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ホットケーキはいかが?

海の神ポセイドンです。


 俺の周りは仕事関係の大人ばかりだ。


 我が子ですら、周りの部下や大勢居る妻達に子育ては任せっきりで、自分の腕で抱いたのは遠い昔の記憶でしかない。


 そんな俺が手を取って小さな歩幅に併せて歩き、抱き上げた腕の中で寝た子を起こさないように歩き、一緒に泳いではしゃぎ回り、背中に乗せて……


 そんな事をした子供なんて……初めてだった……


 いや……今では遠い記憶の向こうだが、弟が小さかった頃にしていた気がする。

 今となっては遠い記憶の向こう側だが。


「権能だけ発現するようにして、楔にしてくれれば良いさ。崩壊を止めるだけなら俺1人で十分だろ?」


 俺がやった事で亀裂の入った世界の壁、正式な手続きを踏まずに異界へと魂を拐ったが故に起きた事。


「なあポセ。俺は魂を司る神である前に、お前の家族であり、お前の兄だ。弟を……毛の1本も動かず、何も考えず、物言わぬただの楔に出来ると思うか?」


 滅多に表情の変化を見せない兄ちゃんが、泣き出しそうな目で俺を見つめながら……何度も何度も殴って来る……


 避けもしないさ、だって兄ちゃんの拳なんて痛くないから。


 俺は海そのものだ。海が殴られて痛いと思うか?


 ただ兄ちゃんの身体は、生者に直接触れたら、触れた部分が腐ってしまう。

そのせいで少しだけ顔が腫れてるな……こんなもの、数日もすれば元通りだ。


 大海原の浄化作用は、多少腐った所で屁でも無い。


 結局、ポムちゃんの上司も連れ添って魂を在るべき場所に戻す事になったんだが、まさかアイツらが、こうなる事を予測して行動していたなんて知らなかった。


「痛い時は、御守りの中に入ってる薬を食べる……」


 隣の部屋の風呂場の場所から、そんな小さな呟きが聞こえて来た……


 俺は海の神で、地上の生き物に手を差し伸べる事は基本的に出来ない。


 だから助けてやれない……


 なのに、傷だらけで衰弱していたはずの杏は……


 ドアを開けて……外に出たんだ……


 追い掛けてみた……アパートの階段を小さな体で必死に降りて行く姿、古い街並みを何か探しながら歩く姿、小さなシールを見付けて叫ぶ姿……


 全部が俺には理解出来なかった。


 ただ……その姿は、生きたい! と必死に訴え掛けてくるように感じた。




「なあ大国主。頼むよ」


 アイツらの行動を知って、ボロ雑巾のような子供の行動を見て、俺の心にも変化があったんだろうな……


「海皇殿、我をあだ名では無く大国主と呼ぶからには、友としてでは無くオリュンポスの神としての行動と受け取って良いのだな?」


「いや、オリュンポス十二柱では無く、地球の海の覇者ポセイドンとして頼んでいる。意味は分かるか?」


 日の本の魂と神を総べる裏番長・大国主に直接交渉するなんてな。


「日の本の神も2割は敵に回るか……」


「俺自ら八百万の神々にプレゼンでもしようじゃないか。主だった日の本の神も、ちょうど神在月で出雲に来ている」


 様々な世界を統べる神々にプレゼンした若者よりはマシさ……



「俺は自由に日本を闊歩したい。それは海だけじゃない、陸地も全てだ」


 主だった八百万の神々が忘年会の為に集まって来た出雲に、衝撃を起こしてやった。


「何を言われる。貴方は海の神だろう。日の本の大地まで貴殿の物にされるおつもりか?」


 突っかかってきたのは、鋭い目付きの小男。


 日光に祀られている人神だな、確か東照大権現の子孫だったか……


「俺の物? ふっ……海に繋がる全ての物が俺の物。ならば海の幸を享受する日の本の大地も俺の物だ」


 名前は……綱吉だったか……


「そのような無理は通さん。例え海皇殿とて刺し違えてでも止めてみせよう」


 後ろには……八代目だったか……どちらも生前は復興と改革で名を成した将軍だったな……


「ならば全ての海は日の本を飲み込む為に動き出す。更地になった後に手に入れても構わんさ」


 俺の部下でもある日の本の海の神々が、絶句しながら、どうして良いか分からずに焦り始めている。


 地球の海の頂点・海皇に従うか……


 海皇と袂を分かち、日の本の神として戦うか……


「なあ海皇殿。何故に日の本で自由を得たいのだ? 今でも十分に自由を得ているではないか?」


 静まり返る忘年会会場、全体に通る声でやっと口を開いた大国主……


 既に八百万の神々を率いて海と決別する覚悟を決めているようだな、手に持つ神剣が怪しく輝き始めた。


 ここで言葉を間違う訳にはいかないな。


「海の汚染を食い止めたい。その為に地上の神々と連携を密に取れるように、今以上の自由を得たいのだ」


 俺の言葉が放たれた直後、困惑していた日の本の海の神々が吠えた。


 忘年会会場が割れんばかりの怒号で満ちる中で、俺の横に並んだのはワダツミ。


「同士海皇。お主の事を暴れ回るだけの馬鹿と誤解しておったワシを許せ」


 許したく無いな……


 だがな、海は寛容なんだ、許してやろうじゃないか。


「ワシは海皇の手を取る、日の本の海の神よ今こそ海の豊かさを取り戻す時ぞ!」


 馬鹿はコイツだ……さすが2千年近く同族でヒャッハーしまくってた奴らの神々だよ……


 脳筋にも程がある……


「良い環境の山と川、豊な大地が恵まれた海を作る。その為に日の本から始めたいのだ」


 同じ国の神々で争ってどうなると言うのだ……


「どういう事だ同士海皇?」


 様々な宗教に寛容なこの国から始めよう。

 失敗は許されない? いや、まあ失敗したら大洪水でも起こして次の文明でも育てれば良いか……


「俺に地上の生き物に自由に手を差し伸べる権利をくれ。なに、奪おうと言う訳じゃないさ、与えたいのだ」


 俺の言葉に大国主も剣を納めたな。


「何を与えるのだ?」


「それは。この場の神々にも試して貰おうじゃないか」


 俺が与えるのは様々な料理。


 爆釣に手伝わせた地獄産の調理された魚貝類と……





「お嬢さん、ホットケーキはいかがですか?」


「メープルシロップを多めでバターはちょっとだけ」


 今の俺が何をしているか、それは……


「保生さん、こんな事でどうやって海を綺麗にするのですか?」


「今いい所なんだから黙って焼き続けろ。甘い物を求める子供の食欲はこんなもんじゃ無いぞ」


 杏が美味しそうにホットケーキを頬張る姿をコッソリ撮影する邪魔をしてくる綱吉……邪魔だなあコイツ……


「手で直接食べるんじゃ無い! フォークを使え」


 子供達に集られて困惑している吉宗……ズボンがヨダレとシロップでベトベトじゃないかw


「この子達のうち、1人でも大人になって地球環境を真剣に考えてくれたら、それで良いのさ」


「そんな小さな事からで良いのですか?」


 大国主が俺の監視の為に付けた2柱の人神もホットケーキ屋としてコキ使いまくってやる。

 

「お前が作った令の模倣だがな。本来の目的を上手く隠して次の世代に継続させたんだろ?」


 コイツが生前作った令。それまで日本人とは同族で殺し合う事が普通だったし、他人を殺害してでも自分の出世の為ならと考えるような奴らで溢れ返っていたのに……


「見抜かれてますか……」「そこ! 小さな子のホットケーキを取るな! まだまだ焼くから待ってなさい!」


 改造した荷台でホットケーキを焼き続ける綱吉と俺。

 子供達の対応にてんやわんやの吉宗。


「保生のおじちゃん、お代り良いですか?」


「何枚でも、子供は食いたい物を腹いっぱい食べるもんだからな」


 ホットケーキ屋を始めて、久しぶりに会った杏は、地獄に居た頃より痩せていて、着ている物も上等とは言えない物だったが、それでも良いさ、ここから始めよう。


「今はまだ小さな水滴が作った小さな波かもしれんがな、波は様々な物の影響を受けていずれ大きなうねりとなる。巨大なうねりとなったなら……」


「それは世界を飲み込む津波となるですか……」


 出雲大社で俺が出した料理達は、八百万の神々の舌鼓を打たせた。


 そして俺が手に入れたのは……


「ホットケーキの移動販売たらふく屋……次に来るのは来月だ、腹を空かせて待ってろよ」


「「たらふく屋さん、ごちそうさまです、ありがとうございました」」


 たかだか数十枚のホットケーキで、子供達の素晴らしい笑顔と感謝の気持ち。


「綱吉、吉宗……お前達は名前を変えろ。そのままじゃ屋台を任せられんだろ?」


 元将軍の新しい部下2人。


「そのうちアイツらも誘ってやろうかな……」


「どうしました保生さん?」


 アイツらに自慢出来る沢山の杏の写真。


「なんでもない。独り言だ」


 気合いを入れなきゃいかん新しい仕事だな。




ポセイドン


オリュンポス十二柱の1人


本作では、自由気ままな荒れ狂う海の神として、自分の事にしか興味の無い神として出したかったのですが、いつの間にか超良い奴になってしまいました。


 良い奴にしてしまったんだから、こうなりゃトコトン良い奴にしてやろうと思い、最後まで良い奴として書いてみました。



読んで貰えて感謝です。

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