表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/12

一ノ瀬 秋穂④

※一ノ瀬視点


佐伯先輩に先程の二宮先輩とのことを話した。佐伯先輩は二宮先輩とは違い、いつも通り。なんだか楽しそうですらある。

 

「じゃー俺も、ちょっと先帰るわ」

「先輩っ」


ふたりの反応の温度差に面食らって、思わず声を掛ける。


「ん?」

「なんか私、でしゃばったから、あの……」

「……」


言うことがまとまらなくてもどかしい。

上手く言えないままモゴモゴしていると、佐伯先輩は不思議そうな顔をして見ている。

そしてほんの少しなにかを考える素振りをしてから「一ノ瀬」と私を呼んだ。


「野球、好き?」

「え……」


先輩に一目惚れして入った野球部。

それまで野球に興味なんてなかった。

でも……今は。


「──はい! 好きです、このチームが!!」


そう答えると佐伯先輩は「ははっ」と声を出して笑う。心臓が、跳ねた。


「知ってる」


そう言って、佐伯先輩は高原くんのところへ行ってしまった。





「一ノ瀬ぇ──」


そこにやってきた井川くん


「──おわっ?! 何泣いてんの?!」


に、驚かれる。

気付いたら泣いていた。


「ふっうぐぅ…………っよぐっ、わがんないぃぃぃー…………」


色んな気持ちが抑えられなくなってしまって、涙が止まらない。


実際私はでしゃばっていたし、先輩に『余計なお世話だ』って言われたって仕方ないって、そう思ってた。

だって結局私は何も知らないし、何もできない。


それはなにも、佐伯先輩のことだけじゃなくて。


野球は覚えたけど、グラウンドに立つわけでもなくて……私にできることなんて、たかが知れてる。


佐伯先輩のことは好き。

──でももう、それだけじゃ、ない。


「井川てめぇ、なに泣かしてんだよ!」

「俺じゃありませんよ?!」

「オイどうした! あっ、てめぇ井川ぁー!!」

「だから俺じゃありませんて!」


異変に気付いた皆が、私を囲む感じにわらわらと集まってきた。道具とかを回収しつつ、部室に誘導される。





着替えの時以外は、校則で部室の扉は開け放つことになっている。タバコ等の非行防止や、勿論それ以外の防犯面でも。

……なのにやたらと揉めた。


「ちょっと待って、へーちゃん! これだと部室に連れ込んでるみてぇじゃん! なんかイカガワシイよ!!」

「そッスよ! ただでさえ女マネは目立つんすよ!? 平生先輩ファンにでも見つかったら一ノ瀬が何言われっか!」

「オイ、パイプ椅子持って来い! 入口中央に置いときゃ問題ねーだろ」

「囲むとアヤシイから、全員部室に入りましょう! 一ノ瀬は俺らが入ったらそこに座る! OK(オケ)?!」


「…………ふぐっ」


あまりにも馬鹿馬鹿しくて、優しい。

私はそのやりとりに噴き出し、同時にさっきよりも泣いてしまった。


──このチームが、皆が、好きだ。


皆とは決して共有できない、歯痒さやもどかしさ。

『私はどんなに頑張っても、チームの一員なんかじゃない』……どこかでそう思っていた。


だけどきっと、そうじゃなかったんだ。


めいめいが好き勝手なことを言いながらも、心配してくれてるのが伝わってきた。皆、私が深井先輩に接触してるのも知っていて、暗黙の了解的に見守ってくれていたようだ。


私がそんなようなことを口にすると、仁平(にへい)先輩が苦笑いで言う。


「見守ってたって言うと聞こえが良いけどさ……俺らは皆、清良に何も言えなかったから……」

「一ノ瀬は何も知らないんだろ? 自分から聞くような奴じゃないもんな」

「──」


「…………どういうことすか」


私が聞くのを躊躇っていると、相原くんが質問をした。


そこで初めて私は、先輩達の間に何があったのかを知る。


──誰よりも努力家だったという、深井先輩。


あの日、バッティングセンターでホームランを打ってたことを思い出す。

手に触れようとして叩かれたのもきっと、素振りでできた豆を見られたくなかったんだ。


先程とは違う涙が溢れてきた。


私よりも、もっとずっと、グラウンドに立ちたい人だ。

私よりも、もっとずっと、試合だって観たかったに違いない。


「ふっ……深井先輩っ……『晴れたら行く』ってぇ……!!」

「……」

「……」

「……」


私がしゃくりながら発したその言葉に、皆が沈黙する。


「────はい!」


沈黙を破ったのは畑くんの、何故か元気いっぱいの挙手だった。





そして、いよいよ3年生最後の試合の日がやってきた。


明星学園との練習試合。

これは先輩らが野球部に入った時から始まり、今やすっかり恒例行事となっている。


ちゃんとした球場ではないが、ウチの学校はそれなりの野球場がある。大きい公園にあるような、そんな感じの球場……と言えばわかりやすいだろうか?少年野球チームや草野球チームが日曜日に使うような。


観客席はないが、コンクリートの屋根のついたダグアウト(※選手達が控えるところ)がある。広さもちゃんと硬式の広さがあり、照明も設置されている。

ただ、フェンスの向こうはすぐテニスコートだし、照明はつかないけれど。


これは学校創立のかなり前に『スポーツ施設を併設した市民公園』にするか『市立高校』にするかで揉めた結果だそう。土地はあったので、球場やテニスコートだけ先に作られたらしい。

サッカーコートも別にあり、それに加えてグラウンド、という都会に住んでる人間には考えられない広さを誇っている。

ウチのテニス部もサッカー部も、ついでに言うと陸上部も弱小なのだが。


……だからこそ、佐伯先輩はこの学校を選んだのだと思う。


設備はあれど、予算はない。だから練習試合とはいえ、簡単に出来る訳では無い。人数がギリギリなのも、問題のひとつ。

審判を頼むのにもお金がかかる。私達が頼んでいる派遣団体さんは、一ゲーム2審性(※球審と塁審ひとりずつ)で12000円。塁審を増やすと+5000円。……これは安い方らしい。


試合の前は色々大変だ。部員だけでなく、有志の生徒で小石拾いや草むしりをする。


放送部にお願いして、ウグイス嬢をやってもらったり、吹奏楽部にお願いして、両チームの応援をしてもらったりしている。その為のブースも作らなければならない。


何故わざわざそこまでするのか──それはきっと、沢山の人に、野球を好きになってもらうため。


そして自分らの野球部(チーム)を、皆の野球部(チーム)にするため。


佐伯先輩はお調子者なだけではない。色々な人を少しづつ巻き込んで、盛り上げてきたのだ。


今では学校側もとても協力的で、もともと学期の始めと終りに予定されている清掃行事を、わざわざ試合の前に入れてくれている。

3年生の入学当時は、今よりもっと大変だったそうだ。


今の3年生は佐伯先輩を筆頭に、なるべく自分達の力で野球部を作ることに拘ってきた。


それは『西京コンドルズ』のことだけではなく、ここが公立高校だから──仮に熱心な先生がいたとしても、いつまでもいる保証はない。


部室には沢山のノートがあり、3年生が1年生の頃から書いた、諸々に対する手書きのマニュアルが残っている。

……ハッキリ言って、綺麗とは言えない代物だ。


私は今後の為に、それらを持ち帰り、清書することにした。


3年生が引退したら、野球部を作っていくのは私達なんだから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 名作!名作ですよこれは! この回めちゃくちゃ好きです! 秋穂ちゃんの健気さと、野球部の人たちのそれぞれの一生懸命さが、余すことなく語られている感じ……! 感動しました!!
[一言] 佐伯先輩カッケェ!!!! 本当にカッコイイ男というのは、佐伯先輩みたいな人をいうんだと思いますよ私は!!! そして秋穂ちゃんは本当に良い子( ˘ω˘ ) こんな娘が欲しかった( ˘ω˘ )(…
[良い点] ええ馬鹿どもばっかりですのう……。 清々しいですのう……。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ