1-61.『不安と安心』
透たちが見た、行悟が差し示していた場所は山の上にある横長の建物だった。距離が遠く、正確な大きさまではわかりにくかったが恐らく小さい建物ではなさそうだった。
この大自然の中で、建物があるのは明らかに異質であり且つ人工的だった。透たちは、早速人間の集落の可能性を感じて希望が出て来たのである。
「もしかして……あそこにワンチャン人がいるかも!?」
「人がいるのかどうかはわからんが……建物がある以上、時期はどうであれどこかのタイミングで人間が関わっていたことには間違いあるまい」
「何も無い空き家や廃墟かもしれないしな……とにかく、確認してみないことには始まらないよな?」
「だいぶ遠い所にあるが、行ってみようか」
「透~、高い所苦手なんでしょ? 大丈夫なの?」
「……!」
透は、思い出したように腰を抜かす。
「お、おい!? 透に余計なことを思い出させんなよ!」
「いや、大丈夫だ……そんなこと言ってられる場合じゃないからな……」
「ほ、本当に大丈夫? 無理はしないでね……」
「どちらにせよ……あの建物へ向かうには、一度ここを下山してから向こうの山を登るしか方法は無いだろう。渡る為の橋等も見当たらぬ」
「だいぶ遠回り……」
「ま、しょうがないな。透、立てるか?」
颯空が、透に手を差し出す。その手を取り、ゆっくり立ち上がる透。
「悪い。情けない姿を見せてしまった」
「誰にでも、そういう苦手はあるだろ? それに、高所でそうなる透は今まで何度も見て来てるし」
「ま、そういう姿の透を見るのって高い場所でくらいだから滅多に見れないしレアなんだよね~」
「別にレアでも無いだろ。高い所に来ればいいだけなんだから」
「そ、そういう問題なんだね……」
燈は、透のことを心配しつつも困惑した。
「……」
そんな中、燈は刻の方をチラッと見てみると相変わらず険しい表情をしていた。彰人の話が出て未だにご機嫌斜めになっているのが見てわかる。よっぽど、彰人のことに腹を立てていて、生理的なレベルで嫌っているのが伝わる。
透を危険に晒した以上、燈自身としても彰人のことは当然許せなかったが刻の嫌悪感のレベルは桁違いだった。刻は彰人に対してあんなに怒ったのに、自分は泣くことしか出来なかったことが今更ながら恥ずかしくなってきた。
彰人のような人間に対してだとしても、相手を傷つけてしまうことが怖くて強く当たることが出来ず、そんな自分の弱さを嫌でも実感させられたのである。
自分も透のことが大好きで愛しているつもりだが、刻は比較にならない程なんだろうなと彰人に対する態度で実感する。ある意味、負けている気がして悔しかった。
いくら彰人のような人物であれ、誰かに対する嫌悪感で勝ち負けの優劣を判断するのはどうかと思ったが、まだまだ透に対する想いが足りていないんじゃないかと錯覚する。
しかし、刻レベルになると理性が吹っ飛んで周りが見えなくなりそうで怖いのもまた事実だったのである。透のことだけで頭がいっぱいになり、他のことに気を回せなくなることで自分としての自分を維持出来る自信が無かった。刻という器用で要領の良い人間だからこそ、気持ちのコントロールも可能なのかもしれない。そう考えると刻の真似をしようとまでは思えなくなってくる燈。
結局は刻は刻、自分は自分として透への愛し方がそれぞれ異なるのも良いのかもしれないと燈は考えを改める。誰かを参考にした愛なんて愛と呼んでいいのだろうかとも疑問になったのである。自分のやり方で、透に惹かれることが最も望ましい形だろうと燈は思った。
透にとって一番良いと思われることが最も正しい正解だと昔から今に至るまで燈はずっと考えて続けている。
自分の愛を透に押し付けがましく伝えて反応を強要するつもりは一切無かった燈。これまで通り、透とともに普通にありのままの自分を好きになって貰いたかったのである。それを受け入れて貰ってこその釣り合った愛であり、お互いが望む形で成就することが一番だろうと燈は思っていた。
その為、自分は自分なりに頑張って透に見て貰おうと燈は冷静になって考え直し、気持ちを切り替えた――。
「燈」
「……え?」
燈は、透の一声でハッとする。
「大丈夫か。体調でも悪いか?」
「あ、えっと……」
気がつくと、透たちはかなり先の道で待っていた。透だけが、燈の傍で待っていた。どうやら、透のことを考えている間にいつの間にか皆を待たせてしまっていたのである。
燈は、気づかぬ内に高い所にいる透にすら心配かけてしまっていた事実に罪悪感と羞恥心が高まる。
「ご、ごめんなさい……! 気がついたら、ボーッとしてて考え事し始めちゃってて……体調は大丈夫だよ!」
燈は、少し慌てて汗った様子で透に答える。
「そうか、それならよかった。まぁ、突然に訳の分からない世界へ来たんだからあれこれ考えるのも無理は無いな。空気感も地球上とは微妙に違うから、身体がついて行けずにちょっとしたことで体調不良に陥る可能性も十分あって心配になったんだ。それに、そろそろ眠い時間帯だろうしご飯も結局食べられずにいるからな。それに、燈は痩せすぎてるから一番体調崩しやすいリスクが高いと思ってるんだ」
「そ、そうだね……私は特に気をつけないとだよね……こんな私が言うのもなんだけど、透くんこそ高い所の登り降りは大丈夫?」
「……なんとかな。あと、燈。そこまで緊張する必要は無いぞ」
「……え? あ、あまりにも変わった世界だから、まだ緊張が解けなくて……」
「いや、そっちじゃない」
「え?」
燈は、つい気が抜けた返事をしてしまう。
「俺に話しかけられる度に、そこまで緊張したり慌てなくて大丈夫だ。俺たちは幼馴染みなんだから」
「あ…………」
燈は、透に見抜かれていたことに恥ずかしくなり情けなくなる。「何をしているんだろう、自分」という気持ちに苛まれる。
「……透くん。色々とごめんなさい……」
「大丈夫だ。とにかく、今は俺たちからはぐれないようにだけは気をつけてほしい。いや、燈を見るのは俺が担当だからそんなことは絶対させないし許さないけどな」
「あ、あはは……ありがとう。凄く頼もしいよ」
燈は、顔を赤くしたまま照れくさそうに笑った。その時、気のせいなのか燈は透が安心したような息遣いを微かに感じ取った。
「……!」
視認による透の顔の表情は相変わらず変化は無いが、微かに感じたような透の息の声から珍しく笑っているように感じたのである。燈は、そんな透にドキッとする。
「……」
「さぁ、行こう」
いつもの透き通った無機質な声を出す透。しかし、燈は一瞬でもいつもと違う透を見れた気がして嬉しかった。確実ではないにも拘わらず、勝手ながら嬉しくなっていたのである。
「……うん!」
燈はつい上機嫌な声の返事をして透について行く。
(やっぱり、透くんには敵わないな……でも、悔しくは無いかな)
燈は、微笑みながら透の背中、そして後頭部を見続けた。
「燈の体調は大丈夫だ。皆も大丈夫か?」
「あぁ。問題無いぞ」
「うん、大丈夫~!」
「一番体調が悪そうなのは、皮肉にもお前だがな、透。高所のせいだからであろうが」
「返す言葉も無い。あと、お腹は空いてないか? こんなことに巻き込んでしまったせいで、皆は辛くないか?」
「透のせいじゃねえよ! 気にすんなって! 和菓子を頂いたから、腹は当分は大丈夫だ!」
「私たちは、好きで透くんについて行っている……だから、今更謝ることは無い……」
幼馴染みたちは、透に快く答えた。そんな幼馴染みたちに募られているリーダーシップの高い透の姿に、燈は惚れ惚れしていた。こんな不可解で得体の知れない状況でも、皆が安心して透について行く様子に流石としか思えなかったのである。
(透くんは……やっぱり、いつ見ても凄いな……)
また、燈自身もその一人である事実なのは考えるまでも無く自覚していた。




