1-48.『開かずの襖』
「そうだ。遵爺ちゃんや永和世婆ちゃんが帰って来ていないか確認しないと。もしかしたら、もうご飯を作っていて俺たちを待っているかもしれない。若しくは作っている最中かも」
「そうだね、一旦部屋を出ようか。向かいの部屋の人たちも、今どうしてるかわからないし……」
透が襖のドアに手を付けたその時だった。透がドアに触った瞬間、秘密基地で見た夢を思い出す。周りには自分以外誰もいない、白黒の世界。その時と似たような違和感を、たった今覚えたのだ。違和感という名の既視感。透は思わず身体がピタリと止まる。
「と、透くん……? どうしたの?」
心配そうに透の後ろ姿を見つめる刻と燈。何が起きたのかわからない二人だったが、透の言葉で唖然とする。
「……開かない」
「え?」
「あ、開かないって……?」
「ドアが……開かない」
「え……!?」
刻と燈が驚きを隠せずに思わずびっくりした声を出す。
「あ、開かないって……? このドアは襖だから鍵なんて無いのに……?」
「あぁ。試してもらったらわかる」
刻と燈が、透に言われた通りにそれぞれドアを開けようと試みる。しかし、ドアはびくともせずに開かなかった。まるで、ドアそのものが壁と化してしまったかのように、透たちの行動に応えてくれる様子が無かったのだ。
刻と燈は、透の言葉通りのことを身をもって体感して顔が青ざめる
「う、嘘でしょ……? 私たちは閉じ込められたの……? この部屋に?」
「べ、ベランダに繋がる窓は? こっちなら開いてるんじゃないかな……?」
「……俺の予想だけど、多分無理な気がする」
透が試しに窓を開けようとする。しかし、予想通りこちらも開く気配は無かった。透たちは、本当にこの部屋から出られなくなってしまっていたのである。
誰の仕業かは、三人には考えられなかった。
その理由は、三人が自らの手で襖に直接手がけたからこそわかることだった。これは明らかに人の手によって変えられたことでは無いと。
まるで、「最初からこうだった」と言わんばかりに、まるで透たちに「私は襖の無い」と主張しているかのように、立ちはだかっていたのだ。つまり、現状は襖を介して外に出る手段は無かったのだった。
「と、透くん……もしかして、これって……」
そして、透が目覚めた時から抱いていた感覚は燈にも同様に感じていたようである。燈には話した内容だからこそ、燈にもまるで自分のことのように透の考えていることと共有出来ていた。
「……あぁ。似てるな」
「え? 似てるって、何が……」
「……まだ確定は出来ないから、後で話せる時間が合ったら話す。とりあえず、今はこの状況を打開しないといけない」
「そ、そっか……」
刻は、透の言っていることがとても気になったが今は保留することにした。透の言う通り、今のこの状況を打開しないと最悪自分たちの命の危機すらあり得るからである。それに、自分たちはまだご飯を食べていない為、お腹を空かせている。このままずっと部屋から出られないとなると、餓死してしまう恐れがある。刻は、まだ頭が回る内に、どうすればいいのか最大限考えた。
「と、透くんに刻ちゃん……よかったら、このドアを三人で力を合わせて開けてみないかな?」
「え? 燈ちゃんも触ったからわかると思うけど……これ、人の手によって開けられる感じじゃなかったよね? それに、お腹を空かせている今、エネルギーを出しちゃったら後が怖いっていうか……」
「そ、そうだけど……でも、なんでもやってみないと、わからないよ。もしかしたら、なにか道を切り開くことが出来るかもしれないし。動ける内に、動いてみた方がいいと思う……」
「それなら……残りの寝てる人を起こした方がいいかもな」
刻と燈が布団に目をやる。乃之、星名、月葉の三人が気持ち良さそうにすやすやと眠っている。そんな三人を今から起こすのは、透たたちには罪悪感で気の毒に思えてくる。
しかし、今はそんなことを考えてる場合じゃなかった。時間が経つにつれて、最悪命の危機に直面するかもしれない、思ったよりも深刻な状況である。
透たちは、三人を起こすことを心がける。
「星名。起きてくれ」
「月葉ちゃん、起きて」
「乃之ちゃん……お願い、目を覚まして」
三人は、それぞれ眠っている残りの三人を起こそうとする。そこで、透はさっきから感じていた何かの足り無さにようやく気がつく。
「そういえば……今の状況に気を取られてしまっていて頭から抜けてたけど、心はどうしたんだ?」
「え? そういえば……どうしたんだろうね」
「まだ、お風呂なのかな? でも、私たちが寝て起きた後もまだ入ってるならいくらなんでも長すぎるよね?」
「あぁ。あいつは暑がりだからいつもそこまで長風呂にはしないはずなんだ。秘密基地でも、寝ているとはいえ人前で全部脱ぎ出すような奴だからな」
「おかしいよね……どうしたんだろう? 体調崩してお風呂で寝ちゃってるとか……?」
「それはまずいよ。お風呂で寝たら死んじゃう。あの子も、そこまで馬鹿じゃないから危険なことくらいはわかってはいると思うけど……」
「そもそも、今のこの状況を打開しない限りは心のいるであろう大浴場にも辿り着けないしな。いずれにせよ、今俺たちがやることは変わらない」
「そ、それもそうだよね……」
すると、乃之と月葉が目を覚ました。
「んっ……」
「あれ……もう……朝…………」
「乃之。月葉。起こして悪いな。今、ちょっと大変な状況なんだ。説明してる場合じゃないくらいにな」
「え? トオくん、それってどういうこと……」
「なんか……透くんのプレゼントに紛れ込んでいた、あの物体が光り出してて襖のドアも開かなく鳴っちゃったんだ」
「え……」
月葉は、いつもより小さい声を出す。
「その物体、試しに触ってみるといいよ。発光してるのに何故か温かみが無く、寧ろ冷たいんだ」
乃之と月葉が、刻に言われた通りそれぞれ交代で光った奇妙な物体を触ってみる。
乃之に厳しい態度だった刻も、透がいる前だからなのか、それとも緊急事態だからなのか今は普通の態度だった。
二人は、物体に触れることで不思議な感覚を得る。
「凄い……こんな物、見たこと無いよ。わたし、ママの趣味で今までに沢山の宝石を見たり触ったりしたことあるけど。これは見たこと無いよ」
「そ、そうなんだ……月葉ちゃんは、その、この手の特徴的な物体を何かの本で見たことあるかな?」
「無い……」
いつもは返事がスローペースの月葉が、これに関しては考えるまでも無いのか即答する。それだけで、燈はこの物体の異質さを思い知る。
「星名がなかなか起きないから仕方無い。5人で力を合わせてみようか」
「え? 何を?」
「この襖を開けるんだよ。鍵がかかってしまったかのように開かなくなっちゃって。まるで壁みたいに硬くなって部屋から出られなくなっちゃったの」
「トオくんのお爺さまお婆さまのお家って、襖に鍵が付いてるの? 凄い最先端だね……」
「いや、違う」
透が、月葉みたいに即答する。
「それじゃ……力を合わせるぞ。せーので行こう。せーの……」
透たちが5人で力を合わせて襖を開けようと試みる。透と刻が襖のドアに手がけている。透に後ろから抱き着き力を注ぐ燈と月葉。刻の後ろには乃之がいる。
透たちが全力を出して襖のドアを開けようとしてみたが、予想通りびくともしなかった。透たちは息切れを起こして倒れる。
「く、くそ……」
「開く気配が、全く無いね……」
「な、なんで開かないの……?」
疲弊して心が折れかけていたその時、ようやく星名が起きた。
「……ん? 皆、おはよー! どうしたの?」
「あ、星名ちゃん……聞いて、大変なの。襖のドアが開かなくなって、部屋から出られなくなったんだ」
「え? それは大変だねー! あれ? この物体、暗い所だと光るんだー!」
「いや、そうとは限らなかったんだけど……この物体が、私たちの意思関係無く自ら気まぐれで勝手に光ってるんだよね。証拠として、箱の中は暗いから星名ちゃんの言う通りなら入れてるだけで光るはずでしょ?」
「た、たしかに……昼間とかは光っていなかったもんね。ところで、星名ちゃん。その物体、光ってるのに冷たくて不思議なんだ。触ってみて見たことあったりしないかな?」
星名が、物体を手に取ってみる。しかし、ピンと来ないのか首を傾げていた。やっぱり、星名も知らない様子だった。
「わかんないー。わたし、色んな有名な人と会ったことあるけど、これに似た物を持ってた人は見たこと無いよー?」
「そ、そっか……」
「それより、星名。大変なんだ。さっき燈が言った通り、襖のドアが開かなくなってしまって、俺たちは閉じ込められてしまったみたいなんだ」
「えー!? 透くんで開けられないなら、ど、どうしようー!?」
星名が困惑しながら、襖のドアを手がけてみる。
すると、透たちが目を疑うような驚くべき衝撃的なことが起こる。刻や燈、目を丸くしていた。乃之は顔が青ざめて腰を抜かして震えている。
なんと、透や五人合わせた力でも開けられなかった硬い襖のドアが、星名一人の手によって開いたのだ――。




