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一ノ瀬 秋穂③

 

なんだか謎が多い深井先輩だが──なんだかんだ言っても、深井先輩はそう悪い人じゃないというか。


私に対しても嫌そうな顔はするが、邪険には扱わない。

本来彼女にとっては、私はただの迷惑な人に違いないのだが。


(よし……! 情に強く訴えよう!!)


そんなわけで、これが最善策とみた。

場合によっては土下座も辞さない覚悟で、明日は勝負に出る決意を固める。

なにぶんもう時間がない。


帰りは景気付けに、近所のバッティングセンターに寄ることにした。





近所のバッティングセンター──規模は小さいが卓球やバドミントンもできる、スポーツ複合施設。

卓球をやりにきたことはあれど、実はまだバッティングをやったことはない。というかバッティングをやったこと自体ない。

だって、怖いし。


鈍足の私だが、なにを隠そう運動神経も良くないのである。(※隠れていない)


だが普通のバッティングコーナーは無理でも、トスバッティングコーナーの球くらいは当てられるかもしれない。


『当たれば深井先輩が来てくれる』


謎の自分ルールを設定して、打席に立つ。

しかし──


(……全然当たらない……)


そう甘くはなかった。


1打席20球、200円だ。

このままでは引き下がれないので、もう1打席……と思い財布を見ると、小銭がない。

トスバッティングコーナーを一旦離れ、両替機のところに向かった。


『ワァァァァァ! ホームラン!!』


耳に入った音に振り向く。

打球が『ホームラン』の看板に当たると、自動音声が流れる仕組みだ。


(すごーい、ホームランとか……)


トスバッティングコーナーで当てられもしない私とは大違いである。

どんな人が打ってるのか気になった私がバッティングコーナーを見ると、140キロという一番難易度の高いコーナーで、黒いパーカーを着た人が景気良くバカスカ打ちまくっていた。


(……ん?)


私はそれに気付き、咄嗟に身を隠した。


(──ふ、深井先輩?!)


140キロを打ちまくっていた、黒いパーカーの人……それは深井先輩だった。





次の朝。筋肉痛になったショボい身体を引き摺りながら、登校する。

筋肉痛に思い出されるのは、昨日の深井先輩の姿。


(考えたらチャンスだったのでは……)


だがあの時はビックリしたのもあって、なんとなく声を掛けることが出来なかったのだ。


(あー馬鹿馬鹿馬鹿! でも今日こそはっ……)


「……ぷっ」と吹き出す声に振り返ると、そこにはランニング中の佐伯先輩。

滅茶苦茶笑っている。っていうか笑われてる。


「なに百面相してんの?」

「はっはわわわわ! いつから?!」

「んー、さっき。 声を掛けようと思ったんだけど……」


そこまで言って、また笑った。

超恥ずかしい。


先輩は「ちょっと待ってて」と言うと、小走りで近くの公園前の自販機まで行き、缶ジュースを買って戻ってきた。


「はい」

「えっ、あっ、ありがとうございます!」

「休憩、ちょっと付き合ってよ」

「…………はい」


(なにを言われるんだろう……)


二宮先輩に知られてたくらいだ。

きっと佐伯先輩も私が深井先輩にしつこくしてるのを知っている。

折角再度固めた決意だが、もし佐伯先輩の口から『迷惑だ』とか言われたら、流石にちょっと凹む……


──まあちょっと凹むだけで、仮に余計なお世話だとしても深井先輩は連れていくつもりだが。


誘われた嬉しさと、何を言われるのかに不安を抱きながら、先輩の後に従う。


座った公園のベンチ、貰った缶ジュース。


佐伯先輩から出た言葉は、朝早く登校して野球部のことをする私への(ねぎら)いと、「無理すんなよ」という心配の一言だけだった。


「じゃ、そろそろ行くわ。 ありがとう、付き合ってくれて」

「あのっ……!」


それはもう、勢いとしか言いようがなかった。

なんでこれを言ったのか、自分でもよくわからない。


「先輩、私! ……昨日深井先輩をバッティングセンターで見たんです! 滅茶苦茶打ってて、140キロで……ホームランとか出してて!」


佐伯先輩は、いきなりの私の言葉に少しビックリした顔をしてたけれど……

「ははっ」と声を出して破顔し、走っていった。





運動部に入らない、決して試合を観に来ない深井先輩。

智香先輩の「野球がらみ」という言葉。

昨日のバッティングセンター。


詳細はわからないが……おそらく深井先輩は、野球をやっていたのだろう。

佐伯先輩や、二宮先輩と一緒に。


──私は覚悟を決めた。


土下座の。





「……深井先輩!」

「──うわっ?! なに!! ちょっとヤメテ!」


その日の放課後。

家庭科室に入った先輩は、不意討ちでかましてやることにした私のスライディング土下座に、滅茶苦茶焦っていた。

……計画通りである。

あとは勢いに任せ説得し、無理矢理にでも来てもらう。


「最後の試合なんです! 来てください!!」

「嫌だよ!」

「土下座までさせておいて!」

「勝手にしたんじゃん!」

「お願いします! 先輩!!」


しかし先輩はやはり頑なだった。

いやまあ、そもそも計画が甘いのはわかってはいたが、策を弄しようにも私の頭はあまりよくないし~……


それに……誰かから『昔なにがあったか』を聞くのは、なんとなく嫌だった。


聞くなら本人に聞きたい!


「なんでそんなに嫌なんですか! 先輩野球好きでしょ?!」

「……嫌いだよ、野球なんて」

「嘘だ! 昨日バッティングセンターにいたじゃないですか! ホームラン打ってた!!」

「! なんなの? ストーカー?!」

「違っ……たまたまですー!!」


私達の不毛なやりとりを見かね、智香先輩が割って入った。


「なんか知らないけどさぁ…………清良、野球やってたの?」

「……」

「いいじゃん、試合観に行くくらい」


どうやら智香先輩すら知らなかった様子。


私は無言で帰ろうとする深井先輩の前に立ちはだかり、必死で進路を塞ぐ。

先輩は苛ついた顔をしていたが、私を乱暴に押し退ける様なことはせず……いつものように気だるげに視線を逸らし、深く溜め息を吐いた。


「…………わかった、行く」

「本当ですか?!」

「ただし……晴れたら」

「晴れたら…………」

「晴れたら、行く」


そう言うと、深井先輩は不満げな私の肩を軽く押して、家庭科室を出ていってしまった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 深井先輩と秋穂ちゃんのやりとりがいいです! めっちゃテンポ良くて楽しい!!
[良い点] ぬうう! 青春の香りがしますね! 傷つき、そしてまた立ち上がる少年たちの汗と涙が見えます! ぐっと来そうです!
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