1-37.『二の舞』
「あ、危ない!!」
心は、慌てて宙に浮いた乃之を助けに捕まろうとする。
なんと、乃之は明日花によって足払いされてしまったのだ。乃之は、危機を絶望的な感じた。
そして、もう二度と起きてはならない最悪な事態が再び起こってしまった――――。
「ドーン」と大きく鳴り響く音。乃之は、心と同時に転倒した。そして、乃之も、明日花を道連れにしようと、一瞬の隙を逃さず明日花の尻を強く蹴ったのだ。
「いっ!?」
明日花も、乃之がされるがままに巻き添えを喰らって転倒してしまった。
三人とも、大浴場という場で大きな物音を立てて倒れると、それぞれ痺れるように打撲した激痛が強く走る。何も身に着けていない生身の身体で転倒した分、痛みがより強かった。
そして、乃之の意識が安定した瞬間、顔が青ざめた。お尻から、冷えるような恐怖を感じたのだ。
激しく転倒した衝撃のエネルギーが蓄積した状態のまま、心の腕を自身のお尻で踏み潰していたのである。
「い…………い………………」
乃之は、急いで心から降りて心を心配する。
しかし、既に手遅れで乃之の希望は打ち砕かれたのだった――。
「痛い…………痛いよ…………うわあああああん……」
心が泣き出してしまった。乃之が転んで尻餅をついた際に、心の腕が下敷きになってしまったのである。
乃之の体重と転んだ重力エネルギーが組み合わさり、心に苦しい激痛を与えてしまったのである。
「ごめんね!! ごめん、心ちゃん!! 大丈夫……?」
「だから…………やめろって言ったじゃん…………!!」
心は痛めた腕を抑えつつ、大泣きしながら明日花と乃之に怒る。
明日花と乃之が、心の腕を見てみると青く腫れていた。最悪、骨折してしまっているかもしれない。
それを聞いた透と燈は、とんでもないことが起きてしまってお世辞にも落ち着いていられなくなる。
「大変……! 心ちゃんが……!」
「くそ、心が俺の二の舞になってしまった……可能ならこうなる前に止めに行きたかったけど、流石に女子たちが入ってる浴場に乱入するのはな……それに、俺もこの格好だし燈と一緒にいることがバレ兼ねないから動きづらかった」
「透くんは男子だからともかく、私は止めに行けたのに……! 正直怖かったけど……でも、現場にいたも同然だから何かは出来たはずなのに……!」
「……起きてしまったことはもうどうしようも無い。燈。悪いけど、急いでここを出て婆ちゃんを呼びに行ってあいつらの所へ連れて行ってもらえないか? 俺があいつらの間で起きたことを知ってると、ややこしいことになるから」
「そうだね……わ、わかった!」
抱き合っている透から燈が離れようとしたその時、心たちがいる大浴場側に誰かが入って来た。
「……え? どういう状況?」
入って来たのは、瑠夏だった。後ろに、星名と月葉も続いてきた。瑠夏たちも、再び大浴場に訪れ、今度は本格的に入浴しようとしたのである。
そのタイミングで来た結果が、心たち三人が倒れている時だったのである。
「心ちゃん……怪我してる……」
「え!?」
心の状態に真っ先に気づいた月葉が言葉を発すると、瑠夏と星名が同時に驚いて、慌てて心のもとへと駆け付けた。
「こ、心!! 大丈夫?」
「痛い…………痛い…………折れたかも…………もう、最悪だよ……………………」
「大変……凄く青いよー……」
そして、顔を青くしながらうずくまり続けている明日花と乃之。そんな二人の状況に、瑠夏は全て察した。
「あんたら……いや、おまえらさ……またやったんだ? さっき、透にもやったってのに」
「ち、違うのよ、瑠夏…………これは、その、事故っていうか…………」
「だからさ……さっきと同じこと繰り返して、同じ事故を起こした結果、こうなったんだろ? 結局、一番損するのは問題児を止める第三者だって、なんでわかんねーんだよ!!」
瑠夏が怒鳴った。瑠夏の怒声に怯える明日花と乃之。
一方で、泣いている心を慰める星名と心の身体を支えている月葉。
「まずい……」
「え?」
月葉の言葉に、戸惑う星名。
「元々不機嫌な刻ちゃんが、またこのような現場を目撃してしまったらどんな反応をしてしまうか……さっきは水に流してくれた優しい透くんも、二人が同じことを繰り返して心ちゃんを怪我させてしまったことを知れば、流石に怒るかもしれない……」
「……!」
星名は恐怖で顔が青ざめる。一方、月葉は表情だけはいつも通り変化は無かったものの、声を震わせていた。
「あたし、知らないから。透に嫌われても自業自得だね」
「そ、そんな……いや、そうだよね…………もう全て、終わっちゃったんだ…………」
「とにかく、急いで心ちゃんの手当てをしないと――!!」
「たしか、脱衣室に氷嚢があったはず……」
「氷はある?」
「探してくる――!!」
星名が急いで大浴場を出た。1分もしないうちに、氷の入った氷嚢を持って来た。
星名は一刻も早く心を手当てにする為に、着替えずにそのままの恰好で直ぐに氷嚢と氷の場所を探し当てた。
「あったよ――!」
「ナイス」
星名が、心の怪我した部位にそっと氷嚢を置いて冷やした。
「うぅ……冷たい。寒い…………」
心が凍えるように身体が震えてくる。他の皆と違い、裸身を長い時間晒し続けて来たせいもあってか、今、腕に氷嚢が置かれたのがトドメになってしまったみたいに軽くクシャミが出てくる。
「我慢して……」
「じゃあ、はいっ!」
「ちょ、ちょっと……!」
星名が心に後ろから抱きついた。両腕が使えないので、無抵抗な状態の心。心は、星名にされるがままに抱きつかれ続けた。
お互いに全身が肌を晒している状態の為、くっつく面積全体が温もりを伝え合っていた。
心は、それが恥ずかしくなる。羞恥心で熱くなっているのか、星名の肌の温もりで温かくなっているのか、最早わからなかった。
どうやら、一先ずは解決したようで壁の向こう側から聞き続けることしか出来なかった透と燈も安心する。
「と、透くん……とりあえずは、心ちゃんが手当てしてもらえたみたいでよかったね」
「そうだな。後で、瑠夏と星名と月葉の三人にお礼をしないとな」
囁くように、小声で話し合う透と燈。
すると、透は何か気配を感じたのか燈に湯から出るよう促した。
「燈。湯を出よう」
「え?」
透は、多少急ぎ目に燈を運ぶようにして一緒に浴槽から出る。燈は、まるで透に従うようにされるがままに移動する。透が何かを察知でもしたのか、透の行動の意味が燈にはわからなかった。もしかして、「逆上せてしまったのだろうか」と燈は透の体調が心配になる。若しくは、「自分のことを心配してくれてるのだろうか」と思った。
まるで隙を伺っているかのように動く透に無意識に便乗する燈。二人はゆっくりと密着しすぎている身体の部分を少しずつ離していった。
二人がそっと浴槽から出た後、濡れた床の上で座って休んだ。透も燈も、結構な長湯だったのか湯から出た瞬間、身体中が熱く頭がクラクラしていた。どうやら逆上せてしまっていたようである。
先程、頭と身体を洗う為にシャワーを利用したことによって、濡れていた床はとっくに冷たくなっていた。お湯が水と化していたのである。
透と燈は、いきなり離れてしまうと体温が急激に変わってしまって危険なショックを起こしてしまう可能性があるので、お互いの身体の状態が落ち着くまでは、このまま直接くっつき合って体勢を維持していた。
冷たくなった床に剝き出しのお尻と足裏を直接付けていると、燈は透の温もりをより鮮明に温かく感じられていた。現在は湯に浸かっていない状態なので、透と直接くっつき合っている部位だけが温かく、そしてその温もりがわかりやすかった。
そして、燈が透の直接の温もりの心地良さに浮かれてうっとりしていたその時、燈は透が移動を促してきた理由を知ることになる。
燈が壁の向こうに意識が向かったその時、更に場が凍り付くような状況に陥ってしまう――。
「あっ」
「あ…………」
「……」
まるで、リモコンで停止ボタンを押されたかのように止まる心たち。
大浴場には、更にもう一人の新たに訪れた人物の裸足で濡れた床を踏む生々しい足音が聞こえてきた。
その足音の正体は――――刻だった。
「……」




