序-7.『騒動』
「うん。ちょっとね。心当たりあるような気が、しないことも無いような……今日は特別な日だからそっちにも意識行っちゃって、何かが頭から抜け出してしまっているような……ダメだ、モヤモヤが収まらない」
「えー、何それ。刻が言うと超気になるんだけど」
刻たちが目を覚ますように、透と明日花のやり取りに意識が集中すると、明日花の理性は完全に近い状態で吹き飛びかけていた。透は相変わらず無表情のまま、冷淡に言葉を放っていくだけの様子だった。
「あぁ、そうだ。可哀想だから今思い出してやった。ここまで無駄にうるさい奴は遠山明日花。たしかにお前しかいなかったな」
「なによ、白々しい!」
颯空が再び透たちのもとへと戻る。
「だからやめろって! 何考えてんだよ、初日早々に!」
「明日花! マジ落ち着いてって!」
瑠夏は実力行使で、明日花を後ろから両腕を抱えるようにして掴んで固定させて組む。先程、直輝にやったよりも力が入って無理矢理安定させている。
「この! 離しなさいよ!!」
「本当にしつこい奴だな。もう担任が来る時間だから、俺は席についてるぞ」
「おい、こら! 逃げるな!」
瑠夏に両腕を縛られようとも、それでもジタバタして意地でも透の腕を明日花が掴もうとした瞬間、とある人物から声がかかる。聞き覚えの無い声だった。
「ねえ」
「何よ!」
その少女は透たちも見覚えの無い人物だった。おそらく透たちと1年C組の生徒、つまり刻や呂威を除いた透たちのクラスメイトにあたる人物のようだと透たちは瞬時に理解する。
容姿は、瑠夏と同じくらいか少し背が低いくらいで、細長い手脚を持つスタイルの良い大人びた容姿だった。マドンナ大会でも開けば上位に入賞出来そうな、それ程までに美しい姿をしていた。雰囲気としては、ミステリアスでクールな印象である。
「私もクラス表を渡されたのだけれど。私も貴方が思っているような、問題のある生徒かしら?」
「え?」
瑠夏は驚いて咄嗟に呟く。
「そ、そうね! アンタも問題児よ! 教諭に叱られればいいんだわ!」
「おい。俺相手だけならともかく、他の初対面の人にまでそんな態度を取るのはどうかと思うが?」
「アンタは黙ってなさいよ!!」
「あら、そう。問題児はどちらでしょうね」
「……なんですって? いきなり割り込んできて何?」
その女子生徒は、明日花に背を向ける。
「なんでも。これ以上何を言っても無駄でしょうし。彼の言う通り、早く自分の席に着いた方が身の為だと思うわ。勿論、社会的な意味でね」
女子生徒は、吐き捨てるように歩きながら明日花に冷めた声で話して自分の座っていた席へと向かった。
「何あいつ……うざっ」
「あんたが一番うざいって……って、あたしも構ってる暇無かった!! 早く自分の席確認して座らなきゃ!!」
「燈も、早く席に着こう。時間までに席につかないと、学校側から減点対象にされてしまう」
「う、うん……そうだね」
透も燈も、自分の席に向かう。クラス内の生徒のうち、唯一着席していないのは、これで明日花だけとなった。その時、透たちの担任らしき眼鏡をかけた若くて背の高い爽やかな男性の人物が慌てて教室へと入って来た。その男性についてくるように、新米教師のような若くて綺麗な瑠夏よりも背の高い女性も焦った様子で入って来た。彼女はおそらく、副担任だろうと透たちは思った。
「すみません! ちょっと、色々あって遅れました!」
「ほんと、おせーよ」
直輝が無意識に呟くと、女性が生徒たちに深く頭を下げる。
「申し訳ございません! 諸事情で教諭会議が長引いてしまいまして……って、ところでそこの立っている女子生徒さんは今学校に着いたばかりでしょうか?」
「ち、違います!! ちょっと悪いことをしている生徒がいたので、注意してたんです!」
「悪いこと? それは一体、どのようなことですか」
「これのことみたいです」
すると、透が自ら挙手をしてクラス表を持っていることを指し示す。
「それは……もしかして、クラス表ですか?」
「はい」
副担任らしき女性の問いに、透が答える。すると、担任らしき男性が全て察知したのか、まるで深呼吸した後のように整った話し方をする。
「あ、それは問題ありません! 松本さんはゆう……いえ、学校の公認で渡した物なので!」
「え……?」
明日花は思わず冷や汗をかく。そして、納得のいかない様子の明日花は、焦りの混じった声で抗議する。
「せ、先生!! 学校の公認ってどういうことですか!? どうしてクラス表を貰える生徒と貰えない生徒がいるんですか!? こんなこと、許されていいんですか!?」
「今はまだ諸事情で説明出来ないんですけど、後日必ず説明します! とにかく、松本さんがクラス表を持っているということは何も問題にあたりません! だから遠山さんも、執拗に松本さんを責めるのはやめてください!」
「…………はぁ」
明日花は溜め息を吐いて埒が明かないような態度をとって静かにする。どうやら全て気力が抜けたようである。
「なるほど……そういうことか」
「え?」
透の呟きに、燈が思わず反応する。透が何を理解したのか、燈は全くわからなかった。そして、学校の公認が何を意味するのか。現時点では、判断材料が無さすぎて、到底理解に及びそうになかった。
辺りがようやく静かになったところで、改めて担任が口を開く。
「さて……本題に入ります! 私が本日より一年C組の担任を務めさせていただく、鳥谷内と申します! これから1年間、どうぞよろしくお願いいたします!」
「私は副担任を務めさせていただきます、四十川と申します。以後、よろしくお願いいたします!」
担任と副担任がそれぞれ自己紹介をする。
「それでは……せっかくなので、日直さんを決めて挨拶していただきましょうか! 出席番号一番からで……赤坂直輝さん! お願いしてもよろしいでしょうか?」
「へーい」
直輝は、担任より号令のかけ方の指示を受け、指示通り号令をかけて挨拶をする。直輝以外の生徒は、直輝の号令により挨拶をした。
「はい、号令ありがとうございます! それではですね、まず点呼から取らせていただきます!」
鳥谷内が出席番号とセットで生徒の名前を呼んでいく。出席番号が一番である直輝から始まり、これを百番の生徒まで繰り返す。しかし、呼んでいく途中で一名だけ空いている席があった。つまり、まだ学校に来ていない生徒ということである。
「出席番号二十六番の……雲母乃之さんは、遅刻というか……最悪今日は欠席になるかもしれないとの、ご連絡をいただいております」
「……ん?」
透は無意気に呟く。唯一、燈だけが透の声が聞こえた。
「(透くん……今、確実に何か反応したような。もしかして、聞いたことある人の名前だったりするのかな……)」
直感ではあるが、燈はなんとなく透がそんなニュアンスの声を出していたように感じた。
やがて。出席番号は進み、五十六番の明日花、六十番の瑠夏、八十四番の燈、そして八十五番の透と来て、九十四番の颯空と次々呼ばれていく。九十九名の生徒を呼び終えた鳥谷内が、少し疲労混じりの声を出しながら生徒たちにお礼を言う。