1-75.『影のような空』
燈が考え事をしている自身の世界から我に返ると、透が月葉たちと話をしていた。慌てて、話を聞いて追いつこうとする燈。
「透くんはお人好し過ぎる……」
「そうかな。俺は、ああいう狂った人がどういう過程で狂っていくのか純粋に気になるだけなんだ。俺は医療の知識は大体の分野を身に付けたんだが、精神関連だけが難しくてな。目に見えるものじゃないから難易度がどうしても高く感じるんだ。最早、カウンセラーの領域になってくるんだろうけど。まぁ、他人のプライベートに干渉することにもなるから話して貰うのも悪くなるし難しいな」
「透くん、またお人好しが出てるよー!」
「あはは。本当に優しいね、トオくん!」
「……」
透と楽しそうに話す他の女子たち。少し会話に混ざるのに遅れただけで疎外感を覚えていたが、いちいち気にしていたらキリが無い。
燈は不自然にならない程度に相槌を打つ。少し惨めな気持ちになるが、部外者にならないように輪へ加わっていった。
「なんだか……疲れてきたな、精神的に。感覚が麻痺してきて今の状況に慣れ始めてしまった」
「ここは……地球上と似てるから少し落ち着くよね。なんだか、帰って来れたような気分……」
「たしかにそうだな。雰囲気はともかく、地球にいる感覚になる」
「そういえば……さっきも言ってたけど、地球上ってどういうことなの? トオくんたちは、ここが地球じゃないって思ってるの?」
「そうか。そういえば、乃之たちにはまだ話していなかったな」
「え? 気になるよー!」
透は、乃之と星名に一旦話す。後で落ち着いたら直輝や明日花、瞬にも話す方針である。
「そ、そんな……わたしたち、宇宙を越えて違う星に来ちゃったのかもしれないんだね」
「皆で宇宙旅行なんて嬉しいよー!」
「い、いや、まだ確定では無いから……」
「星名ちゃん、とてもポジティブ……」
「とにかく、途方に暮れることだが元の場所に戻る方法を考えないとな。もし、ここが本当に地球外ならどのくらい時間が経ってるかもわからないし。瞬間移動でこの世界に来たとは限らないから」
「瞬間移動の方法なら……かなりの年月が経ってる可能性があるもんね。地球の近くには、こんなに地球に似てる惑星って無いもんね?」
「そうだな。あの水晶玉のような物体に触れて、意識を失った気がする。もしかしたら、俺たちはその時にコールドスリープ状態に陥って長い時間を経てここに来たのかもしれない」
「もし、透くんが言ってる通りだといたら今地球がどうなってるのかわからない……」
「仮にここが片道百光年の距離だとしたら……帰る時には出発時から二百年後の地球になってるかもしれないよね」
「に……二百年!?!?」
乃之は思わず、青ざめながら大きく驚愕する。
「まぁ、仮定の話だけどな。俺たちの生きてる時代に、その移動方法はあまりにも非効率的だし。それと、俺たちはアンチエイジングワクチンを打っているから18歳以降になれば老化が3分の1遅れているはずだ。にも拘らず、俺たちは成長していなくて中学生の姿のままだから……年月は経っていない可能性の方が高い」
「そ、そっか……安心した。よ、よかったよ…………」
乃之は安堵して力の抜けた声が出る。
「ところで……今、何時なのかな。きっと、もう寝た方が良い時間だよね?」
「そうだな。本当は、ご飯を食べないといけなかったんだけどここにあると思えないし、何より夜食は身体に悪いからな。もう寝るしかない」
「刻ちゃん、戻って来るのが遅い……何をしているのか、気になる……」
「わたし、様子を見に行って来るよー! 透くんは、ここで待っててねー!」
「そうだった、俺が行ったら皆に怒られるところだったな。悪いけど、頼んだ」
「じゃあ、私も見に行って来る……」
星名と月葉がともに部屋を出る。星名が螺旋階段へ向かう。月葉は、螺旋階段に向かう星名を開けたままのドアの出入り口にて見守る。
一方、透は燈と乃之に囲まれている状態だった。ベッドに座っている透と燈。立ったまま、月葉の方を見つめている乃之。透の目の前に乃之、背後には部屋の窓側で燈がいる位置関係である。
月葉を見る限りは、何か変化の様子は無かった。
燈が透、乃之、月葉の三人を同時に視界に入れて見守っていると、何者かの気配を感じる。
(……え?)
燈は、サッと振り向いて窓の方向を見つめる。そして、膝歩きで窓へ向かい建物の外の様子を伺う。しかし、誰もいなかった。
その時、透に声をかけられる。
「燈。どうかしたのか?」
「!」
燈は、少しだけ両肩をギョッとびくつかせた後に透たちの方へ振り向く。透の言葉に反応したのか、燈目線で透の後ろにいた乃之や月葉もこちらを見つめていた。
皆に不安を煽りたくないので話すべきか話さないべきか一瞬迷ったが、透に嘘をつくのは気が退ける燈。正直に話さないことで誰かが危険な目に遭ってしまったら大変だと燈は思った。そうなれば、責任は取れないし早めに伝えなかった自身のせいになる。
それに、何かを感じたら話すことも透と約束したはずだ。皆の安全もそうだが、透との約束を燈は破りたくは無かった。
「い、今……何かが通ったような気配を感じて。それで、外の様子を見てみたら誰もいなくて……」
「え……? ここ、二階だよ? 誰かが通れるような高さでは……何かが飛んでたのかな?」
「い、いや……私も一瞬だからそこまでの区別は出来なかったけど。私の気のせいかもしれないし……」
「もし、燈の言う通り何かが通ったなら相当大きい存在が通ったことになるな……もし、ここが地球上なら麒麟か何かの可能性が出てくるけど」
「……なんだろう。ほ、本当に私の気のせいかもしれないから断言も出来ないんだよね。ほら、雲が通った可能性もあるでしょ……?」
透が燈の隣に来て窓の外を確認する。透と距離が近く、目線の高さが同じで露骨に赤面してドキドキする燈。ヒートアップしないように、なんとか自身を抑えた。
しかし、透は燈の様子に気づかないまま普通に話した。
「……でも、今は雲が一つも見当たらないな」
「あ……ほ。本当だね。ご、ごめんなさい、確認もしないで……」
先走った行動を取って罪悪感が出る燈。
「……あの空は、地球と繋がっているんだろうか」
「え?」
透の意味深な言葉に、純粋に疑問になる燈。
「と、透くん……? あ、あの空の向こうが宇宙なら、どのくらいの距離かはわからないけど地球と繋がっているんじゃないのかな……?」
「……そうだな。当たり前だったよな、何を言ってるんだろうな。俺は」
「…………」
透の言葉に、変に納得してしまう燈。何故かはわからないが、感覚的には透の言葉に無意識に共感してしまっていたのである。透の言葉だからなのだろうか。それとも、自身でも透と似た何らかを感じ取っていたのだろうか。それは燈自身にもわからなかった。
(どうしてだろう……透くんの言ってる意味が、なんとなくわかるような……)
空を見れば見るほど、何故か違和感が出てくる燈。
この世界に来る直前、町の電気が一つも点いていないあの不自然な世界での空は暗いというよりもただ黒塗りなだけのようだった空。それに比べれば夜らしい空で不自然な点は無さそうなのに……。根拠は無いが燈はどこかおかしい気がしていたのだ。
(私の知っている、地球上での夜空って……こんな感じだったかな? なんというか……箱の中のような。いや、箱の中身を内側から見たことないから説得力には欠けるけど……なんだか、中に閉じ込められているかのような……? だとしたら、この空は……いや、この世界は一体…………それと、さっき私が感じた気がする気配は、本当に何かの影だったのかな……)
燈は、恐怖心が段々とこみ上げてくる。




