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第6話 私のやりたいこと 02




「だったらさ、もしも……」


 それでもなお牧野は食いさがる。

 私の言葉のどこがそんなに気に食わなかったのだろう。ともあれ、彼女の続く言葉を待たないことには始まらない。だから私は牧野の言葉を待ち続けたんだけど、数十秒の沈黙の後、


「……なんでもない」


 牧野は否定の言葉を置いたのだった。

 牧野がなにを言おうとしていたのか私には想像もつかなかったけど。その点についてあれこれ掘りさげるのは不都合な気がしたし、なにより私が考えることに意味はないと思ったから、


「そうか」


 と、だけ答えておくことにした。


「………………」

「………………」


 その一言を皮切りにひどく居心地の悪い沈黙が準備室に広がった。その沈黙は丁寧に編まれた蜘蛛の巣にも似ていて、気持ちが急けば急くほど、精神に絡まりついてくるようだった。


 今までは沈黙を共有しても苦になることなんてなかったのに。

 むしろ私の性格的に準備室にいるあいだも沈黙でいることのほうが多かった。

 沈黙とは『どうにかしたい』と思った瞬間、極度に居心地が悪くなるものなのだと知った。


 この沈黙に牧野はなにを感じ取っているのか。

 私とは異なるどこか堂々とした視線を私へと向け続けていた。


「あのさ、真辺。私――」


 その視線と同質の堂々とした――同時に、どこか堅苦しい声で牧野は言った。


 しかしその言葉はなかばで途切れる。


 今まで何度か、牧野は似たような声と言葉を使って、今と同じように言葉を途切れさせたことがあった。だから今回も、彼女はそこに言葉を続けないのではないかと、そう思った。

 だけど牧野は私の予想を裏切るように、数秒の沈黙の後に口を開いた。


「――モデルになりたいんだよね」


 だがさんざんもったいぶった挙げ句に牧野が口にしたのはどこかズレた言葉だった。


 ……こいつ、そんなにモデルになりたかったのか?


 牧野がそこまでモデルに固執しているとは知らなかった。

 だけどその言葉が事実だとすれば、牧野が頑なに準備室に居座り続けていた理由もわかる。私が牧野のことを描きたいと思っていたのと同じように彼女も描かれたいと思っていたのだ。


「それはありがたいけど、何度も言ってるとおり、今は基礎を――」

「あっ、違う違う!」


 今まで再三繰り返してきた私の言葉を牧野は慌てて否定する。

 その否定は『彼氏がいるのか?』と問い質したときとは違う自然なものだった。


「そうじゃなくて、雑誌とか、ネットの広告にでてくるような、写真のモデルさんのこと」

「あっ、そういう」


 牧野の補足を聞いて自分の早とちりを恥ずかしく思う。だけど言われてみれば確かに牧野の口から発せられる『モデル』という言葉は、そちらの意味合いのほうが自然だった。こんな埃っぽい場所ではなく、もっと明るくて華やかな場所でのモデル活動のほうが向いているのだ。


 ……だけど、どうして急にそんな宣言を?


 という当然抱くべく疑問を口にすべきか悩んでいた私に牧野は続ける。


「今日の放課後はその見学に行くことになってるんだ」

「なってるんだって……そういうのって見学しようと思って出来るものなの?」

「あ、いや……じつはスカウト自体はもうされてて、返事をね、保留にして貰ってたの。で、悩んでるんだったら、今日、撮影があるから、一回、見学だけでもどう? って誘われて」

「なるほど……?」


 牧野の発言はなにからなにまでとっちらかっていて理解に時間を要する。


 牧野はファッションモデルになりたい。

 そして彼女は現にスカウトされている。


 ここまではいい。

 話はじつに単純明快だ。


 モデルになりたいという夢が叶ってよかったねで話は終わるだろう。

 だけど彼女はなりたいはずのファッションモデルのスカウトを保留にしていると言う。


「……なにを迷ってるんだよ」


 自分の頭をこねくり回してみたところで答えなんて見つかるわけがないから直接尋ねる。

 当然と言えば当然だけど、牧野は自分の思考に悩んだりはしていないようだったから。


「迷ってるわけじゃないよ」


 そうと答える牧野の表情は普段よりもさらに大人びて見えた。

 綺麗で美しい。

 私にはまだ描くことができないという諦観を抱かせる表情だ。


 ――その頭でなにを思い描いているのか覗いてみたい。


 その胸の内を知ることができたら、牧野の美しさに迫ることができる気がしたから。

 きっと私の心は牧野に手を伸ばそうとしていた。


「答えはもう決まってるんだけど――まあ、いいや」


 しかし私の手が牧野に届くよりも先に、彼女はヒョイッとソファから飛びおりた。ちらりと私に一瞥をくれるその視線は、私への興味を失ってしまったように、どこか冷たかった。


「そんなわけだから今日は放課後こられないから。また明日ね」

「あ、いや、まだ教室で――」


 ――会うだろ。という私の言葉は、容赦のないドアの開閉音によって掻き消された。牧野はどこか逃げるような調子だったものだから、無理に言葉をかける余裕も私にはなかったのだ。


「……なんだったんだ」


 牧野の言動がおかしかったり不審だったりするのはいつものことだけど。

 今日の彼女はいろいろな意味で極まっていたような気がする。


 ――まあ、最近は放課後ずっと一緒にいたからな。


 たまにはこういう日があってもいいだろうと、牧野の言葉を深く考えはしなかった。考えたところでどうにかなる問題でもなかったし、考えること自体避けたかったからかもしれない。




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