8話 援軍
「同胞よ、大丈夫か」
イリスの元に駆け寄って来たのは、長い金色の髪を後ろで束ねたエルフの男だった。
弓を担ぎ、剣を携えているところを見ると、どうやら兵士のようだ。どうしてエルフがここに……。
ふと周りを見ると、先ほどと戦況が一変していることに気付く。絶えていた勇ましい男の声が再び聞こえ始め、コボルトと戦う兵士たちの姿がそこかしこに見られる。そのほとんどがエルフだ。
狂戦士の存在が強烈過ぎて、どうやら周りの変化を見逃していたらしい。
「どうして」
色々と聞きたい事はあったが、イリスの口から出たのはその言葉だった。
「我々は領主様の命を受け、三日前からこの近くにある同胞の集落に留まっていた。近くで魔物の被害があったらしい、と」
ということは、彼らはイリス達が目指していたエルフの村から来た兵士たちらしい。
エルフの男は不意に横を向いた。視線はコボルトを次々に切り倒す狂戦士に向けられている。彼の表情は驚きと苦笑の入り混じった複雑なものだった。
「我々と同じ宿に滞在していた彼に叩き起こされたんだ。『近くで魔物の気配がする』と。私には何の気配も感じられなかったから半信半疑だったが……」
あまりに必死な彼の形相を見ていると、どうしても嘘だとは思えなくてね。とエルフの男は続けた。
このエルフの兵士たちを連れて来たのもあの少年……狂戦士なのか。
「魔物の心臓を狙うよう、我々に教えてくれたのも彼だ」
エルフの男はまた別の方に視線を移す。イリスもそちらに目を向けると、動き回るコボルトの群れに絶えず矢を放っている集団がいる。
矢を受けているコボルト達は、恐らく村から上がって来た敵の援軍だ。それをエルフの弓兵達が足止めしている。
イリスもそうだが、エルフは元々弓の扱いに長けた者が多い。この部隊も例外ではないようだ。
絶えず風を切る矢の音が響き、そのほとんどがコボルトに吸い込まれるように命中していく。
その中で、狂戦士に斬られた個体と同じように、黒い霧になって消えていく個体がある。恐らくは心臓を貫かれたのだろう。
無論、コボルトの数自体はあまり減っていない。
しかし正確な射撃と矢ぶすまの前に、魔物は右へ左へ逃げ回るのが精いっぱいで、こちらには近付けないと見える。
――彼は何故、コボルトが近くにいると分かったのだろう。そして何より、どうして心臓が弱点であると知っていたのだろう。
「彼は、何者なの?」
「……分からない。だが、彼……狂戦士がいなければ君たちは全滅していたし、私たちが滞在している集落も落とされていただろう」
あれだけ強いとどちらがモンスターか分からないよ。と苦笑混じりに言い、エルフの男は弓を手に去って行った。
モンスター……。
イリスは再び狂戦士に目を向けた。
その立ち回りは豪快の一言。大きく振りかぶってコボルトを一閃。踏ん張りながら剣を担ぎ、体を捻って、また一閃。
大剣を大雑把に振り回す姿だけを見ればただの力自慢。一見隙だらけのようにも見える。しかし、その大雑把な一振り一振りは確実にコボルトを捉えていく。
イリスは段々とその理由が分かって来た。
振るうスピードが、異様に速い。
確かに剣を構える動きはゆったりしているように見える。しかし振り抜くその一瞬は全く目に追えない速さでコボルトを貫いている。もしかすると、その変則的な動きが逆にコボルトの目を欺き、混乱させているのかもしれない。
しかし何よりも特異なのはそのパワーだ。イリスは身の丈を超える巨大な大剣を使っている者も、ましてやあんなスピードで振り回す剣士なんて見たこともも聞いたこともない。
彼がはったりで大剣を担いでいる訳ではない事は、次々に両断されるコボルトや、剣に抉られて天高く舞い上げられる土を見れば明らかだった。
――彼は、何者なんだろう。
狂戦士の様子をじっと見つめるイリスに再び湧いてくるのはその疑問だった。