1-44.『予定外』
手の動きが極端に短い明日花が浴衣に着替えてようやく脱衣室を出る。男子が使っていた大浴場から、それを伺っていた燈。
そして、女子が使っていた大浴場の内部の様子を伺う。まるで、覗き見を疑われそうな姿勢で。燈は、「自分も女性なのに何やってるんだろう……」と恥ずかしくなるが、やむを得ないことだった。
女子が使っていた大浴場の内部に心はいなかった。「おそらく、露天風呂へ向かったのだろう」と燈は思った。つまり、心がまだ浸かっている今が絶好のチャンスだった。
燈は、自分の脱いだ衣類をすかさずランドリーに入れた。これで、自分が脱いだ衣類をランドリーに入れた時刻が記録された。
(よし、終わり……透くんと私がランドリーに服を入れた時間の差を敢えて少しにすることで、不自然が無くなったと信じたいな。透くんとの作戦とは違うことをやっちゃったけど……でも、透くんが気を失ってしまった以上、あまり差がありすぎると逆に疑われそうなんだよね。だから、心ちゃんが露天風呂に行ってる間に、私がお風呂に浸かっていたってことにすれば、不自然とは言えば不自然だけど、多分まだマシに説明がつくようになるはず……)
燈は、自分なりに考えて行動してみた。後で、透がどう思うかはわからない。そして、他の皆も。特に刻が利用記録を目にしたらどう思うかが一番の不安要素だった。
しかし、もう行動してしまった以上はやり直しがきかない。あとは自分の行動が失敗の結果とならないことを祈ることしか出来なかった。
(万が一、疑われたとしても……透くんと私の利用記録が近いのは、二人で少し話合っていたってことにすれば多分……それに、透くんと明日花ちゃんがぶつかっていた当初、私だけ現場にいなかったということもお風呂に入っていたからってことにすれば……)
燈は、もう取り返しがつかないことをわかっていても、念の為に計算をする。
(いや、心ちゃんか明日花ちゃんが私と行き違ってはいないんじゃないかと違和感を覚える可能性はあるけど。でも、二人はお互いのことに夢中だったから周囲の状況に気を配る余裕は無かった可能性もあるし。もし、その疑いがかかって来ても、一応反論は出来る。停電してる間に、行き違ったんじゃないかってことにすれば……私が見えなくても無理も無いよね。まぁ、実際のところそれは嘘だから申し訳無いんだけど……)
燈は、強い罪悪感に苛まれる。そして、心が戻って来ると厄介なことになるので、急いで脱衣室を出た。
(あ、そうだ……念の為、透くんと私が二人きりで一緒に利用した浴室も片付けておかないと。使用の痕跡が見つかると、私の行動が全部台無しになってしまうもしれないから……)
燈は、透とともに使用した浴室に戻る。後処理を済ませてから、透のいる所へ向かうこととした――。
――燈が脱衣室を出て何分かして、ようやく心が大浴場を出て脱衣室に来る。
(まったく……明日花のやつ、絶対に許さない。なんで、わたしがあいつの代わりに露天風呂の掃除をしないといけないんだか……わたしも一緒にいたからわたしも怒られる可能性があるんだもん。本当に腹立つ。あいつも、わたしみたいに皆に裸を見られたからざまあみろだね。でも、透おにーちゃんが他の所をまた怪我しちゃった。あいつのせいで。後でボロクソ言ってやる)
心は、明日花への復讐心に燃えていた。よっぽど、憤りを抑えられずにいたのである――――。
――心が溜め息を吐いた後、浴衣を着ようとしたその時、とある事実に気づいて顔が青ざめる。裸のまま、呆然と立ち尽くすことしか出来なくなった。
「…………………………えっ?」
【寝室が並ぶ廊下】
「俺たちは、こっちの部屋で寝ればいいんだよな?」
「うん、お願い。ごめん、布団足りるかな?」
「あったぞ! ちゃんと七人分揃ってた」
刻が、行悟と瞬に受け答えする。
「こっちの部屋を使うのは透以外の男子五人、つまり直輝と呂威と行悟と瞬、そして俺だな。残りは瑠夏と明日花か」
「私たちの使う部屋は、透くん、刻ちゃん、心ちゃんに乃之ちゃん、そして星名ちゃんと月葉ちゃんに私だね」
燈と颯空が、それぞれ部屋を使う人物を振り返ってまとめた。
こうして、寝る時の部屋割りが確定する。
透たちが使う部屋をA、颯空たちが使う部屋をBとする。
【部屋B】
「ちえっ。透だけ女子と一緒かよ。羨ましいぜー。どうして、よりにもよって一緒の女子がこいつら……」
「お前は、少しはその欲情を隠せ……」
「浴場だけに?」
「……今日は暑いはずなのに、急に寒くなったぞ?」
瑠夏のギャグを、颯空が聞いていないフリをする。
「とは言っても、複数人とはいえまさか三人の女子と一緒の部屋に寝ることになるなんてな。こりゃびっくりだな!」
「え、三人? あたしと明日花の二人でしょ?」
「……! おい、行悟! まさか、俺を女子にカウントしてるわけじゃないだろうな!?」
「あ、そういうことね……」
瑠夏は、行悟の発言の意図が読めた。中性的で、よく女子と間違えられる瞬をふざけて女子にカウントしていたのである。瞬は行悟にしがみつく。
「ははは、悪かったから落ち着けってば!」
「許さん! 覚悟はしてるんだろうな、おい!?」
じゃれ合う行悟と瞬に笑う瑠夏と直輝。呆れつつも微笑む颯空と呂威。透をビンタしてからずっと放心状態で目が死んでいる植物人間みたいになてしまった大人しい明日花。
【部屋A】
明日花以外は賑やかで明るい雰囲気な部屋Bの一方で、透たちが今夜寝る部屋Aは殺伐とした空気をしていた。
刻は、明日花にビンタされたことによって腫れた透の頬を手当てしていた。透は、未だに気を失ったままである。刻の無表情で無言のままの様子は続いていた。透が目を覚ますまでは、刻の機嫌はずっとこのままだろうと室内の一同は思った。
そして、乃之だけは刻の意向によって遠ざけられていた。
「まったく……あの女、最低。トオくんに暴力振るう上に、裸で襲い掛かるなんて」
「それは、事故とはいえ貴方も人のことは言えない……」
「明日花ちゃんと部屋を分けたんだから、もう文句言わないっ!」
「……はい」
乃之は、ファンである星名に言われたらこれ以上は何も言えなかった。
しかし、刻が乃之に背を向けたまま声を発する。
「念の為。私は貴方を許してこの部屋に招き入れたわけじゃないから、勘違いしないでね。本当は貴方も対象外だから」
「……」
「暴力振るう人と暴力プラス変態だったら、まだ暴力だけの人の方がマシだからこうしてるだけなので。言い方が悪くて不快に思うだろうけど、貴方は感情的になれば暴力に走る危険人物という認識なので、当分は透お兄ちゃんに近寄らないでいただけると助かります」
「…………はい」
乃之が消え入りそうな声で呟く。そんな空気の中、燈は気まずい考え事をする。
(今の話で行くと……わ、私も変態女だ……)
自分が透としたことを考えると、自身も明日花のことを悪くは思えなかった燈。
というか、透と自身が混浴して、二人きりで色々なことをしてしまったことを皆にもうバレていたりしないか、不安だった。
特に、刻にはもう既にバレているというパターンが一番怖かった。明日花や乃之以上に糾弾されてしまってもおかしくないんじゃないだろうか、という不安に駆られる。
もし、バレている上でいつも通りの態度なら……考えるだけでも恐ろしかった。
(どうか……バレていませんように)
燈は、心の中で祈っていた。




