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曇天フルスイング  作者: 砂臥 環


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11/12

一ノ瀬 秋穂⑤

※一ノ瀬視点

 

「……アウト! ゲームセット!!」


「「!!」」


深井先輩と、明星学園捕手、笹形くんが同時に息を飲むのが、ベンチからでもわかった。


──うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!


歓声の中、先に立ち上がった笹形くんが、先輩に手を差し出す。

だがそれを取ろうとするより先に、先輩も彼も、駆け寄った双方のナインに揉みくちゃにされた。


「ヤベェェエエ工!! 滅茶苦茶シビレました!! あの予告ホームラン!」

「からの! 左中間狙いへのバットの切り替え!!」

「良くやったよ! うん、お前は良くやった!!」

「…………」


深井先輩への称賛の声。

それに、嘘はない。

──でも、


暫く呆然としていた深井先輩は、俯き、「ごめん」と小さく一言だけ発した。


皆、一気に泣いた。

私も、泣いた。


ウチのチームで泣いていないのは、4人だけ。

佐伯先輩、二宮先輩、深井先輩……それに、高原くん。





二宮先輩に促されて、整列をする。


「「「ありがとうございました!!」」」


両チームに惜しみない拍手が送られた。ギャラリーにも泣いてる人が沢山いる。

終了のアナウンス。そして通常ならグラウンド整備だが……


その前に、佐伯先輩によるマイクパフォーマンスが行われた。


「え~、ゴホン」


ナインだけでなく、ギャラリーも泣く中……佐伯先輩だけはずっと笑顔。

些か芝居がかった感じで咳払いをして、話し始めた。


内容は、両校と審判、協力してくれた人、来てくれた人への感謝から始まり……次に今後も明星学園との交流試合を続けていきたい旨。


そして──()()()()()()()()()


もう、ウチのナインは大号泣だった。


だがやはり、泣いていない人はいる。

主将高原くん、前主将二宮先輩。


高原くんは審判にお礼を渡していて、二宮先輩は明星学園へ挨拶しに行っていた。──彼らにはやることがあるのだ。

それを見て私も、涙を拭いながら明星学園の吹奏楽部にお礼を言いに行き、その次はウチの吹奏楽部へ。

その度労われ、また泣かされてしまったのだが。


グラウンド整備には深井先輩は参加せず、知らぬ間にどこかに消えてしまっていた。





──『深井先輩をゲームに参加させよう』。

これは畑くんの発案だった。


全てのわだかまりが消える訳では無いが、先輩らは誰も悪くなく……また、誰も誰かを責めてはいない。


責めているとしたら、それぞれが自分自身に。

そして皆、野球を愛している。


最初は高原くんが「最後のゲームを台無しにしたくない」と少し反対したが、畑くんが「あの人は今も現役だ」と説得をした。

私もバッティングセンターで深井先輩の凄さを見ている。結局は全員その発案に賛成し、企画を急ピッチで詰めた。


周囲に協力を仰ぎ──二宮先輩には、当日深井先輩が来たのを確認してから話した。

先輩は「馬鹿だなぁ」と呆れつつ、笑っていた。


最後まで知らなかったのは、佐伯先輩と深井先輩本人だけだ。





吹奏楽部への挨拶を終えた私は、協力してくれた智香先輩と他校のお二人にもお礼を言いに行った。


「清良は? グラ整にいなくない?」

「それが、いつの間にか消えてて……」

「部室じゃん、着替えあるし」

「ほっとけよ。 ……泣き顔を見られるの、死ぬ程嫌ってタイプだぞ?」


そうかもしれない……でも、


「……少し見てきます。 部室、この後ナインも戻るんで」


3人に会釈をして、私は部室へ走った。


(部室にいたとして……怒ってくれるならいいけど、泣いてたら? でも……皆に見られたら余計に嫌だろうし……ああもう、とにかく急がなきゃ)


──部室の扉は閉まっていた。

深井先輩は中にいるようだ。

軽くノックをし、声を掛ける。


「……深井先輩?」

「もう出る」


不機嫌そうな先輩の声に、安堵した。

どうやら泣いてはいない。


自分は散々泣いてたクセに、虫のいい話なのだが……泣いていたら、どう声を掛けていいかわからない。


扉が開き、着替えた先輩はジロリとこちらを見た。改めて深井先輩の身長が高いのを感じ、少し身構える。


「一ノ瀬さん」

「はい!」

「スパイク、誰の?」

「え……と、あ、宮部先輩の予備です」


先輩の下駄箱を調べたら、足のサイズは26cm……同サイズの宮部先輩の予備をお借りした。


「ユニフォームは?」

「アレは、部の予備で……っ深井先輩の、です!!」


即席だったので、背番号はなく……話し合った結果、マーカーで『0』と手書きしたのだ。


だから、ユニフォームは間違いなく深井先輩の。

深井先輩の為の背番号だから。


深井先輩は少し驚いたようで、長い前髪の間から覗く瞳を大きくする。その視線は悩んだように宙をさまよってから、私に向けられた。


暫く黙っていた先輩が、ゆっくりと口を開く。


「──要らない」


いつものハスキーヴォイス。

その言葉に涙がポロッと落ち、慌てて拭った。


結局私のしたことは、自己満足に過ぎなかった──そう思った私の斜め上から、深井先輩の笑いを含んだ声。


「もらっても()退()()()


顔を上げると、深井先輩は笑っていた。


「あげる、ちょっと汚したけど。 ……背番号『0』とか、それっぽいじゃん」

「先輩……」


私はまた泣いてしまって、止まらなかった。

先輩はそういうのに慣れてないのかオロオロし出して、私は泣きながら笑ってしまった。


「おお、かっけえなぁ」


扉の前にはいつの間にか二宮先輩が立っていて、からかうように深井先輩に言う。深井先輩は少し恥ずかしそうに「うるせーよ」と言って、二宮先輩を軽く蹴る素振りをした。


「深井先輩!」

「やった、まだいたー!」


グラウンド整備を終えた皆も先輩に気付き、走ってきた。





──それからは、なんかわちゃわちゃした。


「帰る」という深井先輩は皆に囲まれて帰れず、その間に智香先輩らも来て交ざったり……


観覧してた近所の方のご好意で、両チーム分以上のソフトドリンクとハンバーガーの差し入れがあったり。

貰うだけ貰って、その近所の方がどなたかを、ちゃんと把握してなかったり!


「──近所の方!? どこ!?」

「すぐ帰ったよ」

「名前聞いてないの?!」

「毎回来てる人」

「……ええ!? ちゃんと聞いてよ、そこは!!」


ため息混じりに二宮先輩が言う。


「落ち着け、一ノ瀬。 ……後で生徒会が記入してもらった名簿と照らし合わせよう……」


片付けは大体終えていたが、もう泣いている余裕はなかった。


ギャラリーも大方、はけた時間。

あてがった空き教室から、着替えを終えて出てきた明星学園の生徒達と共に、観覧用にブルーシートを敷いていた部分で、差し入れを頂くことになった。


──その許可や明星学園への声掛けなどの諸々も、私と高原くんと二宮先輩が請け負った。そこにムードとか余韻とか、そういうのが入る余地は皆無。


私は改めて、マニュアルに付け加えるべきことを考えつつ、その周知の必要性を感じていた。





明星学園の生徒が帰り、全ての片付けが終わった後──

整列した私達は、向かいの先輩達に向けてこれまでのお礼を言った。少し離れたところで、バツの悪そうな顔をしている深井先輩を無理矢理3年生の列に立たせて。


深井先輩がいたからこそ、おそらく佐伯先輩は……そしてそんな佐伯先輩がいたからこそ、3年生は野球部にここまで力を尽くしたのだろうから。


更に、それも終わった後。


「──一ノ瀬、」


帰ろうとした私を、佐伯先輩が呼び止めた。


「送るよ」

「!」


周囲を見ると、皆、素知らぬフリをしている。物凄く不自然に。

……おそらく誰かが気を回したに違いない。


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― 新着の感想 ―
[良い点] これで試合終了かー(´;ω;`) 清良さん、足が大きいんですね! そして、功労者に皆がご褒美! ファンタジーとリアルが奇跡のバランスで詰まってますね(;∀;) [一言] 一度目を徹夜中に読…
[良い点] すごい! 良い試合でした! これは泣く! 冒頭から深井先輩の「~あげる」 までウルウルしっぱなしです!! なんってカッコいいんだ! からの…… 続きを楽しみにするしかない展開! すばらー!…
[良い点] ……ユニフォームのエピソード、いいっすね。 こういう小道具を上手く使った、そしてキャラの個性が際立って生きる演出、好きですねえ。
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