1-43.『悲劇』
「ねえ。何してんの?」
「……なんだ。アンタか」
心の問いに、一瞬ビクッとなるが直ぐに余裕を見せつけるように平常心を演じる明日花。
「馬鹿じゃないの? 天気が悪いことくらいわかるだろ。人の家で勝手なことするなよ。汚したんだから、後で責任持って掃除しろよ?」
心は明日花に棘のある言い方と辛口な口調で注意する。
「はいはい、わかりましたよー。ごめんなさいねー」
「……うざ。おまえ、反省してないだろ? なあ? さっきはおまえの嫌いなあの子がいたから、エスカレートさせないように黙ってあげてたけど。さっき、おまえがわたしに言った言葉、全部覚えてるからな?」
明日花は、心の言葉を払い落とすかのように、気まずそうに露天風呂を出て足早にお湯で濡れた滑る大浴場の床タイルを歩いた。
「おい、こら! 逃げるなっての! 人に謝るなら相応の態度があるだろ!」
心の怒声から逃げ続ける明日花。慌てて脱衣室へと向かう。
そんな明日花は、心から逃げることに精一杯で頭の中が既に真っ白になっていたのである。
なんと、停電による暗闇のせいもあって今の位置が脱衣室なのかどうか、正確にわからなかったのだ。明日花は心から逃げることに夢中になりすぎて息が切れる。思考が上手く正常に回らなかった。
少し逆上せたのか、視界も少しぼやけている。その為、電力が復旧して部屋が明るくなっていても直ぐには認識出来なかった。
「おい! どこだ! 出て来い!」
近づいて来る心の声に驚く明日花は、慌てて立ち上がり再びドアに手掛けた。既に、脱衣室を通り過ぎていて、今手掛けているドアが廊下に出るドアだということも気づかずに。そして、一糸も身に着けていない生まれたままの姿のまま、明日花はそのドアの先を進んでしまった。
――――そして、事は起きる。
「うわ」
「きゃあ!?」
明日花は、廊下に出た瞬間に誰かとぶつかってその場に倒れる。ぶつかる直前、びっくりして思わず目を瞑っていた。誰かとぶつかった際、床に倒れた衝撃音が廊下中に響き渡る。明日花は、床に身体をぶつけた痛みで目に涙が浮かぶ。そして、床にぶつけて割には身体に感じる一部の感触はやけに柔らかかった。
明日花は暫くの間、目を開けられず周りを視認出来ずにいた。今、何が起きているかわからないままの中で、柔らかく感じている部分は温かい。
そして、どこよりも温かったのは……口だった。今、口に感じている感触は温かく、そして何かによって濡れていた。
そして、明日花は何かによって下から押し上げられる。そして……今、ぶつかったであろう人物の声が床から明日花に向かってかかる。
「おい、お前……何してる? 早く降りろ」
「いたたたた……もう、なんなのよ……」
「こっちのセリフだ。いいから、早く降りてくれ」
「は? 何よ……って、え!?!?」
明日花は、現在の状況をようやく認識する。明日花の現在の恰好、そんな格好の状態で今の自分がいる場所、そしてたった今自分がぶつかって自身が跨って乗っかている人物。それは透だった。
明日花は顔中が真っ赤に染まる。しかし、悲劇はそれだけは終わらなかった。
「おい、何の騒ぎだよ?」
「誰か転んだ? 大丈夫……って、ええええええええええ!?」
颯空と瑠夏が一番最初に到着する。二人は、その状況に思わず目を見開いて口を開けたまま固まる。
なんと、透と明日花がぶつかった音とそのまま倒れた音の衝撃で廊下にいた者全員に聞こえてしまったのである。
しかも、最悪なことに買い物に出かけた永和世や遵以外のメンバー全員、つまり幼馴染みのメンバー全員が集まって来てしまったのである。
明日花は、先程の勝手口の玄関での心同様に幼馴染み全員に全てをさらけ出してしまったのである。
悲劇は連鎖するように続く。
「……は?」
刻と心の威圧の混じった震える重い声。
「……どういう状況だ? これは」
「うお!? また、女子の裸を見ちまった! って、なんだ。こいつかよ」
「!?!? ねえ!! トオくんに何してるの!!」
困惑する呂威。一瞬、期待の眼差しになるも残念そうにする直輝。軽蔑が混じったようなヒステリックに声を荒げて怒鳴る乃之。
そして、唖然とした表情で現場を見つめ続ける星名、行悟、瞬。相変わらず無表情ではあるが、現場を見つめたまま固まる月葉。
最後に事故現場を目撃したのは、色々と積み重なりすぎたせいで未だに明日花と同様に何も身に着けずにいた燈だった。燈は、そんな二人の状況に顔を赤くしながら半開きドアのを慌てて閉じ、現場を見なかったことにする。
何より、皆はもうとっくに浴衣姿なのに自分だけまだ何も身に着けていないことが恥ずかしかった。それだけでも恥ずかしく思うのに、それを皆に見られてしまった心や明日花はどれだけ恥ずかしかっただろうか。
燈にとっては未だ未知の領域であり、絶対にそうはなりたくなかった。見られるのは自分が大好きな愛する透だけでいい。その大好きな愛する透にさえ、自分から誘ったとはいえ最初は見られて恥ずかしすぎた。
一部を除いた浴衣姿の少年、少女たちに囲まれる明日花。
「い……い…………」
明日花は、耐えられない羞恥心に自然と目に涙が浮かぶ。堪えきれず溢れた涙が明日花の真っ赤に染まった頬を伝う。そして、明日花が爆発するように悲鳴を出した。
「いやあああああああああああ!!!」
明日花は無意識に手を出してしまい、仰向けで倒れている透に平手打ちをしてしまう。「パチン」という乾いた音が、廊下中に激しく響き渡るように走った。透は気を失う――――。
――気を失った透を、慌てて颯空たち男子が駆けつけて支え、寝室に運ぶ。場の状況が状況なので、男子たちは
一方、透にビンタした明日花に、乃之は憤りを感じて再び興奮状態に陥って明日花に襲い掛かろうとする。しかし、瑠夏たちによって止められ、これ以上のトラブルはなんとか免れた。
乃之のそんな姿勢に、刻や心に叱られてしまう。明日花よりも先に叱られることに屈辱な気持ちになる乃之。納得がいかない乃之は、刻たちに抗議しようとするもオーラだけで呆気無く返り討ちにされて撃沈する。悔しさで目に涙を溜める乃之。
しかし、乃之の屈辱も長くは続かず明日花も直ぐに刻たちに説教されていた。乃之以上の圧力がかかり、明日花は半泣きで何も言い返せずに縮こまることしか出来ずにいた。
――廊下は沈静化し、ようやく落ち着く。
刻と瑠夏、星名に月葉は透のことが心配になり、急いで透が運ばれた寝室へ向かった。
乃之は、気まずそうに刻たちに後からついていく。
明日花は、涙を流しつつも死んだような目をして廊下の上で女の子座りをしたまま、まるで人形のように固まっていた。数分して、ようやく立ち上がり脱衣室に戻る。
そして、心は再び大浴場に戻って入浴を開始した。
――それらの様子を伺い続けることしか出来なかった燈は、透が気を失って運ばれてしまった今、どうすればいいか悩む。
(ど、どうしよう……透くんとの約束があるのに、また緊急事態が発生しちゃった。で、でも……何もしないわけにはいかない。落ち着いて、冷静に……考えなきゃ)
燈は、急いで行動に移した。
(まず、透くんの脱いだ衣類は急いで男子が使っていた大浴場のランドリーに入れる。今ランドリーに服を入れれば、まだ透くんが気を失った時間くらいという認識に皆はなってもおかしくないはず)
燈は、必死に思考に思考を重なる。
(問題は、私の脱いだ服なんだけど……心ちゃんと明日花ちゃんがいるから、今私の脱いだ服をランドリーに入れちゃうと私のアリバイがおかしくなって矛盾が生まれるから、客観的に見れば違和感が出てきちゃうはず。だから……もう少し待たないといけないよね。透くんと時間が近すぎると、何かを疑われてしまうかも……いや、待って)
燈は閃き、何かを思いつく。




