牧野に今しがた描いていた絵を見せようとしたんだけど、その直前になって、気づいてしまう。
――いや、ダメだろ!?
この絵は寝こみの牧野を描いたもので、言うなれば盗撮みたいなものなのだ。しかも写真なら『パシャリ』で済むが、描写の場合はそれこそ数時間単位で行われるものだ。自分が寝ているあいだ、名前も覚えてない相手にじっくり観察されてたと知ったら、ドン退かれるだろう。
「こ、これはダメ! 見せられないやつ!」
だから私はこちらを覗きこもうとしていた牧野から隠すようにスケブを抱えこむ。
「んんんー? なんでだよー。もしかしてえっちなやつでも描いてたのかー?」
絵をひた隠しにする私を怪しむように牧野が妙な声で尋ねてくる。
「オカンか!」
そのノリが完全に『母親という概念』のそれだったから、堪らずツッコんでしまう。
「えっ、なに、真辺ってママのことオカンって呼んでるの?」
と妙な部分に好奇心を刺激されながら、それでも牧野は容赦なく絵を覗こうとしてくる。
「ち、ちが……今の『オカン』は概念としてそちらのほうが相応しいから――」
「えっ、オカンの概念……? なんか変なこと言ってるな」
言いながら、そっちに興味を持ってくれればいいのに牧野は頑なに絵を諦めようとしない。
それでも私としてもこれは絶対に見せるわけにはいかない。だってこれは私が牧野を視姦していたという証拠なのだ。これを見られたら、私の今後の学校生活が危うくなってしまう。
「と言うか、いい加減諦め――って、えっ、顔近――」
取っ組み合いにも似た有様になっていたせいで、牧野の顔がやけに近くにあった。彼女からしたら、こんなやりとりすら楽しいのか、その顔には自然体と思しき笑顔が浮かんでいた。
その顔は先ほどの寝顔より何倍も子どもじみていてマヌケだったはずなのに、
――いや、こいつ、こんなに綺麗だったか。
気づくと呆然となるぐらい、その顔は美しかった。
思わず我を失うほど、その顔に見惚れてしまっていたのだ。