深井 清良①
※清良視点
「野球部、次が3年の最後の試合なんだって!」
「もう佐伯くんの勇姿が見れなくなっちゃうの~? 残念~」
ウチの野球部は弱小チーム。春の選抜は勿論、地区予選もすぐに敗退した。
公式試合はとうの昔に終わっているが、今月末の日曜、ウチのグラウンドで練習試合が行われるらしい。
エースで4番の佐伯 平生は、そんな弱小チームでは考えられないくらい上手い。
プロのスカウトが見に来るのでは、と一時期は囁かれた程だが……残念ながらそれはないと思う。
彼はリトル時代に遭った事故によって、全開で投げ続けることは難しい身体なのだ。
だが彼はそんなこと気にした風でもなく、楽しそうにグラウンドに立つ。
もともと人当たりも顔も良く、更に言うと少しお調子者の彼は人気者だ。運動神経も当然の如く良い。
野球部以外の部活も弱小の我が校では、他の部のピンチヒッター(※数合わせ)としても重宝され、活躍している。
だがやはり、一番愛しているのは野球。
楽しみながらやりつつも、平生は野球に対して、とてもストイックだ。
そんな彼の最後の試合とあって、運動の盛んでない学校にもかかわらず、周囲はにわかに盛り上がりを見せていた。
「皆見に来てくれよな! 応援よろしく~」
『行く行く!』と楽しそうな声をよそに、私は無表情・無関心を決め込んで席を立つ。なるべくひっそりと。
──なのに
「清良!」
馬鹿の呼び止める声。
うるせえ、名前で呼ぶんじゃねぇ。悪目立ちするんだよ!
「お前も来てくれるよな?!」
「…………行かない。 日曜だし」
「いいじゃん! 待ってるから!!」
それには応えずに、教室を後にする。
視界の端で女子がヒソヒソ話をしているのが見えたが、気になどしない。
私は手芸部の人間なんだ。
野球なんかどうでもいい。
「そんなこと言わずに、行きなよ~。 幼馴染みなんでしょ」
「関係ないし…………あ痛っ」
キルトでコースターを作っている際、うっかりまち針を指に刺した私に、部長で友人の智香は含みのある言葉を吐く。
「……アンタって本当不器用だよねぇ。 色んな意味で」
──その科白のせいで、思い出してしまった。
『清良は器用だよなぁ……!』
昔、平生に散々言われた、今と真逆の誉め言葉を。
日曜のグラウンド。
少年野球チーム『西京コンドルズ』。
ウチの近くの数校の生徒で構成された、野球チーム。今はもうない。
平生と二宮……そして私はそこに所属していた。
もともとここの土地はそんなに野球が盛んではない。しかも少子化で学校自体の数が減っており、当時から既に存続の危機に瀕していた。
だから人数は常にギリギリ。
私は体格が良く、運動神経も良かった。
そのせいで、幼馴染みの平生に無理矢理チームに入れさせられた。
他に女子はおらず、紅一点。
ライトで9番。
弱小チームだが、下位打線の4番扱いである。
いつも日曜が潰されるのを苦々しく思いながら、練習に明け暮れた日々。豆を潰しながら素振りし、おこづかいで通ったバッティングセンター……
なんだかんだ文句を言いながらも、私もそれなりに遣り甲斐を感じていたし、楽しくやっていた。
──リトルの選抜チームに、平生がスカウトされるまでは。
「行きなよ、試合見に。 なんなら付き合ってあげてもいいよ?」
「行きたいの?」
「うーん…………晴れてたら?」
「じゃあ尚更行かない」
「3年最後の試合だしさぁ……」
「……やめとくよ」
「清良、」
「智香…………私さ、雨女なんだよ」
「は?」
「雨女なの。 だから、行かない方がいい」
最後の試合だ。
晴れているといい。
片付けを終えた私は席を立つ。
「なにつまらないこと言ってるの」という智香に手を振って、家庭科室を出た。
──私だって、いつも応援に行かなかった訳じゃなかった。
人数ギリギリだから私を入れたくせに、チームを捨ててリトルに行く平生に怒りはあったが。
私が雨女というのは本当で、観に行く試合は常に雨が降っていた。
平生が事故にあった、あの試合の日も。
「行ってきまー」
家に帰ると適当な格好をして走りに出るのが私の日課だ。
野球を始めたせいで、毎日のロードワーク癖がついてしまっていた。癖というのはなかなか抜けない。毎日の素振り1000回も、単なる癖による日課であり、別に意味なんてない。
ただちょっと……たまに行くバッティングセンターで打つのは気持ちいいからやめられない、とか。
しかも、ホームランを打つと無料券が貰え
、その券を無駄にしたくないとか。
あるとしたらそんなものだ。
野球なんて、もともと好きじゃなかったんだから。
途中で小さな神社に寄るのも、そこに手製のてるてる坊主を納めるのも、ただの日課だ。
手芸を始めたのも、このてるてる坊主作りの延長だった。
……全く、くだらないことをしている。
こんなのただの自己満足だ。
本当に神様がいるのなら、平生の怪我の前……いや、リトルに行く前に時間は戻っている筈だ。
『お前なんか、もう野球できなくなればいい!!』
怒りに任せて吐いた言葉。
本心なんかじゃない。
まさかそれが本当になるなんて、思わなかったんだ。
どしゃ降りの試合の後で、平生は事故にあった。
リトルに行った平生の、私が唯一頭から観に行った試合の日。
雨が降ったことと、私が試合を観に行ったこと。それに事故の因果関係なんてあるわけがない。
皆はそう言う。
でも、私にはそうは思えなかった。
──試合を観に行くのは怖い。
(どうか、晴れますように)
いつものように、祈る。
だが、これももう終わる。
次が、最後の試合だ。
地名、チーム名は適当であり、これはフィクションです。