1-46.『光』
「……ん?」
燈が目を覚ますと、真っ暗な天井が視界に映った。
(あれ……? 電気が消えてる?)
燈は、暗い部屋の違和感に気づき寝る前の時のことを思い出す。ご飯があるので電気は点けたままだったはず。それなのに、暗いということは……誰かが電気を消したのだろうかと燈は疑問に思った。
そして、違和感があったのはそれだけではなかった。ただ部屋が暗いだけじゃない。暗いはずなのに天井の模様は微かに見える。肉眼のはずなのに、まるで赤外線カメラのように暗闇の室内を暗視出来ていてよく見えていた。
透の祖父母宅の技術力の高さだろうかと燈は一瞬考えたが、今のこの状況は何かが決定的におかしい気がした。
「ご飯を食べずに、皆寝落ちしてしまったのだろうか」と燈は思った。
そもそも、ご飯が控えていたにも拘わらず全員が寝落ちしてしまうことなんてあるのかどうか、これだけの人数がいて燈は不思議に思う。
部屋にいる全員が寝ているのに電気が点けっぱなしなのはたしかに勿体無いことだが、電気を消した人物も一体誰なのだろうと次から次へと疑問が浮上する。
しかし、もしご飯の時間が来ていれば刻が起こしに来てくれるはずである。刻の性格から考えて、人と人との約束を簡単に破るとは思えなかった。
となると、考えられる一つ可能性があるとすれば……刻も寝落ちしてしまったという可能性である。
だが、刻に限ってそのような失敗をしてしまうだろうかと燈は疑問に思った。刻は、他人以上に自分に厳しい性格である。そんな刻が、心の消えた衣服の件といい、一日でそんなに沢山のミスを犯してしまうだろうかと思った。
勿論、刻だって人間なのでミスをすること自体はおかしいことでは無い。ただ、刻がそんなに早いペースでミスをするのが燈にとっては珍しく思えた。透が怪我をさせられすぎて、精神が動揺してしまっているのだろうかと。
勝手に刻の精神状態を心配していた矢先、燈は自分の精神状態もつい疑ってしまう光景を目にした。
真っ暗な部屋が妙に明るかった理由。部屋が青白く光っていたのだ。それに、見覚えのある色だった。そして……衝撃の光景に燈は目を見開き、口を開けたまま固まった。
「え……!?」
思わず驚愕する燈。なんと、透の夢や誕生日プレゼントに紛れていたあの奇妙な物体が入っている箱から微かに光が漏れていたのだ。
燈は、現在の状況を見て昨夜に透が断末魔をあげた時のことをふと思い出す。思い出すと、悲しくて涙ぐむ。
(ど、どうしよう……泣いてる場合じゃないよね。透くんたちを……起こした方がいいよね、この状況。いや、でも……)
燈は、昨日のことを思い出すと透を起こすことに気が退けた。また透が、昨日のように倒れてしまうんじゃないかと思うと怖かった。
夢を見ていない自分でも、こんなに不気味な感覚で怖いのに対し、夢を見て来た挙げ句、断末魔まで上げる透が目にしたらどうなってしまうだろうか。
自分のせいで、透にトラウマを与えてしまうかもしれないと思うと、透を起こすことにとても抵抗があった。
周囲を見て全員の現在の状態を確認してみる。やっぱり、自身だけが起きている状態だった。
燈は、とにかく透にだけはこれ以上苦しんでほしくない思いだった。
罪悪感を覚えつつも、燈は意を決して行動に出る。
「刻ちゃん……起きて。刻ちゃん……!」
燈は、透よりも先にまずは刻を起こすことにした。こればかりは自分だけでは判断出来ないことだった。透のことは、刻の家族である刻に指示を仰いでその判断に従おうと思ったのだ。
必死の思いで刻を起こそうと揺さぶる燈。か弱い力の燈では、刻のスレンダーで引き締まった筋肉質な体型に勝てる気はしなかった。その為、この起こし方が刻に効いてるのかどうかわからなかった。身長だけは殆ど変わらないが、体型の差を燈は感じていた。
これが理想的且つ健康体なんだろうと、刻の身体を女性の体型のお手本となる標本に思えてきた燈。自分も、こんな身体になりたいと羨ましく思う。透や刻にも指摘されている、痩せすぎで不健康な自分身体ではとても頼りなく心細く、そして寂しい体型だと実感する。
(お願い、起きて……刻ちゃん……これ以上、力を出したら刻ちゃんを痛い思いさせちゃいそうで怖いよ……!)
そんな痩せ細っていて筋肉も無い弱々しい肉体を持つ燈自身も、それでも刻にある程度痛みを与えてしまっているんじゃないかと怖く、起こす為に注ぐ力に遠慮していた。効いている効いていないに関係無く、刻に攻撃している形になっていそうで罪悪感が強まる。
何よりも、こんな状況の中で自分だけが起きているのはとても怖かった。誰かを巻き添えにしたいつもりは無いが、今の不可解な状況や助けを求める的な意味でも、燈は自分一人ではまるで自分の体型のように心細かった。
そして、燈の想いが届いたのか刻にようやく変化の反応が起こる。
「うん……? 燈ちゃん……?」
「あ、刻ちゃん!!」
燈は、安堵して思わず刻に「よかった」と抱き着いてしまう。
「わ、わぁ、燈ちゃん……!」
「あ、ご、ごめん……!」
燈は直ぐに我に返り、顔を赤らめながら刻から離れる。
「まぁ、大丈夫だけど……で、どうしたの? 何か怖い夢でも見たの? もしかして、一人で用を足しに行くのが怖かったり……」
「い、いや、違くて、その……刻ちゃん。電気を消したのって刻ちゃん? それに……ご飯はもう食べた?」
「え?」
刻は、燈の言葉に固まり呆気とした表情で沈黙する。
「……いや。ご飯はまだ食べて無いし、電気を消したのも私じゃないけど。というか、ごめん……私、いつの間に寝落ちしてたんだ。また、誰かと約束を守れなかったんだ……」
「と、刻ちゃん、そんな顔しないで! 私は大丈夫だし気にしてないよ! そ、そっか……刻ちゃんじゃないんだね。じゃあ、一体誰が……」
「遵お爺ちゃんや永和世お婆ちゃんも、ご飯が控えていれば起こしてくれるはずだけど……とすれば、透お兄ちゃんなのかな? ごめん、私にもわからない」
「……なんだろうね、この感覚。まるで、昨日の透くんのお誕生日プレゼントの時のような」
「……燈ちゃんもそう感じてたんだ。実は私もなんだよね」
「やっぱり……刻ちゃんも?」
刻との会話に、何かが確信的になって来ている気がしてくる燈。それは刻も同じで、嫌に冷たい汗が流れてくる。
「というか……暗闇なのに、どうして周りが見えるんだろう。ここの部屋の電気にそんな機能は無いし、全部密閉して電気を消していれば本当に真っ暗で何も見えないはずなんだ」
「え……私はてっきり松本家の技術力の高さなのかと踏んでいたけど違うんだ……あ、そうだ。刻ちゃん。あそこ……見てほしいの」
「あそこ?」
燈が示した先に、刻は視線を移す。その瞬間、刻は血の気が走るように身が竦み始めた。
「あ、あれって、まさか…………」
「……昨日を思い出すよね」
「これは……嫌な予感がするね」
「そうなの。透くんを起こして見て貰おうか悩んでたんだけど……昨日のことがあるから、透くんが見るとどうなるかがわからなくて怖かったの。また透くんが、それで体調を崩したりでもしたら怖いでしょ? だから、先に刻ちゃんを起こして判断を委ねようと思って……」
「なるほどね……良い判断だね」
「あ、ありがとう……その、だからといって刻ちゃんならいいとか刻ちゃんを巻き添えにしようとか、そんなつもりはあったわけじゃ……」
「わかってるよ、落ち着いて。寧ろ、そうしてくれて助かるよ。ありがとう」
「そっか……ならよかったよ」
「というわけで……透お兄ちゃんを起こしますか。なんだか、起こさないと何も始まらない気がする。勿論、申し訳無いけどね」
「そ、そうだね……」
刻は、意を決して透の身体に手をつけて起こそうとする。燈は、それを眺め続ける。1分もしない内に、透が目を覚ました。




