1-55.『推理』
「な、なんだよ……オマエが何か知ってるって?」
「こ、こいつのハッタリだろ……こんな現象、どうやって知り得るってんだ!?」
すると、透が言葉を続けた。
「どうやら……冗談でも無さそうだな」
「……え? いや、言い出したのは僕だけどさ……どういう根拠でそう思うのかな?」
「勘」
「え?」
彰人は、逆に驚いて困惑した表情を見せた。それが本気なのか演技なのかはわからない。しかし、彰人がどっちだろうと関係無く透は話を続けた。
「お前の登場の仕方といい、俺への執着心といい、お前は何かを知っていてそれに基づいて行動しているように思える。お前が俺たちみたいに今のような現象について、何も知らないでここにいるとは思えないんだ。もし、違うと言うのならお前も俺たちと同じ悩みを抱えてきたんじゃないか? 少なくとも、俺たちはこの現象に直接に出会したのは今日が初めてだ。でも、お前はこの現象について何も驚くことが無さそうに見受けられる。つまり、お前がこの現象を経験したのは初めてとは考えにくい」
「そ、それは……君の気のせいだと思うよ! 透君! いや、あの透君が思い違うことなんて早々無いだろうけどさ!」
「オマエが透の何を知ってるんだよ!? ほぼ初対面のくせに透を攻撃したオマエみたいなヤツが、気安く透を語るなよ!」
「待て、颯空」
「と、透……」
感情的になる颯空を止める透。透は話を続けた。
「お前に直接好意を持たれてる俺本人だからこそ見えることがある。お前の旺盛なその好奇心は、この現象でもこの世界でも無く、俺一筋だということがな」
「…………………………」
場が凍り付く。透の言葉に何の返事をせずに俯いて目を覆う彰人。
「……アハハ。アハハハハハハハハハッ!」
「……また笑い出したぞ? こいつ」
「狂っている……彼の全てが……」
「なんなんだよ、もう……この現象より、こいつの存在の方が怖ええよ!」
「今度は何ー?」
ドン引きする瞬と、相変わらず無表情だが声は氷ついてるかのように冷たい月葉。彰人の得体の知れない人格に恐怖を感じる行悟。一週回って、声も感情も普通になってしまった星名。
激しく高笑いする彰人に、透は再び語りかける。
「その反応は、どうやら図星のようだな。お前のその異常な感情、その感情を生み出した全ての要素が俺に降りかかってるから、わかる。お前と初めて会ってから、保健室で別れるまでずっと違和感を覚えていた。俺から見れば初対面だったが、こいつにとっては以前から俺の存在を知っているってな」
「え…………」
透の言葉に、動揺を隠しきれない燈。透にとっては初対面の段階で、もう気づいていたのかと。
「本当に……流石は透君だよ!! 君って人は……想像の遙か上を行く人間だよ! 僕なんかの頭じゃ、到底想定出来ないレベルだよ! 気づいた上で僕を泳がせていたなんて…………あぁ……賢くて優れた人間の力というのは、なんて尊く、儚く、そして美しいのだろう……!」
「…………………………」
透と月葉以外の、全員が顔を青ざめたまま言葉も出ずに黙って固まってしまっていた。そんな異常な状況の中で、透は言葉を続けた。
「今、お前が俺にしようとしていたこと。当ててやろうか?」
「え?」
彰人は、笑いが止まり一瞬で真剣な顔つきになる。
「学校で俺を階段で転落させようと仕向けたみたいに、今度はこの辺りで同じ罠を仕掛けて俺を山から町へ転落させようとした。違うか?」
「は…………………………?」
透の推理を聞いて、絶望的な声を上げる周囲。彰人は再び沈黙していた。透が話し終えるのを待っているように。その姿勢は、まるで尊敬している人の言葉を聞く人間の姿そのものだった。殿様の命令を聞く侍、王様の命令を聞く兵士、師匠のお告げを聞く弟子……透の話を聞く彰人の姿は、まさにそう映っていたのだ。
「学校では軽傷で済んだから、今度は山から町へ俺を落としたらどうなるか試したかったんだろ。昨日は色々考える事もあったし、少々油断してたからお前の策略に引っかかってしまったけど」
「…………」
透の言葉に、妙に納得してしまう周囲たち。
「何それ……トオくんにそんなことをして、何になるっていうの? トオくんをそんなに酷い目に遭わせたいの? 一体、トオくんに何の恨みが……!」
乃之が泣きそうな声で訴えると、それも刻が否定する。否定は否定でも、これまでの乃之に対する嫌気がさす否定とは別の意味の。
「……違う」
「え?」
「この犯罪者予備軍は、透お兄ちゃんという凄い人が命の危機に直面したらどう乗り切るのかを試したかったんだと思うね」
「は……? なんだよ、それ…………」
「凄い人が大きな困難に直面した時、どう立ち回るのかを見てみたい。そういった好奇心を透お兄ちゃんを利用することで満たされたかったんじゃない? 漫画やアニメ、ゲームや小説、映画やドラマで出てくる架空の人物が大活躍するような展開を、現実で実在する人物である透お兄ちゃんにさせる為にね。そういった展開を作品で見るよりも、現実の人物が同じようなことが出来れば盛り上がるだろうから。つまり、真実は小説よりも奇なりに近いことだろうね。現実の人物に出来ない・させられないことを、透お兄ちゃんにさせることでこの犯罪者予備軍は見物にして楽しんでいたんだ」
刻の持論を聞いて感情がぐちゃぐちゃに混ざる周囲たち。そんな中でも、当事者である透は冷静を貫いて落ち着いていた。このようなことに直面しても、尚無表情だったのである。
「俺も刻と同じ考えだ。そうでも無ければ、こんなことをわざわざ手間かけてまでする意味が無いからな。刻が持っている試験管に入っている液体は、恐らく床に塗ることで大きな物を滑らせて飛ばして簡単に荷造りさせる為に開発された跳滑剤だろうな。人間が重い物を運ぶ際にかかる人員と時間のコストを削る為の」
「ま、まさか、透が滑って階段に落ちたのも……」
「そう。この液体が原因だろうね。透お兄ちゃんなら、滑ったくらいであれば直ぐに全身にブレーキをかけて階段に落ちないように対処出来たはずだから。いくら不意打ちであってもね。それに、透お兄ちゃんが危機に直面して何もしないわけが無いし。そして、高所恐怖症である透お兄ちゃんなら意地でも高い所から落ちないようにあの手この手を使うはず。そんな透お兄ちゃんの抵抗でも効かなかったのは、この液体の強力な効き目によるものだよ」
「…………」
「今、透お兄ちゃんがこの人は自分を山から町に転落させるつもりだったって予想したでしょ? だから、もし透お兄ちゃんの言う通りなら、この犯罪者予備軍はそうさせる為のアイテムを今も持っているはずだよ」
「…………」
沈黙を再び続ける彰人。すると、透が再び話を続けた。
「もう一つ、恐ろしい推理をしようか」
「何だ……? まだ、あると言うのか……?」
呂威は、らしくも無い弱々しい声で透に問う。
「俺を確かめる手段として、高い所から下へ落とすことを選んだ理由。それは簡単だ。俺が高所恐怖症なのを、こいつは事前に知っていたからだろうな」
「な…………」
「…………な、なんですって?」
言葉が詰まってしまう直輝と、怯える姿を隠しきれない明日花。しかし、透の言葉はまだ終わらなかった。
「俺に苦手なことを対処させることで、より凄い展開を見て欲を満たしたかったんだ。普通に難しいことをやらせるより、もっと凄い光景をこいつの立場では見られるだろうからな。だからこいつは、俺に高所から落とすという作戦を選んだんだ」
「い、イカれてる……終わってる…………」
瑠夏は、恐怖のあまり絶望的になり気弱な声しか出せなくなる。
「で、でもよぉ……このド腐れ変態ヤローが透が高所恐怖症だってどこで知りやがったんだ? そういった透の情報を漏らしたヤツでもいるのか!?」
しかし、直ぐに透は直輝の抱いている疑問に否定するように答えた。
「違う。こいつは、俺のことをずっと前から知っていた。だから、俺をここまで狂気的に崇拝しているんだ。こいつの度を越したストーカー行為のレベルを考えれば、俺が高所恐怖症なことくらいは知り得る情報だろう」
「透お兄ちゃんは、私たちと同じ年齢にして多大な実績を持っているから知っている人がいるなら知っていてもおかしくは無い情報だろうしね。というわけで……貴方が持っている物、さっさと全部出してくれないかな?」
刻の沈黙に黙り続ける彰人。
「…………」
「早くしろよ!! このキチガイ野郎が!!」
颯空が怒鳴った後、沈黙を再び続けてきた彰人は再び周囲に反応を見せた。




