1話 燃える村
凍てつくような真冬の夜だった。
雲ひとつ無い新月の中、草原を山の方へ登って行く集団がある。
外側を武装した兵士達が五十人ほどでぐるりと取り囲み、その内側に、村人と思われる平服の人々が歩いている。
彼らは誰一人喋る事なく、全員何かに怯えたような表情で山へ向かっていく。
一見すれば奇妙な行動に思える。1kmほど横に行けば森に続く舗装された道があり、そこを通れば容易に森へ入る事が出来る。
それなのに敢えて生い茂る草木をかき分け、尚且つ今朝降った雨でぬかるんだ草原を選んで進んでいるのだ。
朝も近い夜更に、集団で。
イリスもその集団の中の一人だった。
集団の中で彼女だけがエルフ族であり、名うての冒険者であったため一際目立つ存在だったが、今は誰も彼女に目を向けようとしない。
気にする余裕がないのだ。
イリスも自分の足元を確かめながら、必死に森を目指していた。
端正な顔には大粒の汗が滲み、歩を進める度に筋を作って流れていく。
しかし彼女にそれを拭う事はできない。
村人の子供を、背中と胸に抱えて歩いているため、両手が塞がっているのだ。
そもそも今は目に入る汗など完全に忘れてしまえるほど、ひり付くような不安と焦燥感で満たされていた。
一刻も早く森に入る事しか考える事が出来なかった。
イリスは警戒した様子で後ろを振り返った。
エルフ特有の長い耳を冷たい風が撫でたその瞬間。
彼女の透き通るような蒼玉の瞳に、真っ赤に焼き尽くされる村が映った。
つい先ほどまでイリスや村人たちが寝静まっていたはずの村だ。
イリスは胸にこみ上げてくる絶望感を抑えようと必死に唇を噛み締めた。
村に残って時間を稼ぐと言っていた兵士たちも、あの気の良い騎士の青年も、みんな死んでしまったのだろうか。彼らの事を考えると泣き出したいような気持ちに駆られる。
その時、村の方から遠吠えが響いてきた。体が縮み上がり、凍えるような恐ろしい声だ。
あの声の主、得体の知れない連中の襲撃を受けて村は壊滅した。
私がもっとしっかりしていれば……!
冒険者として旅を続けていたイリスは、今朝、この村を訪れた時から違和感を感じていた。
そこは人口千人に満たない山の麓にある小さな村だったが、何故か百人近い兵士たちが守りをかためていたのだ。
聞けば近くでモンスターに襲われた村があり、兵士達は領主の命を受け、この村に遣わされて守りを固めているのだという。
しかし一度もモンスターの襲撃を受けた事のない村人たちに危機感はなく、むしろ兵士たちの食料を分け与えなければならない事を煩わしく思っているようだった。
守りを固めている兵士達の方も危機感は薄かったようで、村全体をどこか緩んだ空気が流れていた。
平和な国の平和な領地の中の事なので仕方なかったのかもしれない。
ただ、その夜起こる惨劇を目の当たりにして、村に居た全員がしょうがないでは済まなかった事を思い知ることになるのだった。
次話も今日投稿します。