1-51.『落ち着き』
「は?」
「おい!? な、なんだよ、これはよぉ!?」
「え、町中が停電してる!?」
透の予想通りの皆の反応が周りから聞こえてきた。驚いていたり、真顔で固まったり、顔が青ざめていたりで反応がそれぞれだった。
「おかしい……この町の夜景は、世界最高クラスの夜景のはずだが……」
「いや、何言ってんだよ呂威!? 気にするところはそこじゃないだろ!?」
「やべえな……町のインフラとか、今どうなってんだ? 全部止まっちまってるなら生活に支障出ちまうぞ。おい、瞬。おめえは不動産会社の家系だから何か知ってるんじゃねえか?」
「えっ、それって例えば町中が節電システムになるとか!?」
「……そんな機能は俺も知らない。大昔にあったようなどっかの独裁国家じゃないんだし、わざわざそんなハイリスクな機能を搭載する理由が無い」
町の景色で皆が気を取られている隙を見て、燈が透の耳元に近づいてそっとヒソヒソ囁く。
「ね、ねえ、透くん……話してくれた通り、夢の内容と同じ状況だね?」
「あぁ……一度見たことがあるとはいえ、改めて見ると衝撃的だな。皆と見ることで、異質な状況に引きずり込まれたのを尚更感じさせられる」
「……今は、透くん一人だけじゃないからね。これが夢じゃなければ、皆も私も一緒だから……」
「燈……ありがとう」
刻や皆の目を盗んで、燈は透の手にそっと触れた。
混乱が止まらない皆を、落ち着かせるように透が声を出す。
「皆。気持ちはわかるけど落ち着いてくれ。たしかに、今は事情事態だけど、そういう状況の時こそ騒いだり迂闊に行動したりしてはダメだ。難しい話だとは思うが、冷静になってほしい」
「と、透……昔から思ってるけど、なんでおまえはこういう非常識な状況にいつも直ぐ適応出来んだよ?」
「……たしかに、不思議だな。今までで一番おかしな状況なのに、いつも以上に落ち着いて見える」
行悟と瞬に訊かれる透。透は相変わらずの感情の無い受け答えをする。
「そうか。お前らにはまだ、ここ最近の俺に何が起きているのか話していなかったな」
「なんだ……? なんか、随分不穏じゃねえか」
「……まさか、前にもこういう状況に陥ったのか?」
「半分は正解だ」
「は、半分……?」
行悟と瞬が同時に同じ言葉を発する。思わず冷や汗をかく。
「……半分って、どういうことだ?」
「夢」
「え?」
「詳しく説明している時間は無さそうだから、単刀直入に言う。俺が見た夢の内容と似たような状況が今起きてしまっている」
「は……!?」
「……それ、正夢ってことか? この状況が?」
「……どうだろうな。夢の内容と似ているってだけで、完全に同じって感じはしていない。ただ、80%くらいは夢の内容と一致している」
「じゃ、じゃあ……残りの20%ってのは、何が違うんだ?」
「秘密基地に続いている光の跡と、周りの色がここまで濃い白黒じゃなかったな。幕末から昭和初期の時代くらいの白黒写真や、遺影みたいに色が薄かった」
「……なら、完全に夢と同じでは無いな」
透の話が聞こえていたのか、直輝や呂威も混ざって来る。
「おい、透。今ちょっと聞いてたけど、その話初めて聞いたぜ?」
「まさか、その夢が秘密基地で昼寝している時に見た夢というわけか?」
「あぁ。本当は、光の跡が導いている先の正体を知ってからまとめて皆に話すつもりだったんだけどな。俺も頭の整理がしたいから、まとまってから皆に話した方がいいと思って」
「いや、俺個人としては知っている情報は事前に教えて貰える方が助かるんだがな。きっと、お前のことだから俺たちを不安にさせると思って気遣ったのだろう?」
「そこまでお見通しだったか。流石は呂威だな。正直、話すタイミングを失っていたのもあるけど、皆が混乱して騒いでいたように、俺自身も内心は混乱してるんだ。頭の中にあるパズルのピースが散らばっていて、それを今埋めている最中。ただ、時間が進めば進む程、新しい変化が次から次へと起こるせいでパズルのピースを細切れにされてるって感じだな」
「なるほどな、透もオレみてーにパズルが苦手になったってわけか!」
「いや、なんでそうなるんだ!? ちゃんと話聞いてたか!?」
行悟が思わず直輝にツッコミを入れる。
「おい、透が真面目な話をしているのに、ふざけている場合では無いだろう?」
「大丈夫だ。場の雰囲気を軽くする為に、こういうのも必要なことだろうしな。それに、俺自身もパズルがそんなに得意とは思っていない」
「……本当に落ち着きすぎてるな。透は」
瞬は、現在の状況よりも落ち着ぎている透の方が一周まわって恐ろしく見える。そんな透だからこそ、一緒にいて安心するのもまた事実だった。透や月葉みたいに、瞬もそこまで顔に表情が出るタイプでは無いが無意識に微笑んでいた。
「さて。光の跡へ行くとしようぜ! 世界に誇るオレらの町が暗闇なのも、また斬新で悪くねー景色だな!」
「決して、良くは無いがな」
男子たちが会話で場が和んでいると、女子たちも集まって会話していた。
「刻? さっきからずっと大人しいけど、どうしたの?」
「なんか……透お兄ちゃんから女子の香りがするんだよね。主に口から」
「……!?」
燈は、刻の言葉に思わず驚いて露骨に顔が赤くなる。そして、気まずそうにしつつも心臓の鼓動が一気に速くなる。燈は、ここで
「え、嘘? いつも透の匂いをそうやって嗅いでるの?」
「いや、なんでそうなるの!?」
刻も燈のように顔を赤くして、恥ずかしそうに瑠夏に抗議する。
「え……? トオくんから女の臭い……?」
乃之は焦った表情で、震える声で言う。
「刻ちゃんの気のせいだったりしないかなー?」
「いや、確実に透お兄ちゃんの匂いでは無かった。これは間違い無い」
燈は、凍り付く程の冷たい汗が出始める。
(ど、どうしよう……!? 本当にバレちゃうのも時間の問題だよ! 素直に、事故でしちゃったって言うしかないのかな……でも、それで自首したところで、皆が情緒不安定になるのは目に見えてるし……怖い。刻ちゃん相手に、このまま隠し通せるとも思えないし……)
すると、月葉の言葉で女子一同が固まる。
「多分……明日花ちゃんだと思う……」
「え?」
明日花本人と月葉以外は、同時に同じ言葉を出す。
「さっき、透くんと明日花ちゃんが大浴場の入り口で衝突事故が起きた時……あの時、透くんと明日花ちゃんは偶然、唇と唇が重なったんだと思う……」
「……!?」
女子たちは赤くなった頬と青くなった額で色んな感情が混ざった表情をする。
「ちょ、ちょっと待って……じゃあ、明日花の口周りを嗅げば、透の匂いが少しは……ねえ、明日花! こっちへ来て!」
「…………」
透との衝突事故が起きて以来、相変わらず目が死んだまま石像のように固まっている明日花。瑠夏の呼びかけに当然応えることは無かった。
「ねえ、明日花ってば!」
「や、やめようよ瑠夏ちゃん! 今この状況で確かめたって、今更どうにか出来ることでも……」
ずっと気まずそうにしていた燈が瑠夏に注意をする。全員の視線が明日花に向かったことで、何とか自身への疑いが向くことは無く助かった。
しかし、自分も明日花と同じ事故が起きたというのに、こうして瑠夏に注意するのはあまりにも図々しく思えて恥ずかしく罪悪感があった。こんなダブルスタンダードな行動を取ったのは、燈としては人生で初めてである。
――そして、燈は衝撃的な事実に気づいて顔が更に赤くなる。
(……待って。私が透くんと事故が起きた直後に、明日花ちゃんとあの事故が起きたということは……まさか明日花ちゃん、透くんを経由して私と間接的に!?)
燈は、頭の中が真っ白になる――。
そんな時だった。ずっと固まっていた明日花が、突然目に光が戻って動き始めた。
「……はっ!?」
明日花は突然、透たちの所へ走って行った。
「え……ちょ、明日花!!」
明日花が我に返っても瑠夏の言葉を無視する明日花。
すると、乃之も何かに気づいたかのように明日花と同じ方向を走った。
「!? 危ない……!」
「え、ちょっと! 乃之ちゃん!?」
「ま、待ってよ! あんたたち、まさかまた喧嘩するつもりじゃ……!」
明日花と乃之が走って向かって来る途中、何かに気づいた透は「はっ」と反射で力強い声を出して素早くとある方向を振り向いた。
「!」
「透? どうした?」
颯空が透に訊いたその時、明日花の声が大きく響く。
「ちょっと、待ちなさいよ! この!!」
「待って! やめて!!」
明日花に続いて乃之の声も激しく響いた。一瞬、何が起きたのかわからなかった周囲。
数秒して、また明日花と乃之が喧嘩したのかと思い込んだ周囲は、乃之が明日花を追っているように見えていた。
大変なことが再び繰り返されてしまいそうな状況に、男子たちは一瞬で仲裁体制に入り透を守るように取り囲む。
しかし、周囲がそんな状況になっている間に、真っ先にとある事実に気づいた透は凍り付くように鳥肌が立つ思いをする。
「待て! 止まれ!! 動くな!!」
明日花の山中に広がっているんじゃないかというくらいの大きな怒声が、響き渡った。
――――その直後、事は起きた。




