10話 素顔
「エルフのお姉ちゃん!」
背負ってきた少女達は、イリスが近づくと草むらから飛び出してきた。
「良かった。無事だった……!」
イリスは少女達を両腕で抱き締めた。自分の預かった命が二つとも無事だったことに、心の底から安堵感が込み上げてくる。怖かったろうに。よく途中で飛び出さずに隠れていたものだ。この子達は強い。
「よう」
その声の主は狂戦士だった。あらかたのコボルトが掃討されたので、こちらの様子を確認しにきたのだろう。
目にはまだ紅い輝きを放っているが殺気はほとんど消えている。
その彼を改めて観察する。
顔つきは精悍で整っているが、やはり青年と呼ぶにはまだ若すぎる気がした。
瞳が紅く光っていることを除けば、顔の整った普通の少年にしか見えない。体付きは筋肉質ではあるが、中肉中背の範囲を少しはみ出す程度で、背もそこまで高くはない。こんな少年が今まで、鉄のように固かったモンスター相手に大立ち回りを演じていたとはにわかに信じがたい。
しかし、狂戦士の頬や服に着いたおびただしいモンスターの返り血は、正しく彼が数十匹のコボルトを葬った事を証明していた。
「おい、エルフ」
狂戦士はイリスに向けて呼び掛けたらしかった。ところが辺りに居る兵士も殆どエルフであるため、数十人の目が一斉にこちらを向いた。
「アンタ達じゃないわよ!」
狂戦士は何故かおかま口調でブンブンと手を振った。一斉に見つめられて焦ったのだろうか。それともあれが素の喋り方なのだろうか。
「無事だったみてえだな」
狂戦士はイリスに向かって初めて笑って見せた。と言っても、その破顔は悪人が悪巧みに成功した時のような邪悪な笑みで、少年らしい瑞々しさは微塵もない。何だこいつ。
しかし、おかま口調でも、魔王のような笑顔をしていても、イリス達を助けてくれたことに変わりはない。
「その、ありがとう。貴方が居なかったら、あたしも、この子達も、今頃死んでいたわ」
「へっ」
狂戦士は得意げに鼻を鳴らした。
「もっと褒めて」
「嫌です」
喋っていると、思ったよりも厳つい雰囲気は感じないが、どうやら少し変わった性格をしているらしい。まあ己で己のことを狂戦士と名乗ったり、あんな大剣を振り回しているのだから、まともな性格をしている方がおかしいのかもしれない。
そうなってくると余計この少年に興味が湧いてくる。
「どうして、貴方の剣で斬られたコボルトはみんな消えていくの?」
すると狂戦士は表情を歪ませ、剣を自分の足元に鋭く突き刺した。
何かタブーに触れてしまったのだろうか。
「重てえ!」
重たかったらしい。
「この大剣の能力は二つ」
狂戦士は何事もなかったかの様に話し始める
「一つは斬ったものを消滅させる能力。もう一つは……」
そこまで言って、狂戦士は鋭く村の方を振り返った。
まだコボルトがいるのだろうか。
目を凝らすが何も見えず、耳を澄ますが何も聞こえない。
いや、聞こえてきた。コボルトの声に、似ているが、違う。
沸騰するマグマのようにグツグツと鳴りたて、遠くからでも身体の芯から震わせるような、異様に低く、不気味に響く声。
その時、青白い光四つが村から一直線に飛び出した。
速い。
先ほど村から上がってきていたコボルトとは比べ物にならないほどのスピードでこちらに迫ってくる。
先ほどまで緩んでいた空気が急速に張り詰めていく。エルフの弓兵たちは慌ただしく態勢を立て直し、弓に矢をつがえている。
「――もう一つは、全てのものを斬る能力。今から見せてやる」
そう言って狂戦士は大剣を引き抜いた。その目は再び殺気を宿しつつある。
「ボスのお出ましだ」