1-53.『犯人』
「皆に一つ教えておくと、こいつは……海崎彰人は1年X組の生徒だと俺に話した。X組よりもN組の行悟やO組の瞬の方が、俺たちの所属する第一棟に近いはずだ。にも拘わらず、こいつが俺の転んだ現場に直ぐにいれた理由は……」
「彼が……透くんを待ち伏せて何かを仕掛けていた可能性がある、ってことだよね?」
「その何かがわかれば、証拠としてコイツを犯人だと正当に決めつけられるんだけど……おい、オマエ。いつまで笑ってるつもりだよ? どうやって、俺らよりも早く透の所に駆け付けることが出来たのか、洗いざらい白状しろ! もし、オマエが本当に犯人なら透を階段に落とした動機を言え!」
颯空が、怒り狂いそうな程に耳をと額を赤くして彰人に圧力をかける。
――そして、透に名前を呼ばれた時から、ずっと笑っていただけの人物がようやく笑い声以外の言葉を口から発する。
「いやぁ……嬉しいな」
「あ?」
「嬉しい、だって……?」
謎の人物を囲うように見下ろしていた刻や透の幼馴染みたち。元々、嫌気を差していたのが更に加速して憤りを見せていた。
透を怪我させておいて、喜んでいるのかと思ったのである。しかし、話を続けて聞いていると、周囲は予想外の言葉に恐怖を覚えることになる。
「透君に……あの、透君に……ついに僕は認識して貰って、名前を呼んで貰えたんだあああ!!」
「…………」
「…………………………は?」
透を含む13名は、あまりにも衝撃的で予想外の言葉が返ってきた為に、頭の中の何かが吹き飛んだような感覚を覚える。
「な、何言ってるわけ? アンタ……元々気持ち悪かったけど、更にキモいんですけど…………」
「と、トオくんに認識して貰って、名前を呼んで貰えたのが嬉しいって……? いや、それ自体は嬉しい気持ちはわからなくも無いけど……それなのに、どうしてトオくんを攻撃したの? 全然わからないよ…………」
すると、透によって海崎彰人と呼ばれた謎の人物は話を続けた。
「そう。透君が呼んでくれた通り。僕は海崎彰人って言うんだ。ま、透君とは正反対の僕のようなモブの名前を覚えたところで、何の役にも立たないだろうし、脳の無駄遣いだろうけど……でも、そんなゴミみたいな僕が偉大なる透君に名前をフルネームで呼んで貰える日がまさか来るなんて、夢にも思わなかったなぁ……!」
海崎彰人。銀髪、マッシュヘア、青い瞳が特徴的な美男子。透が保健室へ連れて行った昨日と容姿自体は同じである。昨日との違いがあるとすれば……人当たりの良い好青年の印象の面影は無くなっており、元々存在していなかったかのように消えていて現在は狂気に満ちた壊れている少年である。
唯一、透だけが昨日の彼の姿を知っているが、他のメンバーは初顔合わせがこの有様である。その為、最初から裏切られた気持ちや豹変に関する衝撃も無い。にも拘わらず、彰人の狂っている姿や言葉には衝撃を隠せずにいた。もし、透のように昨日の好青年な姿を目撃している者がいれば、その印象の変わりっぷりも込みで驚くことだろう。
しかし、透本人は彰人の人当たりの良さが表向きだということは、初めて会った段階で見抜いてはいた。その為、彰人がそういう人物だったことに対するショックや失望は無い。
つまり、自身が転倒した原因は彰人が関係していることも大方予想はついていたのだ。それでも問い詰め無かった理由は、皆の前で自分に手を差し伸べてくれている人物を疑うと周囲に誤解を与えてしまうリスクがあったからである。
それに、犯人の検討はついているとはいえ、無実の可能性も僅かにあるので透の性格上、無闇に人を疑うこともしたくは無かった。それだけに、犯人が今明らかになったことで、ようやく堂々とあれこれ訊き出すことが出来ることとなった。
透が気になっているのは、自身を間接的に攻撃したことそのものでは無く、何の目的があってこんなことをしたのか。もし、自分以外の誰かが転んでいたらどうするつもりだったのか。反応を見る限り、自身に対する憧れがあるようだが、そんな存在を危険に晒して何を得るつもりだったのか。そういった謎だらけの彼の思惑であった。
透がそれらを訊き出そうとする前に、彰人の方から言葉が出る。
「それにしても……本当に驚いたよ。まさか、あんな危険な出来事を結果的に軽傷で済ませてしまうなんて。うん、流石は透君だよね! 僕が見込んだ通りだったよ!」
彰人が発言した瞬間、直輝が彰人の胸ぐらを掴む。
「……今の発言、もう一度してみろ。なぁ? 軽傷で済まなかったらどうするつもりだった? 透の命に関わったら? テメーは、どう落とし前つけるつもりだったんだ? あ!?」
直輝は、彰人の胸ぐらを掴みながら怒鳴りつける。
「まぁまぁ、落ち着いてよ……透君が簡単に死ぬわけないでしょ? 透君とずっと一緒にいる君たちなら、それくらいはわかっているはず……」
「そういうことじゃないだろ!! 透にもしものことがあったら、どうするんだよって話だろ? オマエのくだらない変な思惑のせいで、透が余計な痛みを得てしまったら、どうしてくれるんだよ!?」
「落ち着けだと? どの口で言っている? 透の命が助かったとしても、打ち所が悪ければ障害が生じる可能性も十分に起こり得ることだった。透がもし、最悪命を落としていれば貴様は殺人犯だ。透が軽傷で済んでいても、殺人未遂犯でも十分あり得ることだろう」
一斉に責められる彰人。
「つーかさ……なんで、あたしらが透とずっと一緒にいるって知ってんの? あんた、いつからかずっとあたしらのことを目付けて来てたってこと?」
「え、キモ。ストーカーじゃん」
「トオくんに謝ってよ!! ヘラヘラしてないで!! トオくんがこうして生きていることにも、あなたは感謝するべきでしょ!?」
「僕は、常に透君が生きていることに感謝してるよ? 今もその前もね!」
「く、狂ってやがる……何なんだ、こいつ……」
「……警察を呼びたいな。でも、生憎この世界じゃ機能しなさそう」
「許さない……透くんが許しても、わたしは許さないよ! 過ちを犯したら、真っ先に謝るのが普通なのに、どうして笑ってられるのー? そんな厚かましい人、どの業界でも見たことないよー?」
「人として、間違っている……」
憤りを隠せない透の幼馴染みたちが、次から次へとキツい言葉を彰人に浴びせた。
そして、開き直るように彰人が言葉を続けた。
「ちょ、ちょっと待ってよ……そもそも、僕が事を起こしたっていう証拠はあるのかな? 証拠も無しに、僕を疑っていると君たちが悪者になっちゃうんじゃない?」
「そ、それは……その…………」
一時的に静かだった刻が、再び話す。さっき以上に嫌味っぽさが混じっており、蔑んだトゲのある言い方で彰人に言う。
「貴方、まさか証拠も無しに貴方を疑ってると思ってるんだ? 随分とお気楽なんだね」
「な、なんだって……?」
「と、刻ちゃん……? 何かあるの?」
「証拠や確証も無ければ容疑者でも無い人を疑うなんていう愚行をするわけ無いでしょ。貴方はずっと、透お兄ちゃんの跡を付けていたみたいだけど、気づいていなかったんだね」
「何……?」
「え……?」
燈と彰人が、同時に驚く。そして、透は何かを察したように刻に問う。
「まさか、刻……やり返したのか?」
「そうだね。流石は透お兄ちゃん」
「え? やり返したって、何の話……」
「へえ。気づいていなかったの。そっか、どうやら透お兄ちゃんによっぽど夢中だったようで」
「な、何を言ってるのかな?」
自覚が無い様子の彰人。さっきの高笑いとは反対に、焦りと不安を感じさせる表情をしていた。それが演技なのか本気なのかはわからない。
「まぁ、気持ちはわかるよ。透お兄ちゃんは魅力的だから、貴方のような人間でも惹かれる程の大きさな存在だということくらいはね。それじゃあ、心当たりが無いようだから教えてあげる」
「え……」
刻は感情の籠っていない無機質な声で言い放つ。




