序-9.『再会』
少女がこちらへ向かってくると、直輝は更に興奮する。
「うおー! 彼女がオレの所に来るぞ!! オレの気持ちに気づいてくれたんだ!! おい、デカ女! この手を離せ!!」
「だめだめ、落ち着いてっての……! はぁ、明日花とはまた違った意味で面倒くさいや……」
少女が透の目の前に立つと、透とその周囲はポカンとしたまま止まっていた。少しして、少女は涙が溢れるように泣き出して透に抱きついた。
「トオくーん!! 会いたかったよおおおお!!!」
「うわ」
抱きつかれる透は、頭が回らず何が起きてるのか理解出来なかった。明日花の件でせっかく落ち着いたと思いきや、今度は違うことで騒々しくなる。
「ちょ、ちょっと待て! 落ち着いてくれ!」
透が振り絞るような声を出すと、瑠夏は直輝を放り投げて慌てて今度は透に抱きつく少女の肩から二の腕の辺りを掴んで引き離そうとする。
「ま、待って!! 透のこと知ってんの!?」
「と、とりあえず透くんから離れてくれる!? 今、透くんは大変だから……」
燈も瑠夏に加勢して少女を透から引き離そうとする。
「いや!! だって、10年ぶりの再会なんだよ!?」
「10年ぶり……?」
颯空は驚いて声が掠れる。
「そうか……さっきの点呼で名前を聞いた時、どうりで聞いたことあると思ったら……乃之。お前だったんだな」
「トオくん…………わたし、すっっっごく嬉しいよ。10年も会えなかったのに、覚えていてくれたんだね…………」
雲母乃之。透の幼馴染みの一人。おっとりした性格だが甘えん坊で天然な一面もある、背が透や明日花と同じくらいの女の子である。家が大豪邸の大金持ちだが、一人娘である雲母家のお嬢様でもある。透の母である麗美と、乃之の母が大親友の関係である。
「と、透? まさか、透もこの人のことを知ってるのか……?」
「……あぁ。思い出したよ。お前らは面識無くても無理も無い。俺だけが昔一緒に遊んだことある幼馴染だからな」
「え? それってどういう意味……」
「燈を除く、お前らと幼い頃からの仲になる前だった3歳の頃、かつてよく一緒に遊んでいた女の子だ。俺がお前らと親しくなる前に、彼女は親の仕事の都合で日本から国際都市へと引っ越してしまった。要するに行き違ったんだ」
「俺たちが透と仲良くなり始めるその前に……もう一人透と仲良くしていた人がいたってことか」
「は、初耳なんですけど……え? 燈を除くってことは、燈は知ってるの?」
「ううん、知らないよ。私も今が初対面だよ」
「燈を除くっていうのは、俺が乃之と仲良く遊んでた時点では、唯一遊んだことある人って意味だ。ただ、燈も家の都合でタイミングが合わず、それで燈と乃之が会うことは無かったんだ」
「あぁ、そういう意味か……刻は知ってるの?」
「いや、知らないはずだ。刻が松本家に迎えられたのは、乃之が国際都市へ引っ越した直後だから」
「へえ……じゃあ、本当に透だけしか面識ないんだ」
「あぁ。だから、俺が皆を乃之に紹介して、逆に乃之のことも皆に紹介しないとな」
「今でこそよくつるんでる俺たちも、大半が透経由だしな……そういう意味では、別にイレギュラーってわけでもないよな」
「そういうことだ。じゃあ、乃之。紹介していくよ。こっちが燈、乃之に真っ先に掴みにかかったのが瑠夏、俺の隣にいるのが颯空。それで、あそこでうつ伏せで倒れているのが直輝だ」
「そうなんだ! 教えてくれてありがとう! 皆、よろしくね!」
「うん、よろしくお願いします」
「よろよろー」
「よろしく」
「それで、乃之についてだが……さっきも言った通り、3歳の頃に日本を出てしまったんだ。10年ぶりの再会だから、日本に帰ってきた日もおそらく最近だと思う。だから、おそらく日本にいない期間の方が長いだろうな。もし、日本のルールやマナーについて、乃之が不慣れそうだったら助けてあげたり温かく見守ってほしい」
「うん、わかった!」
「よろしくお願いします!!」
乃之は笑顔で燈たちに挨拶をする。
「そうだ。入学式が始まる前に、手洗いでも済ませておくか」
「いいな、それ。俺もついて行くよ。まだこの学校に慣れてないしな」
「ありがとう、颯空。頼もしい。直輝、お前はどうする?」
直輝は慌てて起き上がる。
「……って、あ!? な、なんだ!? ど、どうした、透? 颯空も」
「トイレ行くかどうかだよ。入学式はどのくらい長くなるかわからないから、行くなら今のうちだぞ?」
颯空が補足すると、直輝は突然身だしなみを整えてシャキッとし始める。
「お、おう! オレも行くぞ!」
「そうか」
透は颯空と直輝をつれて、一旦1年C組の教室を出て男子便所へと向かう。その時、明日花はハッと意識が整い、透を追うように再び向かおうとする。
「透! どこ行くのよ!! また逃げる気!? 卑怯よ!!」
明日花が透を追いかけようとしたその時、何者かが明日花の腕を強く掴む。
「トオくんに向かって何? その口の利き方」
明日花の腕を掴んだのは、乃之だった。先程の挨拶した時の笑顔と違い、一気に真逆の形相に変える。見下すような表情で明日花を見つめていた。
「……は?」
「ま、まずい!!」
「大変!!」
燈は乃之、瑠夏は明日花のもとへ駆けつける。
廊下
「便所はあっちの方向だな」
「うへー。すげー人の数じゃねーか」
「人口が増えすぎて学校の建設が追いつかないことによる弊害……だよな」
「あぁ。少子高齢化を解決したと思いきや、学校含めて今度はあらゆる物が足りない事案が発生してしまった」
「まー、人が少ねー時代よりは寂しくならねーからオレは今のままのがマシだな!」
透たちが会話しながら便所に向かう途中、透は足に何か違和感を覚える。
「……? なんだ?」
「透? どうしたんだよ?」
「何か見えたのか!? でも、透は心霊現象とか超常現象とか、そういうオカルトじみたのは信じねー主義だから、おめーに限ってそれはねーか!」
「いや、そうじゃなくて……なんか、足が上手く上がらないような」
「え? 急になんでだよ?」
「それは俺も知りた……って、うわ」
「と、透!?」
突然足が思うように動かなくなった透は、突然転倒する。そして、転倒した先は下の階へと進むバリアフリーへと突入し、滑り台のようにそのまま滑り転がり、正面の壁に衝突した。透が壁にぶつかった激しい衝撃音が廊下中に響き渡り、一瞬にして周囲に野次馬を作った。
「透ーーーーーー!!!」
「おい、透!! 大丈夫かよ!?」
颯空と直輝は慌てて透のもとへと駆けつけた。既に多くの人が集まっており、上手く透の所へと辿り着けなかった。
「痛って……」
透が強い打撲を打ち、上手く立ち上がることが出来なかったが、透は何者かに声をかけられる。
「君……大丈夫かい?」
優しく透き通った声。透はゆっくり見上げると、目の前に映ったのは白銀色の髪をしたマッシュヘアで青い瞳の美男子だった。彼は、聞いた声の通り優しく爽やかな雰囲気が漂っており、好青年な印象があった。上履きの模様の色を見る限り、透と同学年の生徒のようだった。
「……あぁ。なんとか……いて」
「あぁ! とても痛そうだね……僕が一緒に、保健室まで同行するよ?」
「いや、構わない。俺一人で十分だ。それに、このくらいなら大した怪我でもない」
「それはまずいよ! 怪我を悪化させてしまう恐れがある。僕の方こそ構わないから、無理しないで一緒に保健室まで行こう?」
「でも……」
少年はしゃがみ、透に肩を貸すような形の体勢になる。身長は透とほぼ同じくらいなので、ともに歩く分には支障は無かった。多少は少年による強引になるが、透は彼のリードによって、ともに保健室へと向かうこととなった。