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第3話 私の教室、君の教室 02




 廊下のハンガーラックにかけられた白衣を着てから化学室に入ると、黒板には今日の実験の内容と、出席番号順と思われる班割が書かれていた。普段はランダム性に富んでいる班割だけど、今日は単純に一~五が八班、六から十が七班という雑な分け方がなされているらしい。


 私が化学室に辿り着いてから五分ほどたったところで、牧野たちが化学室にやってくる。

 私より早く教室をでてたはずなのに、どんだけチンタラしてたんだとツッコみたくなる。そのせいで観察対象もなく、私は班の男子のつまらないトークを聞いているしかなかったのだ。

 牧野たち三人は揃って黒板の前で席順を確認し、別々の班であることを憂えていた。


「今回は私がいないからって泣くなよー」


 と告げたのは牧野で、


「泣かねーし、泣いてねーよ!」


 と叫んだのは金剛寺だった。


 ――相変わらず仲のよろしいことで。


 なんて思いながら、白衣を着た牧野を目で追う。

 牧野は『マ』のひとだから出席番号もうしろのほうだ。

 七班に所属している牧野は前列のまん中に座っていて観察しやすい。


 ……白衣の牧野か。


 一応、白衣は男子用と女子用に大別されていて、大まかなサイズ順に並んでいた。ただ、そこまでサイズが豊富にあるわけではなく、私なんかは袖が余るようなサイズしかなかったりする。それは牧野にしても同じなのか、彼女が着てる白衣はどこか丈がたりていなかった。


 一七〇は確かに背が高いけど、男子と比べれば、平均より少し高いぐらいだろう。

 だから牧野なら男子用の場所に置いてある白衣を着ればピッタリのはずなのだ。つまり、


 ……あいつ、無理に女子用に並んでたやつ着やがったな。


 そのせいで丈だけではなく全体的にぱっつんぱっつんの印象を受けた。

 もともとオーバーサイズに作られている白衣はある程度の余裕を持ってはいるものの、制服という嵩張りやすい衣類の上から着ているせいで、やたらと彼女の体を強調している。

 その姿は控えめに言って――


「なんか牧野の白衣姿、妙にエロくないか?」


 ――そこに私が明確な言葉を与えるより先に、同じ班の男子がそんなことを言ってのけた。


 ……思ったけど!


 確かに同性の私ですら牧野のパツパツ白衣姿には疑問を禁じ得なかったけど! そこに『エロい』という直接的な表現を当てはめてしまえる無遠慮さみたいなものに驚いてしまう。


「…………………………」


 話したこともない男子になにを言えるわけもなく、私は彼らをただただ睨む。

 カースト最上位から少し外れたところにいる男子たちだった。容姿やコミュ力では這いあがれないから、その分だけ品性をさげて下劣なジョークで笑いを取るタイプのやつらだ。なんて悪し様に考えてしまったのは、たぶん自分の思っていたことをそのまま口にされたからだ。


 そうした感情の機微もあって、私はジトッと男子を睨んでしまう。

 彼らが私の視線に気づいたとしても、その意味すら理解してくれないだろう。

 ただ、気づかれるのも面倒だったから私はそのまま牧野観察に戻ろうとしていたんだけど。


 そんなとき横合いから、


「なにそれ。そんなこと言ってると本人に言いつけるよ」


 柔らかくも、芯の部分にトゲを孕んだような独特の女の声が聞こえてきた。仮にもカースト上位の男子に噛みつくなんて度胸があるな……と思いながらそちらを向くと、金剛寺だった。


「あっ」


 とこぼされた私の声で存在に気づいたのか、金剛寺が私に視線を向ける。


「あ、サの人」


 そして先程と同じなんとも反応しづらいことを口にしていた。


 ……なんで『サのひと』なんて覚え方してるんだろうって思ったら。


 金剛寺さんが『こ』で、私が『さ』だから、出席番号が前後だったのだ。この場合、彼女の顔を見てもまったくピンとこなかった私のほうが、他人に興味がなさすぎるのかもしれない。


「えっと……」


 べつに『サのひと』呼ばわりでも構いはしなかったけど、最低限、向こうにも名前を知っておいて貰ったほうがいいものか迷う。金剛寺的にも、そのほうが都合がいいかもしれないし。


「なに?」


 私が答えをだすより先に、金剛寺が急かすように問いかけてくる。

 その声に含まれているトゲが増えて、個人的にやりづらくて仕方がない。


「……なんでもない」


 そこで勇気を振り絞るのも馬鹿らしくて、私は早々に会話を切りあげることにした。べつに金剛寺は牧野の友人というだけであって、私はこの女と仲良くしたいわけではないのだから。


「ふーん」


 と、つまらなそうに告げて、金剛寺は私への興味を失ったように、男子と先ほどの続きをやり始めた。金剛寺の声や言葉は、私の目には攻撃的に映ったけど、男子にとってはそれぐらいがやりやすいのか、会話はほどほどの盛りあがりを見せていて、私の孤立感が一気に増す。


 ……いや、今さら孤立感なんてどうでもいいんだってば。


 私は学校生活を美術に捧げると決めていたし、牧野にしたって、そのために必要だから観察してるだけだ。べつに私は牧野と友だちになりたくて、こんなことをしてるわけではない。

 そう自分に言い聞かせて、私は牧野のほうを見やったんだけど、


「……………………」


 牧野がこっちを見ていたものだから普通に驚いてしまう。

 彼女はどうしてか私の姿を見て、ほくそ笑んでいるように見えた。


 ……えっ、私がぼっちなのがそんなに嬉しいのか?


『アイツ、偉そうなこと言っておきながら教室だとまったく喋られないんだな』


 とか思いながら鼻で笑っていそうな牧野を睨みつけると、なぜか彼女はエッヘン! と胸を張り始めた。ただでさえパツパツだった白衣の胸部分が強調されて、破裂でもしそうになる。


 ……なにが目的なんだ。私には友だちがいるぞってことか?


 牧野がそんなことをいちいち自慢するとも思えなかったけど、想像の組み立て方が悪かったせいで、そうとしか考えられなくなる。同時に、その想像が間違いなのもわかったんだけど。


 ……とりあえずなんか反応でもしとくか。


 手でも振ってやれば満足するだろうか。

 そう思って軽く手をあげようとした。

 しかしその手が肩の高さに届きそうになったとき背後から、


「リム、先生きてるぞ」


 という金剛寺の声が聞こえてきて、思わずハッとしてしまった。


 ……コイツじゃん!


 なんで急に私なんかに謎のアピールをしてきたのかと思ったけど、よくよく考えてみるまでもなく、友だちの金剛寺に対するアピールだったのだろう。牧野につられて手を振ろうとしていた事実が途端に恥ずかしくなってきて、肩まであげかけていた手で髪の毛に触ったりする。


 班の男子の笑い声が私を嘲っているようにしか思えなくてとにかく恥ずかしかった。

 私はそのあと俯いてしまい、牧野の観察どころではなくなってしまったのだった。




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