1-73.『芽生える敵視』
透は刻と燈、そして怪我をしている星名やそれに寄り添う月葉とともに乃之の引率で移動した、
移動中、沈黙が続く透たち。透の言葉によって、今でこそ落ち着いてはいるが刻と乃之のギスギスもあって当事者の乃之本人や燈はそわそわしている。特に乃之はまだ刻に対して正直なところ苦手意識があり気まずそうにしていた。
そして、燈は少し傷ついていた。自身も刻と乃之の仲裁として注意をしたのだが二人の耳には届いておらず透が言ってようやく収まった事実に。当然、透の言葉に価値があることは燈自身にも理解している。しかし、自身には……まるで蚊帳の外のようで疎外感を抱いていたのである。
意識したつもりは無いのだが、普段の自分なら絶対に言い出せないことだし自身のと気持ちの弱さと性格上、確実に勇気を出していることなのにそれも結果が出せていないとなると……軽くショックだったのである。
燈が色々考えている内に、螺旋階段が視界に大きく映った。
ロビーと思われる場所には、螺旋階段が二つ存在する。正面から見てシンメトリーで、左右にそれぞれ一本ずつ存在している構造だった。乃之は、右側の螺旋階段に向かい、透はそれについて行って上った。
螺旋階段ということもあり、下は丸見えで高さをそれなりに感じる。
刻が透の目を覆い、しっかり腕を組んで一段一段を慎重に上っていく。
「透お兄ちゃん。絶対に目を開けないようにね」
「あぁ」
「これは……上り下りが結構怖いね。柵も隙間だらけだし……小さな子どもが上ったら、すり抜けて落ちちゃいそうだよ」
燈も螺旋階段に怖さを感じて足が震える。
すると、刻が燈の言葉に乃之に対する態度並みでは無いが不満を見せる。
「ねえ、燈ちゃん……透お兄ちゃんの前で、そんなこと言わないでくれるかな?」
「あ……! ご、ごめん!! 気が利かなかったよね、本当にごめんなさい……!」
燈は、刻に言われて焦る。強い罪悪感に急激に苛まれた。
「いや、大丈夫だ……それは上る前からわかってることだったから。ただ……そうだな。階段は昨日の件のせいで今後見る度に拒絶反応が起きるかもしれない」
「はぁ……許せないな。あの殺人未遂犯の罪の大きさは計り知れないよ、本当に。こうやってトラウマを植え付けられて、今後の人生において後遺症みたいに残り続けるんだ。よくも人類社会で有望な、透お兄ちゃんの人生を不便にさせてくれたよね」
刻は溜め息を吐いた後、苛立った声で言う。
そして、乃之もそんな刻に共感する。
「わたしも……そう思う。ほんとに許せない……わたしに、あの人を叩く資格は無いかもしれないけど。あの人のことは今までで一番大嫌いだよ。わたしがいつも揉めてる、あの女よりもずっと…………」
「……そうだね。私も許せないよ。悔しい。何の罪の無い透くんが、あんな目に遭わないといけないなんて…………」
「あいつを……颯空たちに任せていて大丈夫なんだろうか。なんだか心配だ」
「ダメです、一番危険なのは透お兄ちゃんなんだから。ここは皆を信じて、あの殺人未遂犯を任せよう。私も、後で訊き出さないといけないことがあるから」
すると、ずっと泣いている星名が透に懇願する。
「お願い、透くん……あの怖い人には、近づかないで。なるべく同じ空間にいないでほしいの……いくら拘束してるからって、あの人は言葉だけで嫌な破壊力があるの」
「せ、星名……」
「星名ちゃんがそこまで言うなんて……よっぽどなんだね。透くん、もう皆の意向に従おう? 私も、皆と同じように不安だし心配だよ。海崎さん……の狙いが透くんなのは間違い無いんだし。彼の目的がどうであれ、絶対に危険だよ」
「……正直、俺はあいつとは面と面で向かい、話し合いたいとは思ってたんだけどな。やられた身だからこそ、知りたいことがあるんだ。それに、何故俺にここまで固執するのかも気になるしな。教えてくれる保証は無いけど。でも、これ以上、皆に迷惑や心配もかけたくないし、俺も必要以上にあいつに自ら関わりに行くのは気が退ける。今は様子を見て、皆の言う通りにさせて貰う」
「と、透くん……」
透が悩んでいるように見える燈。燈自身も含めて、周りがこんなに憤りや悲しみを見せているのに、ターゲットである透本人が最も落ち着いていて何とも言えない気持ちになっていた。そんな優しさや落ち着きを持つのが透の良さであるのだが……いくら透が賢くて騙せにくい人物であるとはいえ、狡猾な人に良いように悪用されたりしないかとても心配だった。
透のセキュリティの低さを疑っているわけでは無いが、もしものことがあったらと思うと燈は凄く怖かったのである。
(私は……透くんを支えなきゃ。いつも守ってくれたり、助けられたばかりだから……私も、透くんの支えになりたい。勝ち負けじゃないけど……皆に負けないくらい、刻ちゃんにも負けないくらい、透くんの傍で守りたい。いつまでも……このままではいけない。透くんだって、日に日に成長して少しずつ変わってる。私も成長していかなくちゃ……)
弱々しくて自信が足りていなく、そう上手くいくかどうか不安な燈だったが、そんな燈でも透への想いの強さだけは自信があった。
この自信を……背伸びしてでも動力源に変えていけたらいいなと燈は思っていた。
燈が悩んでいる間、透たちは会話を続けていた。
「それがいい……あの人物が何を企んでいて、何を所持しているのか、わかったものじゃない……」
「勿論、警戒はするし注視は必要だ。あいつの素性も、まだハッキリとよくはわからないからな」
「たしかに、ああいう異常な相手こそ中身を知っておかないといけないよね。あの手の相手は、知れば知るほどムカついて嫌いになるタイプなんだけど……でも、そうしないと透お兄ちゃんを無法地帯にさせ兼ねないから。どんどん、自衛や警護を固めていかないとね」
透たちが話しながら歩き、ようやく乃之の足が止まる。どうやら、目的地に辿り着いたようである。
「ここだよ。トオくん」
「ありがとう」
透がドアノブを握り、そっと開ける。それについて行く刻たち。透たち六人は一斉に部屋の中へと入室した。
部屋の広さはまぁまぁだが、六人が同時に入ると少し窮屈に感じるくらいの広さだった。しかし、部屋は多数あるので泊まるには十分の広さで悪くは無さそうだった。
室内はアンティークで洋風っぽい雰囲気だった。ある程度の間、誰も管理されていなかったのか所々埃っぽさがあったが利用する分には支障は無さそうであった。
「乃之。救急箱のような物を出して貰えないか?」
「う、うん……これだよ」
乃之が、引き出しから小箱を取り出した。すると、包帯やガーゼといった地球上と変わらない医療セットが綺麗に揃っていた。しかし……医療セットに所々書かれている文字は、相変わらずどこの言語かわからなかった。
「緊急とはいえ、一応は他者が用意した物を勝手に使うわけだからなるべく使い捨てじゃない物を使おう。星名、怪我したところを見せてくれるか」
「う、うん……」
透は、緊急で急いで星名の手当てをした。手際よく短時間で終わらせる。透の行動力に感心する刻たち女子五人。
「よし、これでもう大丈夫だ」
「ありがとうー! 透くん!!」
星名は再び元気になり、透に笑顔を見せた。そして、乃之は星名の笑顔を見て気づく。今まで見て来たアイドルとは何かが違う笑顔であることに。大切な人にしか見せないような……そんな様子の笑顔だった。
ファンとして今まで応援してた、いわゆる推しである神田星名というアイドルも……また、透のことが心の底から大好きなんだと直感する。乃之は、応援していた推しアイドルも恋敵だという事実に複雑な心境になる。
しかし、乃之はそんな星名とは揉めたくなかった。同担……という手もあるが、透に対する独占欲もあるので内心混乱する乃之。唐突のことに、内面をぐちゃぐちゃに荒らされてしまったような感覚になる。
「乃之ちゃん? どうしたのー?」
「え?」
星名に突然呼ばれて、びっくりする乃之。
「大丈夫ー? 透くんをここに案内してくれてありがとー! 乃之ちゃんのおかげで、治療して貰えたよー!」
「あ、えっと……そ、そっか。それは……よかったよ!」
「…………」
ファンである乃之が星名の透への恋愛感情としての好意に気づいた瞬間を、刻や燈、月葉はしっかりと見逃さなかった。
しかし、今は私情を持ち込んでいる場合では無いと割り切る。これから別の意味でも忙しくなりそうだが、透を危機に晒してる共通の敵が現れた今、複雑な感情が多少は混ざりつつも幼馴染み同士で争っている場合では無いという気持ちで三人は一致していた。




