1-39.『隠蔽』
「明日花ちゃん?」
「透くんが……怪我した原因は……彼女だけじゃ無いんです。アタシにも……責任はあります。本当に、申し訳ございませんでした」
明日花は深刻そうに頭を深く下げて、永和世に謝罪をした。乃之は、驚きを隠せなかった。人でなしと思っていた明日花に、そんな一面と常識力があったことに。
そもそも、透を怪我させてしまったこと関して、明日花なりにも責任を感じて反省していたことだけでも乃之にとっては驚きだった。ただの冷たい嫌な人だと思っていただけに、そういう所はしっかりしているんだと少しは見る目が変わる。
瑠夏たち幼馴染みは、明日花にもなんだかんだそういった面があることを知ってはいたが、乃之が来てからも結局変わっていないことに安心した。
「そうだったんだ。まぁ、一度起きてしまったことはしょうがないよ。でもね、これは相手が透だからってことに限らず誰が相手でも巻き込んじゃダメだからね。これからは周りの状況をよく見て、自分たちを客観的に見るように気をつけてね」
「ありがとうございます。本当に、ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
「わたしも……改めて申し訳ございませんでした」
明日花に続いて乃之も再び永和世に謝罪をした。
(わたしを怪我させたことはスルーかよ……でも、今は刻おねーちゃんがいる場で火に油を注ぎ兼ねないからしょうがないか。いや、なんならもうバレてそうな……)
心がそう思ったその時、周囲が突然真っ暗になる。
「わぁ!?」
「きゃあ!?」
「あら、やだ、停電!! 雷が激しいのかしら。ごめんなさい、早すぎるけどもうあがるわね」
瑠夏たちが、停電に悲鳴を出すと永和世が大浴場を出た。
大浴場は防犯防止の為に、完全防音となっており外部からの音を遮断している。その為、外の雨や雷の音が聞こえないようになっていた。つまり、露天風呂に繋がる扉を開けたままにしておかない限り、外の様子はわからない状態である。
当然、この悪天候の中でのんびり露天風呂に入ることは不可能に等しいことだった。
瑠夏たちは入浴中に、真っ暗な闇の中に飲み込まれてしまい動揺する。視界が見えない中、星名は月葉に抱き着いていた。確実に安心出来る誰かの存在と温もりを常に確認していたかったのである。
明日花と乃之は暗闇の恐怖で、互いに嫌悪し合っている者同士にも関わらず抱き合っていた。視界が暗くても、そこに誰がいるのかはわかっているはず。それに、何度もいがみ合って来たおかげでお互いに相手の匂いがわかる。お互い鼻を刺すように眉を顰めた表情を誰も確認出来ない暗闇の中でしていた。
一方、燈も同じだった。停電で暗闇になった瞬間に、元々抱き合っていた透に、反射でもっと強く抱き着いてしまっていた。その勢いに、燈はもう片方の手も透の腰に回していたのであった。暗闇の中とはいえ、元々とんでも無かった状況が更にとんでも無い状況を加速していた事実に、燈は身体全体が噴火しそうになっていた。
そして、状況の加速はこれでは終わらなかった。透に強く抱き着いてしまった以上、お互いに触れ合う剥き出しの身体の面積は当然広くなる。燈は、ほぼ全身で透の直接的な温もりを感じ取っていたのであった。
「……!」
燈は、無意識に身を任せて自ら透に全身を捧げてしまっていた。身体の全体が常時よりも熱いくらいに温かくなるのは至極当然のことである。しかし、何よりも温かかったのは……自身の口だった――――。
「…………!?」
燈は、ようやく気づいた。いや、意識する前から直感で気づいていたかもしれない。口だけは、極端に熱く燈の頭部全体を熱くさせていた。感触も……普通に温かいだけでなく、濡れていた。それも、濡れ方がただお湯に濡れたわけじゃない。燈は、言葉にするのは当然だが脳内で考えるだけでも恥ずかしくて茹で上がりそうだった。
しかし、今この状況で下手に動くことは不可能だった。壁はあるものの、今、同じ空間には刻を始めとする女子複数人がいる。ここで、何か声を出してしまえば一貫の終わりだ。燈は、必死に今の状況を耐え続けた。
正直、もうとっくに限界を迎えていたが、透から離れたくないという気持ちもあった。他の女子たちには申し訳無いが、このまま暫く透を一人占めしていたいという想いが燈の中で悪さをしていた。何よりも、透に対しての罪悪感が最も大きかった。
ただ、透とこうして濃厚に接触し合っていること自体は、決して苦痛では無かったので可能ならずっとこのままでいたい気持ちだった。燈は、いつから自分がこんなに強欲になってしまったのだろうと混乱する。
何よりも、透が直ぐに離れてくれなかったことが燈にとってとても嬉しかった。状況的に透も自分と同じように身動きを取れないだけかもしれないが、それでも拒絶せずにお互いの状態を維持し続けてくれることに燈はこれまでの人生で一番幸せな瞬間だったのである。
頭の中が既に真っ白になり、脳内がまるで固まっていた燈。その固まってしまったかのような脳と同時に、燈の手足も固まるように身動きを取ることが出来なかった。寧ろ、状況的に身体を動かすことは絶対に出来るわけが無かった。
(仕方、無いよね…………ごめんなさい、透くん。そして、皆………………)
そんなある意味でも絶体絶命的な状況が続いていたその時、壁の向こうからまるで稲妻が走ったかのような重い声が空間に響く。
「ねえ」
「!?」
燈はびっくりして身体を動かしてしまいそうになるが、透の力強さによってがっちり固定され、なんとか動くことなく助かった。燈が動きそうになったのを察してくれたのか、透がフォローしてくれたのである。その為、透に抱き締められる強度が上がったことによってより濃く二人は抱き合ってしまったのである。「透くんも本当はこんなことしたくなかったよね……」と燈の罪悪感が止まらず、何度も脳内で透に謝り続けた。
そして、稲妻のように走った恐怖の重い声が再び続いた。声のオーラで、誰が話し始めたのかわかった。
「どうして、お婆ちゃんに謝った時に心のことは謝らなかったの?」
「……!」
燈は、内心ホッとしていた。透と自分が二人きりでこちらにいることがバレているわけでは無いようだった。しかし、それはそれでも刻の声に強烈な重みを感じていた。感情こそ籠っていないが、明らかに怒りを感じる。言われた当事者でない燈、そして瑠夏たちもそれを感じ取っていた。
「そ、それは……」
「あ、アンタ……もしかして、ずっと気づいてたの?」
「まさか、私を誤魔化せるとでも思ってたの? さっきは、お婆ちゃんがいたから黙ってあげてたけど。私の目を気にしてコソコソ隠し通そうとしたのがバレバレだよ?」
「う……」
「私、そういうことされるの本当に嫌なんだ。普通に傷つくしね。それに、貴方たちは私だけでなくお婆ちゃんにも件を隠したことになるね」
「……!」
刻の言葉に、明日花と乃は暗闇の中で目線を落とすことしか出来なかった。そして、便乗するように心も続いた。
「わたし本人も……たしかに『え?』ってなった。原因を作ったのは自分たちっていう自覚足りてますか? 自分の罪を隠すことがどれだけ愚かなことか、わかってんの?」
心の言葉に、身が竦む明日花と乃之。乃之は、無意識に謝っていた。
「ごめんなさい…………」
「何度も謝ってるとさ、段々信用を失っていくから気をつけた方がいいよ。その人の言葉が段々軽く聞こえて来て重みを感じられなくなる。そのうち『謝りさえすれば良いのか』って思われ兼ねない。これは嫌味とかじゃない。貴方たちの為を想って言ってるんだ」
刻は、言い放つようにして湯から出る。
「わたしも、もう上がる。腕がまだ若干痛いし」
心は刻について行くようにして大浴場を出た。いつも争っている刻と心だが、今はまるで連携しているかのように明日花と乃之に嫌気を差していた。
そいて、場の沈黙は再び訪れた。




