9話 コボルト
コボルトに傾き切っていた戦況は一変した。最初に襲ってきたコボルト達の半分は既に狂戦士によって殺されている。
残りのコボルト達は心臓狙いを徹底した兵士達を相手に苦戦を強いられている。一対一ならそれでもコボルトに分があっただろうが、エルフの兵が加わった事により、今やコボルト一匹に対して兵士の数は四、五人。最早このままでは壊滅するのは火を見るよりも明らかだった。
それでもコボルト達は中々撤退しなかった。生み出されてから今まで人間に負けた事が無かった彼らにとって、人間は弱く、小さい。食らうか、慰みものにするかの存在でしかなかった。
今まで数えきれない村を焼き、人を殺してきた。彼らにとってそれは日常的な娯楽に過ぎなかった。人間は、腹を満たし、残虐な本能を発散させるだけの道具に過ぎなかった。
もちろん抵抗する者はいたが、彼らにとってそれらを打ち倒す事は赤子の手をひねるよりも簡単な事だった。
――狂戦士と会敵するまでは。
轟音。
猛り狂う風。
狂戦士の立ち回りは正に暴風。
巨大な剣が閃くたび、青い瞳から光が消える。
白刃の中心では常に紅い瞳が明滅し、剣の動きに合わせて縦横に光の筋を作っている。
邪神の加護を受けた彼らは心臓「コア」を破壊されなければ死なない、はずだった。
しかし狂戦士に斬られたコボルト達は、たとえそれが足であっても、指先であっても、苦しげな声で呻きながら黒い灰になってしまう。
あの剣で斬られたら、それがどんな部位であっても、死ぬ。
狂戦士は雄叫びを上げながら、狂ったように剣を振り回す。
勝てない。殺される。
鮮血のように光る双眸はコボルトにとって恐怖の象徴となった。彼らにとって生み出されて初めて、そして最後に感じる恐怖だった。
気付いた時には既に、コボルトは僅かしか残っていない。周りを兵士達に囲まれて逃げる事も出来ず、彼らは最早狂戦士に殺されるか、兵士に殺されるかの二択しか無くなっていた。
コボルトは初めて、数多の人間達に味合わせていた絶望を、自ら感じることになるのだった。