第5話 私と君の居場所 05
「あー!」
オモチャを取りあげられた子どもみたいな声をあげる牧野を無視して、スマホをチェックする。牧野が自分のスマホに送っていたのは、私のスマホ画面のスクリーンショットだった。
画像ファイルを開くとLINEのホーム画面で、そこには『友だち1』と表示されていた。
それは私のLINEに登録されている友だちの人数だった。
「お前、この画像使って私のことバカにしようとしてたのか?」
こんなものを自分のスマホに送る理由なんてそれぐらいしか思い浮かばなかった。
「ち、違う違う違う違う! なんでそんな酷いこと思いつくの!?」
しかしそうと尋ねられた牧野は憤慨でもしたように声を荒げていた。
「そんな酷いことって、だったらなんでこんなマネしてたんだよ」
こちらとしては憤慨される意味もわからないのでそうと尋ねるしかない。
「えー……?」
牧野は憤慨から一変して、丸く開いた口から情けない母音を伸ばしていた。
しばらく『え』の音を伸ばしたのちに牧野は結局、
「友だちがひとりしかいないなって思って」
そんな失礼な言葉に『え』を結びつけたのだった。
「やっぱりバカにしてんじゃねーか」
そのあとしばらくわちゃわちゃと口論を続けていたが牧野がなにをやろうとしていたのかは判明しなかった。それが話のネタになるなら、まあ、勝手にしてくれという感じだったけど。
それから牧野は予定どおり私に先ほどの写真を送ってくれた。
白いカオナシに捕食されている私は相変わらずブサイクだったけど。
私を食べているカオナシのほうはなぜかひどくご満悦の表情を浮かべていて、
――そんなに私が美味しいのか?
なんて世迷い言じみたことを考えてしまいそうになる。なんだかんだ牧野の写真を手に入れられたのは大きかったから、私はしばらく暇ができるとその写真を眺めて過ごしたのだった。
○
次の日の昼休みのこと。
私はひとりで自分の席に座りながら、母親の作ったお弁当を食していた。
まあ、意識のほとんどは斜め前で固まって弁当を食べていた牧野たちに向けられていたんだけど。私は相変わらず『等身大の牧野を描くため』に彼女の観察する日々を続けていたから。
「そう言えばリム、最近どこに通ってんの?」
いつもどおり世間話に興じていた三人だったが、金剛寺がふと思い立ったように、そう尋ねた。牧野は「えっ、どこって?」と素知らぬ顔をしていたけど、私は少し緊張していた。
「いや、私がそれを聞いてるんだってば。弁当食べた後とか放課後、どっか通ってるじゃん」
金剛寺が牧野の動向を気にしていることはすぐにわかったから。
そうなのだ。
牧野のやつはこの一週間、食事を終えるとそそくさと席を立って、準備室に足繁く通っているのだった。私はもともと昼食も準備室でとって、そのまま絵を描くという生活を送っていたんだけど牧野の観察のために、孤立することも厭わずに、教室で弁当を食べ始めたのだ。
にもかかわらず牧野は私の気も知らないで、準備室に通い始めたのである。
牧野が準備室に通い始めた初日のこと。
教室からこそこそ抜けだした牧野を、私もまたこそこそ尾行した。行きついた先がだれよりも、どこよりも慣れ親しんでいる準備室だったものだから、うしろからツッコんでしまった。
「あれ、真辺。奇遇だね」
なんていつもの子どもっぽい顔で牧野は言っていたけど。
どんだけ準備室が気に入ってるんだ、あの女は。
「もしかして彼氏か?」
と金剛寺の問で追憶から戻ってくる。
そりゃあ、昼休みや放課後という自由時間を、こそこそと過ごされればそんな疑問も沸いてくるだろう。私だって金剛寺の立場だったら、似たようなことを考えていたに違いない。
「ちっ、ちちちっ、違うよ!」
対する牧野の答えはと言うと、狼狽し過ぎて『本当です』と言ってるようなものだった。
……いや、その狼狽え方はおかしいだろ。
牧野が『準備室でだらだらしてるだけだ』という事実を知っているはずの私ですら疑ってしまいそうになるくらいだったから相当だろう。もしかして牧野は私の知らないあいだに彼氏を準備室に連れこんでいて、あのソファで淫らな行為に耽っているんじゃないのか? なんて。
ちょっと考えただけで嫌悪感で一杯になったから私はそっと頭を振った。
「だったらどこに行ってるんだよ」
その目を苦笑と疑心でいっぱいにしながら金剛寺は牧野にそう尋ねる。
……なんて答えるんだ?
べつに準備室に入り浸っている理由を牧野が隠す理由はない。
それが幼馴染みで親友である金剛寺だというならなおさらだろう。
……あー、バレちまうのかな。
牧野は嘘をつくのがヘタだから、真実を話すにしても、それを隠すにしても、あのふたりにはバレてしまうような気がした。ふたりだけのものだった空間に、他のやつらが踏み入る様を想像すると、露骨に気持ちが落ちこむのがわかる。どうやら私は自分でも気づかないうちに、準備室で牧野と過ごすあの時間を、掛け替えのないものだと感じているようだった。だから、
「ナイショ」
牧野が嘘をつくでもなく、友だちに『隠す』という選択肢を取ってくれたとき、メチャクチャ嬉しかった。沈みかけていた気持ちが、そのまま急浮上して、水面から顔を覗かせる。
そのときの効果音はきっと『キュン』という安っぽい音だった。
金剛寺は「なんだよそれ」と、牧野のことをつついていたけど。
私はそれ以上牧野のことを観察していると一杯いっぱいになってしまいそうだったから。
食べかけのお弁当を抱えて、逃げるようにして準備室へと向かった。
ひとりきりの準備室は教室よりも肌寒く孤独感も増しているはずなのに。
私の心はなにか温かなものによって並々と満たされてしまっていたのだった。