セバスチャンと幼女のとある1日
「いきましゅわよ、せばすちゃ」
「かしこまりました、お嬢様」
紅葉のようなぷくぷくとした手をしっかり繋いで歩きます。
しかし、これはなかなか腰にきますね。
後で女官長に良く効く貼り薬を分けて頂きましょう。
ですが、お嬢様はあの独特な匂いが苦手なので湯浴みの前に取らなければ。不快感を与えないのは当然ですが、くしゃいと言われたくありませんからね。
「せばすちゃ、あれなーに?」
「あれはお嬢様が大好きなビワの木ですね。ほら、小さな実がついているでしょう」
「びわ!たべゆ!」
「緑の実は硬くて甘くないので食べられませんよ。もう少し暖かくなり、実が大きくなって黄色く色づいたら食べられますからね」
「あたたかく?」
「そうです、袖のない服を着られるくらい暖かくなったらです」
「そでないのきゆ!びわたべゆ!」
「お風邪を召してしまいますよ。そうですね、あと15回ほど夜寝たら食べ頃のとても甘いビワを召し上がれるかと」
「むぐぐぐ」
「待てばより一層美味しくなりますよ」
「……まちゅ」
「はい、お嬢様」
ぽてぽてぽて
スタスタスタ
「せばすちゃ、あれなにー?」
「おや、あれは庭師のトムと女官のニナ……さ、お嬢様、食堂で料理長に何か貰いましょうか。ビワはありませんが、おやつがあるかもしれませんよ」
「おやちゅ?ケーキ?」
「ケーキがあればいいですね。クッキーかもしれません」
「くっきー!しゃくしゃくあまいの!」
「ほんの少しですよ。お昼ご飯が入らなくなってしまいますから」
「ぶー」
「お昼のメニューは何でしょうね」
「さんどっちぱれたい」
「料理長が喜びますね。サンドイッチは料理長の得意料理ですから」
ふぅ、何とか遠ざかれました。
それにしてもあの二人は一ヶ月減給にしましょうかね。
勤務時間であるにもかかわらず……いえ、休憩中でしょうか。
どちらでも構いませんが、お嬢様に逢い引きどころかキスシーンまで見せてしまうところでした。
困ったものです。
しかし、使用人の中で良い仲になってくれると転職の機会は減るので、新しい使用人の面接をして素性を調べて仕事を教えて、という手間が減るのは確かですからあまり咎められません。
特に素性を調べるのは面倒ですし、お嬢様のお側にいられる時間を減らさず済みます。
……初犯ですし、減給は止めて厳重注意にしましょう。
二度目はありません。
「あらお嬢様、お散歩ですか?」
「うん!せばすちゃと」
「そうですか、それはようございました」
「うん!」
女官のミリーが目配せをしてきました。
これは何かありましたね。
そっと頷きます。
「さぁお嬢様、参りましょうか」
「はーい」
「おっと」
「えへへー」
お嬢様は常に可愛らしいですが、返事をするときがまた堪りません。
腕を大きく挙げるので、頭の重さに耐えられず後ろに倒れてしまいます。
それを支えるのも私の役目でございます。
食堂に着くと、侍女長のキエノクが待っていました。
お嬢様を料理長にお願いし、キエノクと奥の厨房へ参ります。
キエノクは大変信頼できますからね。そうでなければ食べ物を扱う場所代へは置けません。
「旦那様からご連絡がありました」
「何と?」
「今晩ご友人を招かれるので用意を頼む、と」
「どなたでしょうか」
「不明です」
「はぁ、全く。ということは当然人数も」
「はい、わかりません」
「今晩は何人くらいだと思います?」
「いつも通りなら5名くらいですかね」
「そうですね、多くても10名で見積りましょうか。女官を2名ほど厨房に回して、残りは半分が通常業務、もう半分は一応客室の用意をお願いします」
「かしこまりました」
「全く、旦那様は……そうそう、中庭トムとニナが暇そうにしてましたから、洗濯でもさせて下さい。あと、仕事が終わったら二人で来るように、とも」
「あら、まぁ」
「ではお願いします」
「はい、お互いがんばりましょう」
「はは、そうですね」
言葉の裏に隠されたモノには触れないのが一番。
さぁ、行きましょう。お嬢様の元へ。