1-64.『文字』
「あれは……」
透たちが目にしたのは、階段だった。所々段が抜けており、一段足を乗せるだけでも崩れて来そうな程にボロボロだった。段の位置によっては、三弾分抜けている部分もある。しかも、高い位置だった。もし落ちてしまえば大怪我になるだろう。
そして、暗いせいか上は邪悪な暗黒の空間を感じさせられた。しかし、それは見かけだけだと透は直ぐに見極める。つまり、誰かの気配は感じられなかったのである。
透は、そんな階段を目の前にしてどうしようか悩んだ。
「……」
「ど、どうするんだ……? ここまで来て、スルーするか?」
「外部は綺麗だった建物とは思えないくらい、いかにも崩れ落ちそうな内部だが……ここは度が過ぎている。よく、あのような外部を維持出来ているな」
「で、でもよ……頑張って登りきったところで何も無かったらどうすんだ? 無駄骨にならねえか?」
「逆に、何かこの世界のヒントになり得る物があるかもしれん。この周辺を見た限りでは、建物があるのもここくらいであろう」
「また、沢山歩かないといけなくなるかもしれない……」
「何よりも……ここを登るのに、怪我をするリスクが高すぎるよ。まだ落ちてな段も、いつ崩れ落ちるかわからないし……」
「安全を考えたら燈の言う通り、登らないことが得策だろうな。しかも上の方で三段分もスペースが空いている。あれを越えるのは簡単では無いだろうな」
「ん~? 呂威かあたしなら余裕そうだけどなぁ」
中学1年生にして、並外れた高身長を誇る二人。
「たしかに余裕で跨げるだろうが……俺たちは身長がある分、体重があるだろう。跨ぐとなると、片足に力が入る。その圧力で段が落ちる可能性がある」
「あれあれ~? もしかして呂威、自信無いの~?」
「なんだと?」
いたずらっぽく呂威を煽る瑠夏。
「ふん、あれくらい余裕だ。この俺を誰だと思っている」
「お、おい……まさかお前ら、登るつもりじゃないだろうな?」
「ん? 登るよ?」
「は!?」
「あれくらいお安い御用だって! あたしの運動神経の良さ、颯空も知ってるでしょ~?」
「そういう問題じゃないんだって! ただ単に、危険だから言ってるんだよ」
「も~。怖がりだなぁ、颯空は。仮に段が落ちても、段の幅が狭めだから両足を開けば壁の両端に足付けるって!」
「それはそうだけど、俺たちは浴衣だ。壁も、所々が穴や傷だらけだから引っかかってしまう恐れがある。本当に無茶だけはしないでくれ」
「大丈夫大丈夫、透に余計な仕事を与えないって! そんじゃ、行って来ま~す!」
階段を簡単に登りきる瑠夏。1分もかからずに容易に攻略出来てしまったのだ。そんな瑠夏の姿に拍子抜けする周囲。
「皆~! 行けたよ~! ねっ! だから言ったでしょ!」
「そんな威張るように言われてもな……」
「あいつだけでは心配だ。俺も行くとしよう」
呂威も行く気満々の様子だった。
「お、おい、呂威! 正気かよ!? オマエまで……」
「あいつだけに調査させるのは、何かを見逃しそうだろう? だから、この俺も行く必要があると見ている」
「それは助かるけど、本当に無理する必要は無い」
「いや、構わぬ。透。どうせお前は高い所へは行けまい。俺たちが、このような場面で役に立てなくてどうする」
「ろ、呂威くん……」
「あいつだけが心配なのを抜きにしても、俺自身もこの上に何があるのか実は興味がある。だから、お前たちはここで大人しく待っているがいい」
呂威はそれだけ言い残して、階段を上った。瑠夏同様に、器用に簡単に上りきる。呂威が上りきると、瑠夏の悲鳴が上から聞こえて来た。どうやら、呂威が来たことにびっくりしている様子だった。
「大丈夫かよ、アイツら……」
「信じよう。本当は俺も行きたいけど」
「それは絶対やめろ」
颯空に即行で却下される透。透を信用していないわけでは無く、ただただ心配だった。
何分かすると、上の方から瑠夏の興奮や驚きの声が聞こえてくる。しかし、呂威の声は聞こえて来ない。上の階がどういう状況なのか、全く想像出来ない透たち。
やがて、瑠夏と呂威は何かを手に持って下りて来た。
二人でいっぺんに来ると本当に抜ける可能性があるので、どちらかが先に下りきったタイミングで、もう一人が下りるようにしたので何とか無事にミッションを達成した。
「お、お疲れ様……瑠夏ちゃん、呂威くん。二人とも、無事に怪我しなくてよかったよ」
「だから大丈夫だって言ったでしょ~!」
「それはそうと……お前たち。これを見ろ。興味深い物があった」
呂威は、小さい本のような物を透に手渡した。あちこち、埃が付いていたりカビが生えていたりと酷く汚れていた。透は、埃を払って少し綺麗にする。
そうして……透はそれを開いた。
「これは……?」
透は、思わず不思議そうな声を出す。
「なんだ? 何が書かれてた?」
行悟たちが、透の背後に回ってそれを覗き込む。
「え? こ、これは一体……?」
透の持っている物には、なんと見たことの無いまるで象形文字みたいな記号のような何かが羅列されていた。
「透? これ、読み取れるのかよ?」
「……残念ながら、何が書いてるのかさっぱりわからない」
「え……!? 嘘でしょ!? 透が読めないの!?!?」
瑠夏は驚きを隠せず、思わず大きな声が出る。
「ついでに言うが……俺も全く読めん」
「ろ、呂威くんも……」
透は、刻にもそれを手渡して見て貰う。しかし、刻は首を横に振った。どうやら、刻も読めない様子である。刻は、今度は文学少女である月葉にそれを渡してみた。
しかし、月葉も何も理解出来ない様子だったのである。
「初めて見た……全くわからない……」
「う、嘘だろ……? つ、月葉までもか……?」
「でも、世界中を旅している行悟くんもわからなそうだった……」
「そ。それは……」
誰も読み取れない言語が突然現れた事実に燈や瑠夏、颯空は顔が青ざめた。
「う、嘘でしょ……秀才で何でも知ってる透や刻、世界に轟く野呂財閥の御曹司の呂威、文学少女の月葉、世界中を旅してる行悟……この5人の中でも誰もわからないの……? 本気で見たことすら無い文字なの?」
「あぁ。本当に見たことねえよ。今まで渡った国の中で、これに似た文字を見た記憶すらねえ」
「例えば、同じ文字でも平仮名なら変体仮名の書き方があるし、漢字なら簡体字、アルファベットなら筆記体で見た目が変わってくる。でも、そういった書き方で比べて分析してもどの文字とも一致しない」
「つ、つまり……新発見の可能性があるってことなのかよ?」
「そういうことになるな」
「え……ええええ!? 本気で言ってんの!? あたしら、何か賞とか貰えるんじゃ!?」
「早まるな……地球上の辞書やらで照らし合わせてみる必要がある。探してみれば、何か似ている文字列が出てくるかもしれん。しかし、現状は颯空の言う通り新発見の可能性が高いと言えるだろう」
呂威の言葉を聞いて、一瞬だけ沈黙が訪れる。そして、颯空が言葉を口にする。
「…………じゃあさ。ここ、ひょっとしたら本当に地球の可能性が低いんじゃないのか……?」
「え?」
「……へ? それ、さっきも結論出てなかったっけ?」
「いや、そうだけどこの誰もわからない文字が登場したことによってここが地球じゃないことは更に確信的に変わったんじゃないのか……? 地球上でわからないなら、この惑星特有の言語の可能性があるってことにならないのか……?」
「…………」
颯空の言葉に、再び沈黙が訪れる。考えれば考える程、皆が混乱してきた。
頭の中が真っ白になっている内に、瑠夏がその空気をそっと断ち切るように話を振る。
「あの~……呂威が見つけた物に、全員気を取られてるようだけど……あたしが見つけた物も見てくれない?」
「なんだ?」
「ほら。これだよ」
瑠夏は、それを透に手渡した。




